影響されて
宴会を終えて数日。
いよいよ業者に頼んで拠点づくりが始まろうとしていた。
資金に関してはコリンが冒険者ギルドやそれと連携している商業ギルドからも引き出せるだけ引き出したらしく、こちらからの持ち出しはほぼ無い。アンデッド退治の報酬だけで十分に賄えたのだという。
持ち家なんて考えたこともなかったハルカには、もちろん家を建てる知識なんか何もない。ただただ話が進んでいくのを黙って見ている状態だった。
ただせっかく家を作るならばと、一つだけリクエストをした。
それは風呂だ。
陶器のようなものにしてしまうと、ハルカがいない時は湯に入れない。できれば昔の風呂釜みたいにして、外から火で焚けるようになるといいのだけれど、仕組みが分からない。
体を拭くか、川で流すかくらいが基本だったので、どうも漠然とした印象でしか伝わらず苦労しているところに、思わぬ助っ人が来た。
「お前風呂作んのか?」
ひょっこりと建築業者の店扉をくぐって顔を覗かせたのはクダンだった。職人たちが緊張しているのが見えて、ハルカはすぐに立ち上がりクダンを出迎える。
「ええ、ちょっと作ってみたいんですが……。魔法で直接湯を貯めなくても使えるようにしたくて。水さえ汲んでくれば、あとは外から温めればいいようにしたいんですよね」
「俺、作り方わかるぜ。神龍国朧の出身だからな。風呂に入りたくて、こっちに来てからもいくつか作ってる。お前、名前がそっちっぽいし、もしかしたら住んでたんじゃねーか?」
「もしかして設計とかしてくれるんですか?」
「いや、全部こっちでやる。母屋の縄張りが決まったら呼べよ。そん代わりこの辺いるときは使わせろよ」
「ええ、もちろん構いません。助かります!」
「今後は混沌領に顔出すことも増えそうだからな。俺としてもちょうどいい」
クダンの迂闊な発言に、職人たちがざわつく。ただでさえ街の人が行ったことのないような〈忘れ人の墓場〉に拠点を作ろうとしているのに、これ以上不安を煽らないでほしかった。
「あ、えっと、コリン、後は頼みます。私はちょっとクダンさんに街案内をしてきます」
「よろしくハルカ!」
皆まで言わなくても伝わっていたようで、ぐっと親指を突き出された。
「別に案内されるような場所ねぇけど」
「良いから行きましょう。外でもうちょっとお風呂の話でもしましょう」
背中を押して店からクダンを追い出して、ハルカは息を吐いた。常識的な言動が多いし、自分が恐れられていることも理解できていそうだが、普通の人が何を恐れるか、という感覚は抜け落ちて久しいらしい。まるでぴんと来ていなさそうだった。
「ええっと……。職人さん、あまり乗り気ではないんですよね、工事にくるの。そこに混沌領の破壊者の話までされちゃうと、ちょっと困ってしまうというか……」
「ああ……。でもノクトとお前がいるんだぞ。まともな特級が二人いる場所より安全な場所なんて中々ねぇだろ」
「……そうですか?」
「まして二人とも障壁も治癒魔法も使えるんだ。まず死なねーよ」
「理屈ではそうなのかもしれませんが、割り切れないんじゃないでしょうか」
クダンは変な顔をして少し上を見上げ「そんなもんか」と呟いた。落ち着いてから、随分気安く接してしまったと、ハルカは頭を下げる。
「しかし、追い出すような形になってしまい申し訳ありません」
「や、問題ねぇ」
ぶらっと街中に向けてクダンが歩きだすと。老若男女問わず道がさっと空く。最初に出会った時と同じ現象だ。ハルカはそれを追いかけて横に並んだ。
「なんだ? まだなんか用があるのか?」
「その……。クダンさんって混沌領に入ったことがありますか?」
「なんで知ってんだ?」
「いえ、リザードマンの方が仰ってたので」
「お、会ったのか。喧嘩っ早いけど一度ぶっ飛ばせばいうこと聞くから、あいつらは悪くねぇ」
イルの言っていた剣士とはやはりクダンのことだったようだ。きっと相当暴れたのだろうけど、街中で大人しくしているのを見ると、あまり想像がつかない。
「何をしに行ったんです?」
「強い奴いねぇかと思って」
「……いたんですか?」
「まあ、それなりにだな。まさかあそこのアンデッドが外に出てくると思ってなかったから、適当にいなしてきちまったんだよな。出てくると困りそうな奴も」
「それは、つまりそのー……。やっぱり破壊者との争いが起きそうだ、ってことでしょうか?」
「起きるかもしれねぇし、起きねぇかもしんねぇ」
「クダンさんが解決してくれるとか?」
「いや、まあ、この辺に居りゃな。でもこういう問題っていうのは、その時の最前線にいる世代が解決するもんだと思うぜ。俺とかノクトとかの爺を引っ張り出すのは最後の手段にしろよな」
積極的に戦う気はなさそうだ。積極的に旅に出ているから、戦闘自体は嫌いじゃないと思っていたのだが、だからと言って何でもいいというわけではないらしい。
「ちゃんと優先順位つけて考えねぇと、うまく利用されちまうぜ。お前、騙されやすそうだしな」
「それは、その……。あの、クダンさん。今回アンデッドが溢れた原因とかはご存知ですか?」
「……お前は特級つっても新人だから丁寧に答えてやるか。知ってるが、知らねぇことにしてる。助けてもらって当然だと思われたくねぇから、相手方から頭を下げるまでは、よっぽどのことがない限り俺は知らねぇ。知ったとこで気が乗らなきゃやらねぇ。金積まれようが、同情ひいてこようがそりゃ一緒だ」
怒った様子でもなく、諭すようでもなく、ただ自分の話をクダンは淡々と語る。
「どんなに強くなろうとも俺の手は二本しかねぇんだ。守れる範囲なんてたかが知れてる。それを選ぶのは強者の権利だ。……お前は、俺より長い手を持てそうだけどな。それでもその範囲は見定めたほうがいいぜ。腕の中に敵を紛れ込ませないようにな。俺が敵か味方か、ちゃんと考えてから続きは話せよ」
難しい顔をしているハルカを見て、クダンは自重したように笑う。
「年寄りの戯言だ。真に受けないで適当に聞いとけ。商談の途中だろ、戻ってやれ」
そう言って立ち去っていったクダンだったが、ハルカは言われたことを真面目に考え続けていた。強くなった分、地位を得た分、これからどんどん面倒ごとは増えていくはずだ。
そんな中、味方が得られる機会があるのなら。
その時は積極的に、声をかけていくべきだと思う。
ハルカは慌ててクダンの背中を追いかけて、声をかける。
「クダンさん、ちょっと待ってください」
「なんだ? なんか言い忘れか?」
「あの……。クダンさん、破壊者で仲のいい相手がいますよね?」
「…………あのなぁ」
クダンは大きくため息をついて自分の髪の毛をぐしゃぐしゃとかきまわした。
「いるはずです。リザードマンに好意をもっているんですから、きっと事情にも詳しいはず。オラクル教の教義に反するようですが、私は話の分かる破壊者もいると思っています。それでですね……!」
「待った。通りで話すようなことじゃねぇだろう。あとさ、お前、俺のこと簡単に信じすぎだ。何のために注意してやったと思ってんだ、馬鹿か?」
「私は、あなたが信用できる人だと思っています。注意されたこともそうですし、師匠の友人としても信用しています」
「……どういう教育してんだあいつ。お前も、もうちょっと落ち着いたやつかと思ったら訳のわかんねぇ……。まぁ、いい、あとでな。帰りに声かけろ。なんにしても話は町出てからにしろ。ったく」
クダンは元来た方に歩き出し、ハルカの横を通り過ぎる。
「商談終わるまで待ってやる。お前はさっさと席に戻れ」
「……はい! ありがとうございます!」
「話聞くだけだから、とりあえず。あぁ、めんどっくっせえなぁ、ったく」
いい方に転がってよかった。クダンの広い背中を追いかけながら、ハルカはほっと胸を撫で下ろした。





