わかんねぇよ
レジーナはノクトを見て、すぐに目を逸らした。警戒すべき相手からは目を離さないし、問題の相手からはわざわざすぐに目を逸らすようなことはしない。
レジーナの話を聞いた時からハルカはもしかしたらと思っていたのだが、恐らくレジーナとノクトは面識がある。
「おや、レジーナさん、元気そうです」
レジーナは目を逸らしたまま返事もしない。彼女の中でどんな葛藤があるのかわからないが、ハルカが話を受け取った。
「師匠、レジーナさんの小さい頃のこと知ってます?」
「はい。あのー、十年くらい前に、ユエルさんが連れてきた孤児の子たちの一人ですよねぇ。いつの間にかいなくなったと聞いた時は心配しましたが、たまに噂は聞いていました」
「お、意外とちゃんと覚えてるんだな」
「覚えてますよぉ。皆さん結構馴染んでくれていたんですけど、彼女には居心地が悪かったのかもしれません。今にも飛び出しそうな顔をしていたので、去り際に色々言ってみたんですけどねぇ……。今生きているのだから、きっと頑張ったのでしょう」
ハルカは反射的にノクトの行動が厳しいと感じた。
しかし、ゆっくりと噛み砕いていくと、できることは全てしているとも思う。きっと彼女が連れていってくれと真摯に言えば、連れて行ったのだろうし、他のことでも融通は利かせてくれたのだろう。
それを子供に対して求めるのは酷であるかもしれないけれど、この世界は孤児が生きていくには厳しい世界だ。生きるための環境を与え、生きるための言葉を贈る。あとは本人次第。
ノクトは、レジーナの意志を尊重したのだととることもできた。
「レジーナさんをチームに入れたんですか?」
考えている途中にノクトに尋ねられて、一瞬間が空く。レジーナが一瞬ハルカの方を向いたが、すぐに反対を向いてナギの背中に手を置いた。
「……入れてはいませんよ。でも、クランを作ったら一緒に活動できたらいいなと思っています」
「そうですか。レジーナさん、自由に生きられていますか?」
「……おう」
「仲間ができそうで、良かったですね」
「…………」
ノクトの質問にきちんと返事を返したことにハルカ達は驚く。レジーナのノクトに対する好感度は意外と高かったようだ。
二つ目の質問には無言で、そのまま食べ物をとりに立ち去ってしまったが、嫌な気分はしない。今のハルカ達には、レジーナが喜びの感情をうまく表せなくて、この場から逃げ出したようにしか思えなかった。
「なんだ? ユエルのやつまたなんかやったのかよ」
「ほら、十年前に南方大陸の国を一つ潰したでしょう?」
「ああ、カナのとこにちょっかい出してたとこだろ」
「そういう話は知りませんけれど、その時に助け出された子です」
「ふぅん。じゃあ別に悪いことしたわけじゃねーんだな」
「一般的には、国を亡ぼすのは悪いことだと思いますけどねぇ」
特級同士の会話がこれだ。やはり自分はとんでもない場所に足を踏み入れてしまったのではないかと、ハルカは額を押さえた。
「じじいってしばらく一緒にいんの?」
「ええ。向こう十年くらいはまた帰らなくてもいいかなぁって思ってます」
「……また指名手配されそうです」
「指名手配なんてされたことないですよぉ」
「いや、お前昔されてただろ」
「……百年も前のことは覚えていませんね」
「覚えてるじゃねぇか」
モンタナはまた獣人の国から捜索されそうだという意味で言った言葉だったが、どうやらノクトは本当に指名手配されたことがあるらしい。いったいどんな悪さをしたらそんなことになるのだろうか。
「……お祝いですから、そういう盛り上がらない話はやめましょうねぇ」
「聞きたそうにしてっけど」
身を乗り出しているのはコリンとアルベルトだ。冒険者が活躍する話が大好きな二人は、ノクトが最前線で暴れていた頃のことが知りたいのだろう。ハルカとしては怖い話を聞くような感じだ。聞きたくないような、聞きたいような、微妙なラインである。
「クダンさんと奥さんの話にしませんか?」
「いや、興味ねぇだろ」
「ありそうですけどねぇ……」
相変わらず目を輝かせている二人を確認してから、クダンは空になった酒瓶をもって振り返る。
「ま、昔の話しても面白くねぇからな」
「クダンさんの奥さんはねぇ、弓の名手で、年上なんですけどねぇ」
「あー、うるせぇうるせぇ。酒とってくる」
ずんずんと歩いて去っていくクダンの背中を見送って、ノクトはにんまりと笑った。
「続き続き!」
「あ、本人が嫌がっているので、僕からはちょっと。本人から聞いてくださいねぇ」
「えぇー、絶対教えてくれないと思うなぁ…‥。クダンさんってお酒に酔ったら口が軽くなるタイプ?」
「いいえ、酔わないタイプです」
「だめかぁ」
楽しそうに話す二人を見て、ハルカはそっとその場を離れる。戻ってこないレジーナを探して会場を歩いていると、会場の隅で壁に寄りかかっているのを見つけることができた。
「レジーナさん」
「…………いいのかよ?」
「ええっと、何がですか?」
開口一番疑問を呈されて、ハルカは首を傾げた。
「あたし、まだよくわかってねぇぞ」
「えーっと……。確かにいろいろとずれている部分はあると思います。でもそれは私も同じですし……。あと、まぁ、私も含めた全員が、レジーナさんが一緒に居てもいいんじゃないかと思ったので。つまり、その……。あなたは少なくとも、私たちとはちゃんとした仲を築けた、ということだと思います」
「……やっぱわかんねぇよ」
「多分ですけれど、それを悩んでいる時点で成長しているんです。今わからなくても、私たちの言うことを理解しようとしてくれているのなら、ええと、それでいいんです」
言葉を砕いて伝えようと努めるが、どうもレジーナには理解されているように思えない。ずっと難しい顔をして見つめ返されると、段々自信もなくなってくる。しどろもどろになりながら説明して、一度息を吐く。
どう伝えたらいいのだろうと考えて、顔を上げるとレジーナが視線だけそらして口を開いた。
「よくわかんねぇけど……、いていいなら、一緒にいる」
わからないと繰り返していたのに、レジーナはやけにあっさりと一緒にいると答えた。
ぱたぱたと落ち着きなく動くつま先、服の裾をつまむ指、泳ぐ視線。ああ、これはきっと照れているだけだ。その感情は、きっと本人だって理解していない。だってこれは、一人で生きていたら味わうことのできない感情だからだ。
そう理解したハルカは、ふっと息を漏らして笑った。
「……なんだよ」
「いえ、わかりました。よろしくお願いします、レジーナさん」
「……おう」
「じゃ、皆のとこに戻りましょうか」
「別にここでいい」
「いいから、戻りましょう」
ハルカは後ろを確認せずに歩き出す。レジーナがぶすっとした表情のまま、あとをついてきているであろうと確信していた。





