この世界に生きている
無事合流を果たしたレジーナは結局一言も話すことはなかったが、黙って話を聞いていた。
一日を終えて眠る前。訓練に付き合っていたイーストンに、レジーナが声をかけた。
「おい、私とも勝負しろ」
「えーっと、僕は勝負というか、訓練に付き合っていただけなんだけれど」
「いいから勝負しろ。お前、闘技大会の途中でいなくなったやつだろ」
「……よく覚えていたね。ま、いいか」
日が暮れると、イーストンの目は怪しく光る。今は焚き火に照らされて目立たないが、真っ暗闇にいると、赤い光だけが浮いて見えるほどだ。
イーストンの承諾を聞くと、モンタナとアルベルトはいそいそと二人から離れて、見物の態勢に入った。妙にワクワクとしていて、目を輝かせているように見える。
食器を片付け終わったコリンも隣に座る。ご飯を食べたらすぐに眠ってしまうお子様二人は、残念ながら不参加だ。ちなみにおじいちゃんももうお休みしている。
二人とも武器を構えて向き合い、レジーナがジリジリと間合いを詰める。一方でイーストンはその場に構えて微動だにしない。
勢いよく攻撃に移ることの多いレジーナがこれだけ慎重なのは珍しい。
「二人から見たら、どちらが強いんですか?」
「レジーナだろ」
「……わかんないです」
言い切ったアルベルトに対して、モンタナは少し悩んで答えを濁した。
「いや、だってレジーナの方が力あるだろ」
「です。だから、日中だったらわかんないです」
「……あ、そうだった」
アルベルトが間抜けな声を上げるのと、レジーナが飛び込んだのは同時だった。上から下に振り下ろされた金棒を、イーストンは受け止めることなく体を捌いて避ける。
大抵の剣は、レジーナの金棒を受けると曲がってしまう。攻撃を受け止めることができない質量というのは、それだけで一つアドバンテージになりうる。
イーストンの剣は型に則って磨かれた綺麗な剣術だ。避けると反撃するの間にタイムラグがほぼない。派手な動作はない代わりに、着実に相手を追い詰めていく。
半身になった状態から放たれた突きは、正確にレジーナの肩口を狙ったが、レジーナもまた無理やり体を捻ってそれを避ける。
互いの体勢が崩れたまま、完全に立ち直る前にまたレジーナが一撃、それを躱してイーストンが一撃。交互に繰り返される攻撃は、まるでターン制の戦いを見ているようだ。しかしこれは互いの技量が一定以上だからこそ繰り返されているに過ぎない。
どこかでミスをすれば一撃もらい、そこで訓練は終わる。実に緊迫感のある戦いだった。
しかしこのやりとりは突然終わりを告げる。レジーナの攻撃を避けたイーストンが、ふらっと体勢を崩し、反撃ができなかったのだ。ハルカですらわかるような明確な隙だ。見逃すレジーナではなかった。
追撃がイーストンの体を捉える。イーストンはかろうじて片手でそれを受け止めて、そして剣の先をレジーナの首に突きつけた。
「いたぁ……。でも、これで僕の勝ち」
あっという間に手が膨れ上がっていき、イーストンはその端正な顔を歪める。それでも突きつけた剣の先は少しもブレずに勝利の宣言をした。
それ以上どちらも動き出す様子がないのを確認して、ハルカは近寄ってイースの左手に治癒魔法をかける。
「ありがと。……昼間だったら多分負けてたね。やっぱり強い」
「関係ねぇだろ」
「あるんだよ。最初は負けてもいいかと思ってたんだけど、それをすると君に認めてもらえない気がしてね」
「……別にいいじゃねぇか」
「それは困る。せっかくできた数少ない友人のもとに来るのに、憂いがあるのはごめんだもの。君も、ハルカさん達の友人なんでしょ?」
「…………」
「なら僕とも仲良くしてほしいんだけどね。イーストン=ヴェラ=テネブ=ハウツマン。イースでいいよ。君の名前をもう一度聞かせてもらえる?」
「…………レジーナ」
ぶっきらぼうにそう言ったレジーナは、金棒を手元に戻して、大股でその場を離れた。そうして埃まみれのままナギの方へ行くと、乱暴に地面に座り、そのまま目を閉じる。
イースは穏やかに笑ったまま、振り返りハルカ達に尋ねる。
「もしかして、僕、なんか悪いことしたかな?」
「いえ、かなりいい反応だったと思います」
「おう、流石イースだな」
「よっ、女たらしー」
「コリン、僕女性を誑かしたりしたことないんだけれど」
本人が意図していないにしても、最初に出会った時はしっかり貴族の令嬢を誑かしていたように思うのだけど、ハルカはツッコミを入れなかった。
「まぁ、でも。悪くないならいいのかな」
「そんなことより、最後のよく止められたな」
「うん、ほら、僕は夜の方がほんの少し丈夫で力が強いからね。それでも左手が結構ひどいことになったんだけどさ。骨を砕かれて勝ちを拾った感じ。騙し討ちみたいなものだよ。多分次からは通じない」
「もう一回本気でやったら負けるです?」
「殺し合いならともかく、訓練だとちょっと分が悪いかな。夜ならちょっと有利、昼間ならかなり不利、って感じ」
「ふーん。よし、じゃあ今度は俺と勝負な」
「いや、じゃあじゃないよ。僕はもう疲れたんだけど」
「いいから、一勝負だけだ」
「いや……、しょうがないなぁ……」
「次僕です」
「あのね、君たちさ。今日到着した人を労ろうって気はないのかな? 結構急いで森を抜けてきたんだよ?」
「一勝負だけでいいです。疲れてるから勝つチャンスです」
「本音が出ているよ、モンタナ」
男の子二人も久々の再会に随分浮かれているようだ。なんだかんだと相手をしてくれるのを知っているからこそ、こうして甘えることができる。
勢いこんで勝負を挑んだ二人だったが、結局イーストンに勝つことはできなかった。アルベルトは大剣、モンタナは二刀流と、新しい戦い方の隙をつかれて負けてしまった。
「流石に休ませてね……」
真剣勝負を三連続でこなして疲れたのか、イーストンが焚き火のそばに座り込む。
アルベルトとモンタナが座りこみ、ああだこうだと反省会を始める。ハルカは二人に「夜更かしも程々に」と声をかけて、眠っているナギ達の方へ向かう。
すぐ横についてきたコリンと一緒に、ナギのお腹のそばに座り、マントを体にかけ目を閉じる。
しばらくして、コリンがポツリとはるかに話しかける。
「なんかさぁ……。仲の良い人がみんなここにきてくれて、楽しいね」
「ええ、そうですね。本当に……」
ハルカは半分眠りかけの意識のままそれに応答する。
「色々と考えなきゃいけないことあるんだけどさ、冒険者になってよかったかも」
「……ええ、私もそう思います」
冒険に出ていなかったら今頃何をしていたのだろう。もしかしたらアンデッドに追われて街を出て、あてもなく彷徨っていたかもしれない。
ノクトとも、ユーリとも、ナギとも、イーストンとも出会わない。仲間達と心を通わせることもない。
良かった。冒険者になって、本当によかった。ハルカは触れ合う肩の温もりを感じながら、うとうとと考える。
「……うん、おやすみ、ハルカ」
「おやすみなさい……、コリン」
明日は何をしよう。
そう考えながら眠りに落ちるのは、とてもとても幸せな時間だった。