賑やかで、穏やかで
さらに夜が更けてくると、もはや誰が主役だったのか気にしている人の方が少なくなった。それぞれが仲のいい人同士で集まり、ゆっくりとした時間を過ごす。時折笑い声が聞こえてくる、そんな心地のいい空間が出来上がっていた。
「なー、じじい、特級ってどうやったらなれるんだ?」
椅子の前足を浮かせてギコギコとさせながら、アルベルトが尋ねる。ノクトは酒をちびちび飲みながら答える。この酒は先ほどクダンに取られそうになったのを抱え込んで死守したものだ。クダンは先ほどめんどくさそうに、どこかに酒を漁りに席を立ったまま戻ってきていない。
「気が早いですねぇ」
「別に今すぐなれるとは思ってねぇよ。でも特級ってよくわかんねぇんだよなぁ」
「そうですねぇ……。ここの支部長さんから、ハルカさんに向けて説明がありませんでしたか?」
「やばい奴?」
「そこだけ頭に残ったんですね……」
ハルカが低めのトーンで突っ込みを入れると、ノクトが「ふへ」と変な声で笑う。手酌でコップに酒を注ぎ、それをゆらゆらと揺らしながらノクトは続けた。
「間違いないですけれど、もう少しわかりやすく補足しましょう。一級は数人集まれば街レベルの災害を解決できます。特級は、一人で国レベルの災害に対峙できる能力です。例えば今回の災害で言うと、ほとんどの特級が、一人でアンデッド全ての討伐をすることが可能です。ただし、周囲への被害を考慮しなければの話ですが」
いくつかの酒瓶を抱えてきたクダンが、それを全てテーブルに乗せて、乱暴に椅子に座った。高そうなものもあれば、その辺で適当に作られたであろうものも混ざっている。クダンには酒の質はあまり関係ないようだ。
「ああ、どうやってなれるかでしたっけ。大きな事件を解決するか、大きな事件を起こすか、というのが一番手っ取り早いんですかねぇ。あとは社会への貢献度も、ちょろっと……、ほんのちょろっとだけ関係してきます」
ノクトは親指と人差し指で、ほんの僅かだけ隙間を作って、少しだけであると強調した。
「あまり特級になりたいとか思わねぇ方がいいぜ。自己研鑽続けてりゃ嫌でもなってる」
「俺、なれるかな」
「しらね。でも可能性のない奴はその年齢で一級にはならねぇよ」
「……しっ! 俺、素振りしてくる」
突き放した言い方だったが、アルベルトには効いたようだ。立ち上がるとナギの傍で素振りを始める。地面に座り込んでいたレジーナが、それを鬱陶しそうに見やって立ち上がり、入れ替わるように空いた席に座った。
無言で並べられたつまみを食べて、おいてある瓶を一つ手に取って口に流し込む。それから苦い顔をして瓶を置き、口の中にため込んでいた液体を飲み込んだ。
瓶をずずずっとテーブルの上で滑らし、元の位置に戻し、いくつも置いてある瓶に目を滑らしてから、ハルカの方を向く。
「水ねぇの」
「果実水なら」
手渡したものをやはりそのまま瓶のまま傾けてから、ハルカに突っ返す。最初に手に取った瓶は、クダンがもってきたものの一つだったから、何が入ってたかわからない。しかし、口を開けたときに強烈なアルコールの匂いがしたので、間違いなく酒であるはずだ。
「お酒、飲めるんですか?」
「一回しか飲んだことねぇ」
「そうですか、じゃあ無理しちゃだめですよ。気持ち悪くなったら言ってください。多分治癒魔法が効くので。……あれ、効きますよね、師匠」
「はい、効きますよ」
ノクトとハルカのやり取りを聞いてクダンが笑う。最初に出会った頃はこんなによく笑う人物だとは思わなかったが、見ていると、これが通常のクダンなのではないかと思える。普段は気を張っているのだろう。
「お前、順調に染まってるな。普通酒酔いなんかに治癒魔法使わねぇよ」
「え、いや、でもしんどいでしょう?」
「いや、お前がそう思うなら別に構わねぇけど」
「意地悪な言い方しますねぇ、何ですかぁ。僕の弟子をいじめないでください」
「いじめてねぇよ。面白いと思っただけだろ」
「クダンさんはねぇ、顔が怖いんですから、もう少し気を使わないと駄目です」
「怖がりそうな奴には言わねぇだろうが」
仲がいい。聞いていて気持ちのいい会話だった。それはそうとハルカは酒を飲んだレジーナのことを気にしていた。次々食べ物を口に放り込んでいるから、恐らく大丈夫だが、急に気持ち悪くなったりしないか心配だった。
体調が悪くなったら自己申告してくれるだろうと、目を逸らし、年寄り二人の会話に耳を傾ける。
「そういえば、ユエルさんが王国にいた話、しましたっけ?」
「あー? 聞いてねぇ気がする」
「なんかまたわけのわからない依頼を受けてましたよ。多分女王暗殺依頼ですかね」
「あいつとりあえず頷くからな。どうせまた、適当に返事して現場行ってから何するか決めるつもりだったんだろ。んで、どうなったんだよ?」
「ハルカさん達が先に依頼主殲滅してたみたいですよ」
「なら大丈夫だろ。あいつ美少女とか美女に意味わかんねぇくらい甘いからな」
がん、と音がして横を向くと、レジーナがテーブルに突っ伏していた。顔が少し赤くなっており、呼吸もしているので、恐らく酔っ払って眠っただけだが、あまりに唐突だった。念のためそっと肩に手を触れて治癒魔法をかける。
「……お子様たちが眠そうだし、今日はこの辺で切り上げるか」
静かな声で言ったクダンは、音もたてずに立ち上がり通りの奥へ歩いていく。ノクトはひらひらと手を振ってそれを見送りハルカに尋ねる。
「宿はとってます?」
「いえ、ずっと野宿をしているので。宿をとるとナギだけ仲間外れになっちゃってかわいそうなんですよね」
「じゃ、街の外に行きましょう。……アル君以外寝てますけどねぇ」
しばらく前にコリンもナギの傍に座って、ユーリを抱え込んだまま眠っている。ハルカはレジーナの肩を優しくゆすり声をかける。
「場所を変えますよ。ちょっとだけ起きて移動してください」
レジーナはピクリとも動かずに、熟睡していた。治癒魔法をかけたのに、本当に眠っているだけなのか心配になってしまうくらいだ。
仕方なくハルカはレジーナを抱き上げて、皆のもとへ向かう。
「アル、街の外に行きましょう。皆まとめて運びますよ」
「お、わかった。あとはそっちについてからにするか」
もらったばかりの大剣を鞘にしまい、アルベルトは訓練を切り上げる。
「どうやって行くんです?」
「師匠と一緒です。あ、私も別に空を飛ぶ必要はないんですね……」
大きな障壁を自分たちの足元に展開し、仲間たち全員を掬い上げる。ナギとレジーナ以外は一度目を覚ましたが、ハルカがすぐそばにいるのを見ると、またすぐ目を閉じた。
「障壁のベッドの応用ですかぁ。良く思いつきました」
「師匠はやらないんですか?」
「僕は歩ける人には歩いてもらう方針ですねぇ」
「……それは、そうですね」
自分はいつも障壁に乗って移動しているのに、と思ったけど言葉を飲み込む。
「それじゃ、行きましょうか」
突然ふわりと浮かび上がった一行に、酒を飲んでいた人々はどよめき目を向ける。街中では使わない方がよかったのかと、一瞬考えたが、特級冒険者になってしまって、今更だろうと思い直す。
レジーナをそっとナギの傍に下ろす。
ごろりと寝返りを打った彼女は、ぴったりとナギのお腹にくっついた。