助言
「なぁ、ついでにこいつも見てくれよ」
「最近一緒に訓練してるです」
二人は少し離れたとこに仏頂面で立っているレジーナを指さした。レジーナは目一杯眉間にしわを寄せて怖い顔をしたが、アルベルト達は気にした様子もなかった。
「別にいいぜ。そいつも闘技大会にいた奴だろ。大人しくしてるから別人かと思ったけどな」
口を真一文字に結んだまま、ずんずんと歩いてきたレジーナは、流れるように金棒を手に取って、二人に向かってそれを振り上げた。乱暴な行動ではあったが、ハルカにはそれが照れ隠しのような、あるいは自棄になっているようなそんな風にも見えた。
「よし、じゃあ二対一な!」
「今日は勝つです」
左右に分かれて攻撃を躱した二人はそう言って剣を構えた。きっと自分と同じように思ったのだろうと、ハルカは笑う。短い期間であったが、一緒に戦ったことは無駄ではなかった。レジーナがチームに交じっていることに、それほど違和感が無くなってきている。
三人が入り混じって戦い始めた頃、ナギが訓練場に飛んで入ってきた。上にはユーリとトットが乗っている。トットは目を白黒させていたが、ユーリはよじよじとすぐにナギから降りて、ハルカの方へ走ってきた。
抱き上げてやると心配そうに顔を覗き込まれる。
「ママ、だいじょうぶ?」
「えっと、大丈夫ですよ? 心配させましたか?」
「大きな音たくさんしたから、見に来た」
「そうでしたか。ちょっと手合わせしていただけですよ」
クダンは一瞬チラリとハルカの方を見たが、すぐに訓練に目を戻した。恐る恐るナギから降りてきたトットが横に並ぶ。
「何やってんすか? 今日なんか皆隠し事してるみたいで、変な感じなんすよね。気になるから聞いて回ってたら、外でハルカさんを待ってろってギルドから追い出されるし……。あと、隣のいかついにーちゃん誰っすか? なんかめちゃくちゃ強そうっすけど」
能天気なトットに、ハルカはこっそりと告げる。
「強そう、じゃなくて強いんです。特級冒険者のクダンさんです、知りませんか?」
「うぇええ!? ……まじっすか? 生きてるんすか、あの人って」
奇天烈な声を上げてからトットも小声で話し出す。ちらちらと様子を窺っており、表情は引きつっていた。
「全部聞こえてんぞ」
「すんまっせんした! うっす、俺、トットっす、クダンさんはマジ憧れっていうか」
「うるせぇな……、あとでな」
今訓練見てるからという、何気ない一言だったのだろうけれど、それだけでトットは体を凍り付かせた。身動ぎしたら殺されるとでも思っているのか、少し身を乗り出した姿勢のまま動こうともしない。
「今訓練見てくれてるので、あとにしましょうか」
「…………うす」
ゆっくりと姿勢を元に戻し、トットは背筋を伸ばしてまた動きを停止した。これが普通の反応かと思うと、確かに仲間たちの図々しさというか、肝の太さは特別なのかもしれない。
経験の差なのか、地力の差なのか、訓練の結果はレジーナが攻撃を凌ぎ切って勝利した。見ている限りかなり接戦だったように思えたが、アルベルトは悔しそうだ。
最後には距離を取って降参したモンタナと違って、アルベルトは金棒の一撃を腕に貰っている。あっという間に腫れあがったのでおそらく骨折していることだろう。
その光景を見たときトットは慌てた様子でハルカの方を見たが、真面目な顔で動こうとしないのを確認して黙り込む。トットの持っていたハルカのイメージだと、真っ先に顔を青くして助けに向かうかと思っていたのだ。しかし実際はじっと経過を窺って訓練を止めに行く様子もない。
モンタナの降参を待ってすぐに小走りで治療しに行った時、トットはほっとする。しかしそれと同時に、いつもこんな訓練をしているのであろうことを察して、自分との力の差ができてしまったことに納得した。
アルベルトも痛がって転げ回ってしまいそうな怪我をしているのに、そんなことよりも負けたことをただ悔しがっているように見える。
どこでこんなに差がついたのか。つい一年前は自分の方が先を歩いていたはずなのに。トットはぐっとこぶしを握る。めらめらと闘志が湧き起こってきていた。
「ハルカさん、俺ちょっと訓練してくるっす」
「え? はい、わかりました」
そんな心の変化はわからないので、唐突に走り出したトットにハルカは首を傾げた。クダンさんといるのが怖かったのだろうかと思ったくらいだ。
報われないトットのやる気はともかく、治癒魔法を使ったアルベルトと共に、クダンのもとへと戻る。
「細かいことは言わねぇけど、お前ら訓練一緒にしてればだんだん強くなるだろ。いいバランスだ。そっちの小さいの、名前なんだ?」
「モンタナです」
「おう、モンタナな。お前はセンスがある。ただ、色んなものを学びすぎてるな。自分のスタイルはある程度できてるが、頭で考えてから動いてる。理性的すぎるとも言えるな。それは強みだが、必勝のパターンを作るのも大事だ。考えなくても体が反応するまで戦いに慣れろ」
「はいです」
「それからレジーナ、だったよな。お前は乱暴すぎ。もうちょっと型を覚えろ。確かに強いが基礎を固めればもっと強くなる。まじめに素振りでもやれ」
「…………」
返事をしないレジーナに、クダンは笑う。
「負けん気が強いのは良いことだな。んでアルベルト。お前は基礎がしっかりしてる。無駄もねぇ。だからもっと相手を見て動け。自分の戦い方を身につけろ。戦いは教えられたことが全部じゃねぇぞ。あと武器変えろ」
「おう……、ん? 武器?」
「お前普通の剣じゃ力発揮しきれてないだろ。力もあるんだからもっとでかい剣にしろ。そうだな……、よし、これやる」
クダンは先ほどまで使っていた大剣を、鞘ごと腰から外してアルベルトに差し出した。
「え、いいのか、ですか!?」
「おう、使えよ。どうせ俺武器たくさん持ってるからな。特に古代遺物でもねぇ普通の大剣だ。だがまぁ、使い勝手は悪くねぇよ。銘は貪狼、【真龍国朧】で作った一振りだ。俺と似たような戦い方だしな、丁度いいだろ」
クダンから剣を受け取ったアルベルトは「うおぉお……」と言葉にならない声を漏らして呻いている。隣でモンタナが珍しく目を大きく見開いてじっとその様子を見ているのは、多分羨ましがっている。
「ま、こんなとこか。んじゃあ俺は一度あの本の虫のところに戻る。お前らはギルド受付に戻れ。きっと姿を見せるのを待ってる奴らがいるからな。あとで宴会には参加するから酒用意しとけ」
「宴会、ですか?」
「昇級して特級冒険者まで出たんだ。そりゃあ宴会だろ」
ひらひらと後ろ手に手を振ったクダンは、機嫌良さそうに訓練場から出ていく。姿が見えなくなると、感動して震えてるアルベルトの袖をモンタナが引っ張った。
「……アル、それ、僕が使ってもいいですよ」
「は? 俺がもらったんだぞ」
「でも僕が使ってもいいですよ」
「いや、ダメだろ。戦い方に合わないし」
「じゃあ一回貸すです」
「嫌だ」
モンタナから逃げるようにゆっくり歩いていたアルベルトだったが、後ろをついてくるため段々と歩くのが速くなる。それは徐々に加速して、やがて二人とも全力で走り出した。
走るのはモンタナの方が速いので、ずーっとぴったり後ろにくっつかれているのが面白い。ハルカは黙ってそれを見ていたが、隣からコリンの呟く声が聞こえて、笑ってしまう。
「いいなぁ……、私にも何かくれないかなぁ……」
どうやらクダンという冒険者は、ハルカ達のチーム内では随分と好かれているようであった。
400話出世に文章を付け足しています。
ナギとユーリを入り口でトットに預けているという描写です。
書いたつもりで書き忘れていました、申し訳ありません。





