到着!
訓練場から普通に出ようとして、ナギをギルドの中に入れると怒られるのだったと思い出した。仕方がないのでハルカはナギと一緒に訓練場の壁を越えてギルドの正面へ戻る。
トットがどこかへ行ってしまったので、ナギを見てくれる人がいなくなってしまっていたのだ。
自分では飛ばずに、初めてナギの背中に乗せてもらったが、これがなかなか快適だった。思っていたよりも揺れず、風の抵抗もない。スピードを出すとまた違ってくるのだろうけれど、すぐにギルド正面に着いてしまったので、それはわからない。
ナギが降りてくるのを見て、街の人が数人慌てて逃げていく。踏み潰したりはしないのだが、怖いものは怖いのだろう。申し訳ない気持ちだ。
そんな中、少し遠くからギルドに近づいてくる人が目に入った。進む速度は歩きとほとんど変わらないのだが、上下運動が全くない。滑るように地表を移動してくる姿には見覚えがあった。
「師匠!」
「ハルカさんと……ナギですか? 竜は大きくなるのが早いですねぇ」
「はい、もう飛べるようになりました」
「ええ、見えてましたよぉ。ハルカさんたちは何を? 依頼でも受けているんですかぁ?」
「あ、いえ。話すと長くなるんですが……」
「んー、そういうことなら、また後で聞きましょうかねぇ。他の子たちは?」
「あ、中にいるはずです。それから師匠、私、特級になるかもしれないです」
ノクトはぱんと手を合わせて「おぉ」と言って笑った。
「おめでとうございます。ということは何か大事があったんでしょうねぇ。それも含めて後で聞きましょう。推薦はしてもらいましたか? いなければ僕がやりますよぉ」
「それが、クダンさんが丁度街に来ていて、推薦もしてくれるそうです。それなんですが……師匠はどう思いますか?」
「なにがです?」
ノクトはハルカを見上げて澄ました顔で尋ねる。ハルカの聞きたいことを理解していながらも、きちんと話をさせようとしているのかもしれない。
「私が、特級冒険者になることです。まだ早いとは思いませんか?」
「思いませんよ。一年前だったとしても、多分思いませんでした。一級や特級という冒険者の階級は、多くの人にとっては憧れや恐れでしかありませんからねぇ」
ハルカの横を通り過ぎて、ノクトはゆっくりと階段を自分の足で上がる。そうして振り返ってハルカを諭すように続けた。
「しかし、それは最終到着点ではないんですよ。ハルカさんだってわかっているでしょう? あなたの力が世間に認められただけです。これからそれをどう役立てるのか。どのように鍛えるのか。どんな人間になるのかは、あなたがこれから決めるんです。騒動だってこれまで以上に舞い込んでくるようになります。ただあなたはその身分を手に入れた、変わったことはそれだけです」
ノクトはギルドの扉を開ける。中ではもうアルベルトたちがハルカのことを待っていた。今回のアンデッド騒動で協力した、ヴィーチェやシャフト、オウティもそこにいて、ハルカに注目している。
「それにしても、クダンさんも弟子の推薦を取るなんてずるいですねぇ。僕も一緒に推薦したことにしてきます。……あとで昇級のお祝いをしましょうねぇ」
そう言ってギルドの奥にすいーっと消えていったノクトと交代するように、エリが緊張した面持ちでハルカに近づいてくる。
「その、ハルカ! 今日の話って昇級の話だった?」
「ええ、はい。えっと、何やら皆さんお揃いで……」
「んん、まぁ、それは置いといて。で、どうなったの? 一級? それとも……」
そこまで聞いて言葉を止めたエリは、じっとハルカの顔を見る。緊張が伝染したハルカも、姿勢を正して、少し声を上ずらせて答えた。
「そ、の……。この度、特級冒険者に推薦していただくことになりました」
「……っ、すごい!」
エリはハルカの手をとってブンブンと振り回す。それを見て冒険者たちもわっと盛り上がった。先に聞いていたハルカと仲間達だけが、ギルド内の盛り上がりについていけず目を白黒させている。
「なにそんなびっくりした顔してるの! みんなそうなるんじゃないかって、ここで結果を待ってたんだから。すごいことなの! 特級冒険者なんて、滅多に出ないんだから!」
「はい、はい、ありがとうございます」
されるがままになっているハルカだったが、中ではみんなが大騒ぎだ。
「ほら、僕の言った通りだろ。なると思ったんだ」
「うるせぇな。ならねぇとは言わなかったろうが」
シャフトとオウティが相変わらず険悪なムードを漂わせているかと思えば、どこからか「姐さぁん! 流石っす!」と声が上がる。
走ってきたヴィーチェが腰に抱きついてきて、あちこちに触りまくってくるのを剥がしながらゆっくりとギルド内に入る。
ギルド職員も混じって、どこからか持ってこられたテーブルと椅子があちこちに乱雑に並べられて、その上に次々と酒と料理が運ばれてくる。
ハルカの横を通り抜けて出ていった冒険者の数人が、街中を走り、新たな特級冒険者の誕生を触れて回った。
落ち着いた様子のラルフがゆっくりと人の間を縫って歩いてきて、状況についていけていないハルカに告げる。
「街を守ってもらったことに対しての礼と特級冒険者の誕生祝いを兼ねた宴会です。賛同する人たちが飲み物や食べ物を用意してくれました」
「こんな、大事に……」
「大事なんですよ、どちらもね」
アルベルトたちもハルカの周りに集まってきて、ただ周りがバタバタと動き回るのを眺めている。
「なんか変だなぁって思ったけど、こういうことだったんだぁ」
「ママおめでと」
「ありがとうございます、ユーリ」
コリンからユーリを受け取り抱き上げる。ユーリもハルカが祝われているこの雰囲気が嬉しかった。
遠慮がちで前に出ることを好まないハルカが、こんなにも多くの人に愛されていることが誇らしくもあった。
「ノクトさんきてたですね」
「な、あのじじいタイミングいいよな。どっかで見てたんじゃねぇの」
「見てたなら、きっともう少し早く現れてますよ」
去り際のノクトのセリフを思い出してハルカは笑う。今頃クダンに文句でも言っているかもしれない。
そんな中、レジーナだけはハルカの横を素通りしてナギの横に並び腕を組んだ。難しい顔をして通りを睨んでいるので、集まってきた人もナギとレジーナの周りだけは避けている。
たくさんの人がいるとまた喧嘩になりそうなので、自主的に一番静かそうな場所に移動したのかもしれない。
そう考えると彼女の妙な行動も、少し可愛らしく思えるハルカだった。