世代
レジーナは相変わらず、会話や集団に混じってこようとはしなかったが、ナギの横で静かに食事をすることにしたようだ。
初めて会話を交わした時、彼女が一人で街中のベンチに座って遠巻きにされていたのを思い出す。その時と比べたら、彼女の心が穏やかであるといいな、とハルカは思っていた。
宴会は続き、日が陰ってきてもそれは続いていた。知っている人知らない人、たくさんの街の人が顔を出して、ハルカたちに祝いの言葉を投げては、宴会の中に消えていく。
いつの間にか街全体を巻き込んで、大きな祭りのようになってきており、もはや規模が大きくなりすぎて、何から始まった騒ぎなのかを知らない人すらいそうだ。
アルベルトやコリンは地元の友人たちのところに連れて行かれておらず、そばにいるのは、いつの間にかお酒を飲んでいて、テーブルにとろけているモンタナくらいだ。
「あなたがハルカさんかな?」
ぴっしりとした高そうな服を着た、働き盛りの男性に声をかけられる。親しみやすい柔らかな笑顔を浮かべているのを見ると、おそらく商人だ。傍には冒険者然とした、どこかで見たことのある顔立ちの男性が並んでいた。
「ええ、はい。……その、もしかしてですが、コリンとアルのお父さんですか?」
見たこともないはずなのに、なぜかそんな気がして思わず尋ねてしまう。違っていたらどうしようとすら思わなかったのが不思議だ。
「あれ、ご存じでしたか。おっしゃる通りです。うちの末娘が世話になっているというのに、長らくご挨拶もせず失礼いたしました」
丁寧に頭を下げられて、ハルカは慌てて立ち上がり、頭を下げ返す。
「いえ、とんでもないです。私の方こそいつもお世話になりっぱなしだというのに、顔も出さずに申し訳ありません」
「あー、いや。話は伺ってます。なんでも大層な実力者だそうで。こうして特級冒険者となっていることが確かな証拠ですね」
「世間知らずなもので、金銭の管理や交渉ごとなんかではコリンがいなければどうにもならずに……」
「いやはや、娘に会いにくることを強く止められていたもので。これ、つまらない物ですが、我が商会で扱っている物です。木の実に味付けをしたもので、保存も利きますので口淋しい時にでも召し上がってください」
「そんな、わざわざありがとうございます。こちらからは何もご用意できずに……」
「突然訪ねたのは私の方ですので、お気になさらないでください」
「なげぇよ」
二人の長い挨拶をバッサリと切り捨てたのは、アルによく似た長身の男だった。いう言葉もタイミングもアルによく似ている。
いや、アルが、この男に似ているのだ。
「ドレッド=カレッジだ。アルがいつも世話になってるな。こんな美人と旅してるなんて羨ましいぜ」
そう言って差し出された手をとって、ハルカも挨拶を返す。
「ハルカ=ヤマギシです。アルの積極的な姿勢にはいつも助けられていますよ」
「そりゃ良かった。にしてもこんな美人がそばにいたら、アルのやつ目移りしちまうんじゃねぇの? なぁ、ショウ」
「いや、彼はそんな子じゃないと思うけどね。あ、改めまして私、ショウ=ハンと申します。コリンの父です。どうですか、ハルカさんから見て。コリンとアル君は仲良くやっていますかね?」
「ええ、はい。とても仲が良いと思いますよ。たしか許嫁なんでしたっけ?」
「まぁ、そうなったらいいな、という親の希望ですね。こんなことを聞いたとわかったら、また怒られてしまうので秘密にしておいてください」
「ええ、構いませんよ」
「ええと、話によるともう一人お仲間がいるとか? できればご挨拶させていただきたいのですが……」
「あ、モンタナですね。……あー」
ハルカはテーブルの上に顎を乗せて目を閉じているモンタナを見て、言葉にならない声を出した。先ほどまではうとうとしているだけだったのだが、今は完全に眠ってしまっている。
風邪をひいたら大変だと思い、マントをかけてやったせいかもしれない。
「ふむ、ずいぶん可愛らしい子だね」
「あ、ええ、そうなんですけれど。でもコリンたちより一つ年上ですよ。それに、とても頼りになります」
「へぇ、こんな小さいなりでアルの奴に勝ち越してるのか」
ドレッドが興味深げに近づいていくと、途中でパチリとモンタナの目が開いた。すぐにじとっと半分閉じられた目は、ドレッドの姿をとらえ、ゆっくりとまた閉じていく。
「モンタナ、眠るならナギの近くで。風邪をひきますよ」
「……ですか」
眠たそうな表情のまま立ち上がったモンタナは、そのままペタペタと歩いて、ナギのそばで脱力したように腰を下ろした。ちゃっかり背中にかけられていたマントはちゃんと持っていっている。
地べたに座って食事をしているレジーナと、その横に眠っているユーリ。それに並んでモンタナは目を閉じた。
トーチがモゾモゾと胸の中から現れて、モンタナの頭の上に登ると、ぎょろぎょろと周囲に目を配り始める。モンタナの護衛でもしているつもりなのかもしれない。
「結構酔ってそうなのに、俺の攻撃範囲に入る前に目を覚ましたな。大したもんだ」
腰に手を当てたドレッドは感心したようにつぶやき、続ける。
「にしても立派な竜だな。あれでまだ子供だっていうじゃねぇか。なぁ、ショウ、あんなデカイの見たことあるか?」
「いや、ないな。大型飛竜を間近で見るのは初めてだ」
いい大人が目を輝かせているのを見て、ハルカは笑う。流石二人の父親だけあって、好奇心が旺盛らしい。
「この辺りを拠点にして活動しますから、また見られますよ。今はナギも眠たそうなので、また今度にしてあげてください」
「ああ、そうだな。すまん」
素直に身を引くのがドレッド、そう言っても遠くから観察を続けるのがショウだ。なんとなく性格もわかる。
「あ、パパ! ちょっと、勝手にハルカに会わないでよ。なんか変なこと話してない?」
「ん、ああ、コリン。そんなことよりこの竜なんだが」
「そんなことって何! ちょっと、ユーリもナギも寝てるんだから、あっち行ってて!」
「はは、ちょっと見てるだけだろう。ちょっ、おい、コリン、力強いな、待て、まぁ待てったら」
コリンが、ショウのことを引っ張ってハルカのところまで連れ戻す。踏ん張ろうとしていたようだが、冒険者で身体強化ができるコリンの前では無駄な努力だ。
「全く……。もうちょっと見せてくれてもいいじゃないか。別に変なことは話してないし、挨拶もしたからこれから去るところだ。コリン、いい仲間ができて良かったなぁ」
「……まぁね」
「ところでアル君とはうまくいってるのかな?」
「……パパうるさい、あっち行って」
今度は背中を押されて、ショウはそのまま退散していく。追いやられながらも楽しそうに笑っているのが印象的だった。
「……んじゃまぁ。俺もいくわ、護衛しなきゃいけねぇし。アルもよ、わがままな奴だけど、根はいいやつに育てたつもりだ。仲良くしてやってくれよ」
「ええ、もちろん。彼のおかげで、今私は冒険者を続けているようなものですから」
「そりゃ良かった。じゃ、ま、よろしく」
笑うと頬に皺ができる。よく笑う人なのだろう。アルベルトよりは幾分か柔らかい性格をしていそうだ。
ぷりぷりとしながら戻ってきたコリンが、全くもーと文句を言っている。
「いい親御さんじゃないですか」
「……まぁね。そんなことよりモン君どうしたの? 調子悪い?」
「あ、あー、いえ。なんか、いつの間にかお酒飲んでたみたいです」
「ああ、そう。そういえばモン君ってお酒飲むと眠っちゃうんだったわね」
段々と子供たちの姿が減り、あたりにポツリポツリと松明が焚かれた。宴はまだまだゆっくりと、夜に向けて続いていく。





