出世
翌日、昼前には街に着いていつもの調子で歩いていたのだが、何となくいつもと感じる視線の質が違った。
どちらかと言えば好奇や、親しみを感じるようなものが今までは多かったのだが、今日はどこか遠慮をされているような感じだ。
気になってチラリと店の方を向いてみると、目を逸らされる。
首を傾げながら歩いていると、馴染みの宿屋のおばちゃんが掃き掃除する手を止めて声をかけてきた。
「聞いたわよあんた達! この街に迫ってきてるアンデッドを退治してくれたんだってねぇ。ものすごい数いたっていうから、心配してたんだよ」
おばちゃんの声を聞いたのか、いつも寡黙な宿の主人もおたまを片手に外に出てきた。一階で食堂を経営していて、この主人の作る料理が好きなハルカがよく通っていたのだ。
「まったく、本当にさ! 事によってはこの街をほっぽり出して逃げなきゃいけないって言われて頭を抱えてたのよ。それをあんた達がなんとかしてくれたっていうじゃない、もうどう感謝していいやらわからなくてねぇ。ちょっと待っててね。あんた達が今日街に来るって聞いたから、昨晩から旦那が料理を仕込んで待ってたのさ。気持ちだけでも受け取ってもらいたいってね」
「あ、いえ、そんな悪いですよ……」
ハルカの返事を待たずにおばちゃんは宿の中に消えてしまう。
「……本当に助かった。大したもんじゃないが、昼飯にでもしてくれ」
「はい、ありがとうございます」
ハルカはこの主人が喋っているところをほとんど見たことがなかったので驚いてしまった。しかし彼らの生活を守れたのだと実感して、胸の内から嬉しい気持ちがゆっくり湧き上がってくる。
バタバタと慌ただしい足音ともにおばちゃんが戻ってきて、大きな風呂敷包みを渡された。
「はい、みんなで食べてね!」
「……いただきます。その、またお邪魔しにきますので」
「ええ、いつだって来るといいわ! 満席だったら他の客追い出してでも入れたげる!」
「あ、いやいや、それはちょっと」
「あっはっは、生真面目なんだからもう。そんだけ感謝してるってことじゃないの。多分他のみんなも首を長くしてあんたらのこと待ってるわよぉ。長く引き留めてると怒られちゃう。さ、行ってらっしゃいな」
背中を押されて通りに戻ったハルカ達だったが、果たして彼女の言う通り、あちこちで馴染みの人達に呼び止められる。あれやこれやともらっているうちに、ギルドに着く頃にはすっかり両手が物で塞がっていた。
入口ではなぜかトットがそわそわした様子で待っていた。
「あ、ハルカさん。なんか中で偉い人が待ってるらしいっすよ」
「え、あ、はい。わかりました」
「ナギちゃんは俺が見てるんで、どうぞどうぞ」
「えっと……、ではお願いします……?」
えらくスムーズに事が進む。誰かにものを頼まれたのだろうか。トットのおかしな様子は心配だったが、見てくれるというのを断る理由もない。
「ナギ、一人にするとかわいそうだから、僕も待ってる」
「ユーリ、でも……」
「トットさん、遊んでくれるからだいじょぶ」
「あ、前待ってた時、結構仲良くなったんすよ。恋愛相談にも乗ってくれるんすよね、この子」
「え? 恋愛相談? ユーリに?」
「ええ、そうなんすよ。なんつーか、女心みたいなのが俺よりずっとわかってるみたいで……」
ちょっと何を言っているのか分からなかったが、本人たちが仲良さそうなのでそれはそれでいいのだろうか。ハルカは首を傾げつつ、ユーリとナギをトットに任せてギルドの扉をくぐった。
中に入ると受付中止の札をつけた席に座っていたドロテがカウンターから出てくる。
「大荷物ですね。よろしければ受付で預かります。すぐに支部長のところまでご案内したいのですが、よろしいですか?」
「はい、お願いします」
荷物を置いてギルドの中を改めて見てみると、見知った顔の面々が妙に澄ました顔で黙りこくっている。ハルカと目があうと、急に他のことを始めたり、隣の仲間と会話したりするので、何かあるのだろうことはすぐにわかった。
真っ直ぐギルドの奥に通され、今まで来たことのないような区画についた。
ドロテが立派な扉につけられたノッカーを使い、中に声をかける。
「お連れしました」
「待っていた。入ってくれ。ドロテは受付に戻っていいぞ」
中からドアが開けられて、支部長であるイーサンが迎え入れてくれる。四方に本棚の並んだ非常に豪華な部屋の一箇所にだけ、雰囲気にそぐわない人物がいた。
窓の外を見ながら腕を組んでいるその人物は、背中に一本。両方の腰にさらに一本ずつ、それぞれ装飾の異なる大剣を帯びていた。
以前一度会ったことのある人物。
特級冒険者のクダン=トゥホークだった。
「よぉ、やっぱりお前らかよ。聞き覚えのある名前だと思ったぜ」
振り返ったクダンの目は相変わらず鋭く、今にも噛みつきそうな凶悪な表情をしていたが、彼の人柄を知っているハルカは静かに挨拶を返す。
「お久しぶりです、クダンさん」
「おう、元気そうだな。俺より先にそいつの話を聞いてやれ」
「はい、ご協力ありがとうございます。というわけで、その辺の椅子に座れ。話をする」
クダンに礼を言ったイーサンが話をつなぐ。全員が腰を下ろしたのを見て、イーサンも対面に座った。
「お金の話ですか?」
コリンの一言目に、イーサンが嫌そうな顔をして、クダンがふっと笑って目を逸らした。
「それより先に別の話だ。勿体ぶるようなことじゃない。これほど短期間での昇格は異例だが、今回の功績を考慮して、〈忘れ人の墓場〉でゾンビを排除したお前達全員を、一級冒険者へ昇格させたいと思っている」
「え、マジで!?」
「マジだ」
立ち上がったアルベルトを座ったまま見上げて、イーサンは冷静に告げる。
「一級冒険者の条件は、街存続の危機を退けられるような実力を持つことだ。お前たちは十分これに値する働きをした。……とまあ、ここまでが前座だ」
イーサンは両手を組んで体を少し前のめりにする。
「その中でも群を抜いた力を発揮したものがいたことを、俺は知っている。ハルカ=ヤマギシ。俺はお前を特級冒険者に推薦する。支部長と現存の特級冒険者、合計二人の推薦があれば、晴れてその日から特級冒険者だ」
「私が、特級冒険者ですか? 何か勘違いしていませんか?」
「していない。お前の分野を問わない強力な魔法、無尽蔵のスタミナ。近接職の冒険者よりもよほどの怪力だとも聞く。どこに特級冒険者にしない理由があるんだ」
「その……、志とか……」
イーサンは大きくため息をついてソファに寄りかかった。
「……特級冒険者というのは、やばい奴に名誉と力を与えて、暴れないでくださいねってお願いする制度だ。お前を見逃していたら、俺の目は節穴だと疑われるだろうな」
「えぇ……」
おめでたい話のはずなのに、ひどい言われようだ。イーサンは話し終えると、チラリとクダンの様子を窺う。僅かな動作だったが、クダンはジロリとイーサンを睨みつけた。
「喧嘩売ってんのか?」
「売ってるわけないじゃないですか。やばい奴の代表格みたいな人に」
「この話が終わったら、たまには訓練に付き合ってやるよ」
「それ訓練じゃないです。一方的な暴力というんですよ」
恐れているにしては軽快なやり取りだ。なんとなく、クダンが特級冒険者の中でどんな立ち位置なのか、わかるような気がしたハルカ達であった。
祝!400話目!