ゆっくりと
ヴィーチェは何度か引き剥がされると、ようやく抱き着いてくるのをやめた。コリンに抱き着かれてもなんともないのだけれど、ヴィーチェはダメだ。原因は抱き着いている本人が一番わかっているはずなので言及はしない。
間に入ってくれたエリが、ヴィーチェを押しやりながら呟く。
「特級と一級かぁ……。あやかりたいものね」
「人には人それぞれの歩み方がありますわ。他人と自分を比べることにあまり意味はありませんの。あなたたちも十分に早い昇級のはずなんですわよ」
エリやすっかり大人しくなっているアルビナにヴィーチェが語り掛ける。こうして穏やかに諭していれば立派な淑女に見えるので、常にこのような状態でいてほしい。ハルカはまだ少しヴィーチェの動きを警戒しながら、果実水をあおった。
「それで、冒険者宿とか作るのかしら? チームとしても、ハルカ単体でも作る条件は満たしてるはずだけど」
「作るつもりではあるんです、けどね」
「そうなんだよねー。もうちょっと先になると思ってたから、名前とかー、方針とかー、あんまり考えてなかったんだよね」
コリンと顔を見合わせて考えてしまう。いつかはと話していたけれど、こんなに急に作れるようになるとは思わなかった。この間のイーサンからの要望もあるので、拠点を構えるのは難しくなさそうだが。
「別にいいんですのよ、方針なんか。作って、加入希望者を見極めて、活動していくうちに勝手に決まりますもの」
「そういうものですか?」
「そうですわ。冒険者にそんな計画性は、最初から求められていませんの」
今まで出会ってきた冒険者を思い出すと、確かに八割くらいはその日の気分で生きていそうだ。そう思えばハルカ達のチームは、まだ冷静に物事を決めている気がする。
「とにかく、今日は祝いの場なんですから、細かいことを気にせず楽しむといいですわ」
「はい、ありがとうございます」
エリが冷静にボディブロックをしてくれている間にその場を離れる。
「そういえば、あのー。レジーナさんは、どうでしょう?」
言葉を選びながらコリンに尋ねる。一番反対していたのは彼女だったはずだ。クランを作れるようになってしまった今、今後の方針は決めておきたい。
「……思ったよりー……、可愛いかなって思ってる。年上だけど、なんか、うん、まぁ、一緒に居てもいいんじゃない?」
合流したばかりの頃を思い出しているのか、コリンの言葉には珍しくキレがない。そんな調子で、あーとかうーとか言っているうちに助け舟を出すようにアルベルトが口を挟む。
「いいんじゃね。あいつ結構ナギとユーリと仲いいし。ユーリがまた泣くぞ」
「そう! そうだよね、ユーリもレジーナがいたほうがいいもんね?」
「うん。ナギも仲良し。たまにおやつもらってる」
「え、そんなことしてんのか?」
「皆が見てないとき、おにくあげたりしてる」
不良と捨て犬みたいな話なのだろうかとハルカは笑う。案外純粋な子供や動物には優しいのかもしれない。こちらにばれないようにやっている辺り、余計に可愛らしい。
「訓練相手にもいいしな。どうせハルカは今更追い出したりしないだろ」
「アンデッド討伐でも、いなかったらもっと大変だったです。これから特級冒険者に釣られて、もっと変な人くるですから、レジーナみたいな人がいてもいいと思うです」
満場一致の賛成に、まるでハルカだけが反対しているような雰囲気になってしまい慌てる。
「あの、じゃあその、決まりということで。皆でレジーナさんの周りに飲み物とか食べ物持って集まりましょうか」
「さんせーい」
こうなるともういつもとやっていることは変わらない。テーブルも椅子も関係ない。冒険者は美味しい食べ物と飲み物、それに仲間がいればそれで楽しい。
レジーナも勝手にテーブルから食べ物を持ってきて立ったまま食べていたが、ハルカ達が次々といろんなものを持って現れるのに目を丸くする。何しに来たんだ、とでも言うようにじろりと見るが、やがてその場に座り込んで本格的に食事を始めた。
戦っていない時はそれ程テンションも上がらないのか、レジーナは割と静かだ。周りに目を配りながらむしゃむしゃと黙って食べている。そんな時でも油断しないのは、彼女がずっと一人で生きてきたからだと思うと、ハルカは少し心が痛くなった。
こちらには警戒していなさそうなので、それが少し嬉しい。
拠点ができて、周りにあまり人がいなくなったら、彼女も少しは安心して過ごせるのだろうか。そんな場所を作ってあげられるなら、今回の昇級はとてもいいタイミングだったのかもしれないとハルカは思った。
そうして見ていると、突然レジーナの眉間にギューッとしわが寄り始める。何かと思い視線の先を見ると、クダンとノクトがギルドから出てくるところだった。クダンはどこからか酒瓶を持ってきていて、歩きながらラッパ飲みしている。
ノクトが何かを言っているのに、クダンが適当に手を振りながら答える。
付き合いが長くなった今だからこそわかるが、なんだかノクトが随分と気を抜いているように見えた。
「あ、ちゃんと連名にしてきましたよぉ。クダンさんにばかり良いとこはとらせません。私が師匠ですからね」
「別にとったわけじゃねぇよ。たまたまいたから推薦してやっただけだろ」
「なんかぁ、アル君がぁ、クダンさんの持っていた剣持ってますしぃ。怪しいですよねぇ?」
「めんどくせぇな。酒も飲んでないのに絡んでくるんじゃねぇよ」
「ん、あれぇ? なんか、仲間増えてますね」
近くまできて立ち止まったノクトは、レジーナを見てぱちぱちと目を瞬かせた。





