遠征依頼
買い物を終えると、もう日が傾き始めていた。
ギルドに戻り、夕食にしようとしたところで、受付の女性に声を掛けられる。
「あ、ようやく帰ってきましたね、ちょっと待っていてください」
三人を見て声をかけると、自分の対応していた冒険者への報酬を支払い、目の前に『休止中』と書かれた木の板を置いた。ちょいちょい、と三人を手招きして呼び出して、簡易的なボードで区切られ、個室のようになっている空間へ案内する。
何か呼び出されるようなことをしたかな、とハルカはドキドキする。この受付の人には、冒険者登録をした翌日に、「邪魔なんで他所でやってもらえます?」と怒られたことがあったからだ。
腰を下ろすように促され、椅子に座ると相手も対面に座り、一枚の依頼書を取り出した。
「これなんですが、あなた達にお話しして、断られたら依頼ボードに貼り出すつもりでした」
3人ともが身を乗り出してそれを覗こうとすると、彼女は小さく笑って依頼書の向きを変えた。若い冒険者たちが前のめりになっている姿が微笑ましく映ったのだろう。
依頼書の内容はレジオンの使節団の護衛というものだった。
ちょうどこの間すれ違った集団のことなのだろう、とハルカは思い出す。20人ほどの集団であったように思う。しかしレジオンというと、国境をまたぐことになる。最初の遠征依頼にしては難易度が高いように思えた。そもそもなぜこの依頼が自分たちに回ってきたのかが不思議だった。
コリンも同じように思ったのか、首をかしげて尋ねる。
「私たち、遠征任務したことないけど、いいんですか?」
「いいかどうか、と言われると悩みますが」
一度口を閉じて、視線をそらして考えるそぶりをした後彼女は続けて言った。
「タイラントボアを4人で討伐できますし、今のところ目立った失敗も聞きません。護衛依頼を受けたときの依頼者からの評判もいいですし、何より今回は木こりの親方の推薦です。先方が帰りに護衛にするなら誰がいいか、と尋ねたときに、あなた達なら面白いし実力があるからと答えたそうですよ」
受付の彼女、名前をドロテというが、彼女はこのパーティを気に入っていた。冒険者登録をした翌日に騒いでいたので注意をしたものだが、それだって先達の冒険者がやいやいやっていたのが原因なのはわかっていた。この若者たちに向けて注意したつもりはなかった。
ドロテは受付の仕事についてもう10年近くになる。毎日繰り返す業務はもはや日常となり、考え事をしながら仕事をこなすことも容易い。毎日現れるたくさんの冒険者達の品定めをしながらいつも受付に立っていた。
アルベルトは年相応に元気で実力もあり、未来が期待できる冒険者だ。短気そうなのが玉に瑕だが、仲間の注意には耳を傾ける様子が見られる。
コリンは年の割に冷静で、金勘定もできるし、物怖じしない度胸もある。できれば受付に欲しいくらいだ。きっと優秀な後輩になるだろう。
ハルカは見た目の割に丁寧な物腰で、その上結構な魔法使いらしい。噂によればタイラントボアを仕留めたのも彼女の魔法であると聞いた。あんな綺麗な切断ができるなんて、どんな魔法を使ったのか、非常に興味深い。
そしてなんといってもモンタナがキュートだった。耳も尻尾もかわいくて…。
ドロテは自覚はなかったが、耳や尻尾の生えた獣人族が好きで、かわいらしいタイプの少年が好きだった。端的に日本の言葉で表現するなら、ケモナーのショタコンだった。
今もちらちらと仲間二人の様子を盗み見ているモンタナの姿がかわいくて、ドキドキしていたが、そんなそぶりは微塵も見せずにドロテは三人に話しかける。そういえばアルベルトの姿がないな、とここに至ってようやく気付く。でもモンタナ君が可愛いから別にいいか、とそんな考えはすぐに脳の端に追いやった。
「あなた達が今までまじめに働いてきた結果です。確かに経験は足りないと思いますが、あちらも元々自前の護衛は雇っています。あなた達に求められているのは、縁です。彼らも商売をしていく上で、将来有望な冒険者と知り合いたいんですよ」
彼らは互いの顔を見て、頷きあう。
コリンが依頼書を手元に寄せて、満面の笑みで答えた。
「この依頼、受けます。詳細を教えてもらえますか?」
「……俺も悪いぜ、酔っ払って寝込んでたわけだし、でもさ、でもさ!」
気まずい表情を浮かべ、3人は一斉にアルベルトから目をそらした。責められている理由はわかっていたし、確かに申し訳ないと思っていたからだ。
「そんな大事なこと決めるの、俺のこと呼んでくれたっていいじゃんかよ!!」
「いや、うん、そう。そう、ホントに今回はごめん」
目をそらしたまま謝るコリンにアルベルトが立ち上がった。
「ねぇ、お前ら本当に俺のこと呼ぼうって思わなかったの? 少しも? これっぽっちも?!」
「……………です」
長い沈黙の後、モンタナが意味のない一言を放つ。
ハルカは言葉も出なかった。最初はビビってたし、アルベルトに関係することだったら、休んでいるところ申し訳ないけど呼びに行かなきゃな、と思っていたのだ。ただ途中からは嬉しくなっちゃって興奮して、まぁ、結局のところすっかり忘れていた。自分たちの働きが認められて、大きな依頼を直接貰うことができて、依頼の内容確認に夢中になってしまった。
それは夕食の場に中々現れない3人を、アルベルトが探しに来る時まで続いた。
アルベルトの3人を探す声が聞こえた瞬間、3人は同時に、『やべぇ』と思った。しかし、もうそこから誤魔化す方法は思いつかず、今に至っているというわけだ。
「しかも、なんかお前らは遠征に行く準備してるし……、なんだよなんだよ、くそ! 俺、もうしばらく絶対酒なんか飲まねえ!」
「……あ、明日みんなでアルの遠征道具、探しに行きましょうね?」
しばらくの間拗ねていたアルベルトであったが、3人で代わる代わる謝ったりフォローしたりしながら、明日には一緒に買い物に行く約束を取り付けた。
アルベルトも悔しそうにはしていたが、遠征任務が楽しみなのか、しばらくすると何を買おう、お前らは何を買ったんだ、とウキウキし始めた。段々と嬉しさの方が勝ってきたのか、解散するころにはいつもの調子で、皆に声をかける。
「よし、じゃあ明日はみんな寝坊するなよ!」
ハルカは、アルベルトが単純でよかったなぁ、と微笑ましく思いながらそれを眺めた。





