なじみ深さ
街から連れてきた数百人の冒険者が死体を運んでは、ハルカの作った障壁の上に放り投げる。こうして積み上げてハルカが一斉に運んだほうが効率的なのだ。いよいよやっていることが重機じみてきたなぁ、と思いながらハルカもポイポイと死体を障壁の中に放り込んだ。
ちなみに火葬は障壁を密封してハルカが一気に燃やしてしまう。木材などを集めて消費することを考えればこれが一番効率が良かった。
ちなみに灰を放り込む穴もハルカが作った。一辺が十メートルくらいある巨大な穴だ。一人葬儀屋でも営んでいる気分だ。死体とはいえ人の形をしたものを集めて燃やし続けていると、頭がだんだんおかしくなってきそうだった。
仲間は皆残党狩りに行ってしまったが、ナギとユーリだけは傍でうろうろしているので、それを癒しとしてなんとか頑張っている状態だ。作業ペースはあまり良くないので、多分あと数日はこんな感じだろう。
ハルカは燃えて灰になっていく死体をぼんやりと見つめる。単純な作業をしているせいで、色々と考えてしまうのだ。これから先、破壊者達とどう付き合っていくべきか。コーディにはどんな風に説明をするか。次の依頼を受けるならどんなものにするか。
考える時間はあれど、なかなかまとまってはくれない。
これが終われば拠点が手に入ると思えば気合が入りそうなものだが、やはりどこか虚しい仕事をしている気がして、身が入らなかった。街で仕事をしていた時にアルベルトが駄々をこねた気持ちが初めて少し理解できた。
ハルカは、ちょっとずつ心根までも冒険者らしくなってきているのかもしれなかった。
残党狩りがほぼ終了するのに三日。
それから死体の片づけをほぼ終えるのに、更に二日。
その間、いちいち帰るのが面倒だという理由で、様々な物資を運ばせられて、殆どの冒険者が〈忘れ人の墓場〉に留まり続けた。重機の後は輸送トラック扱いだ。ちょっと慣れてきた。
毎日淡々と働き続けるハルカの姿を見ていて何を思ったのか、連れてきた下級冒険者たちは、ハルカが傍を通りかかると頭を下げて挨拶するようになっていた。良かれと思ってやってくれているのかもしれないが、ハルカにとっては余計に居心地が悪い。
仲間達だけと旅をする日々が少し懐かしくなってきた。
全員を街に送り届けてから忘れ人の墓場に戻って一息。ようやくのんびりと過ごせる時間が取れた。支部長から明日はギルドに来るようにと言われているが、丸一日潰れるわけではない。
冒険をしている時よりよっぽど心の疲れる数日間だった。
「死体が無くなったら寂しくなったな」
「何言ってんの、無いほうがいいでしょ」
「でもなんもねーじゃんここ。ホントにここに拠点作るのかよ。街までも遠いぜ?」
「そうなんだよねー、どうしよっかなー」
アルベルトとコリンが会話をしていると、珍しくモンタナが口を開いた。
「僕は良いです。森に囲まれてるし、静かですし、水さえ引けば鍛冶場も作れるです。ユーリを育てるにもちょうどいいと思うですよ」
「……ナギが背に乗せてくれるなら、私がいなくても街までも行けます。片道三時間くらいかかりますけどね。〈斜陽の森〉の道を整備しておけば、途中で一泊すれば街まで行けるでしょう。途中の拠点を作っておくのも面白いかと思ったのですが、それをすると管理が大変ですよね」
「なんか今日二人ともよく喋るわね。皆がいる間ぼんやりしてたからちょっと心配してたんだけど……。もしかしてぼーっとしてただけ?」
「あ、えーと、まぁ、そう言われればそうですね。単純な作業だったので、なんだか色々考えてしまって。最後の方は拠点のこととかばかり考えていたんですけどね」
「いっぱい人がいると疲れるです。皆僕のこと子供だと思って構ってくるです」
「モンタナちいせぇもんな」
アルベルトがケタケタと笑うのを、モンタナはしばらくじっと見つめてから立ち上がる。
「訓練するですか」
「お、なんだ、怒ったのか」
「怒ってないです。でもアルが小さい僕に負け越してるの思い出させてあげるですよ」
二人が焚火から少し離れていくと、無言で立ち上がったレジーナがそれについていき、腕を組んで仁王立ちする。ついでに自分も訓練できるタイミングだと思ったのだろう。
人がたくさんいる間は、コリンに言われて派手な訓練も控えていた。皆鬱憤が溜まっていたのかもしれない。いつもより派手な動きで、思い切り武器をぶつけ合っているように見える。
「ハルカはさ、やっぱり変わったよね」
「……何がです?」
「前だったらさー、こういう時おろおろして心配で落ち着かなくなってたでしょ。今はほら、ちょっと笑ってるよ」
ぷにっとハルカの頬をコリンが指でつついた。ハルカはされるがままで答える。
「そうですね……。今は、みんな真面目に、でも楽しんで訓練しているのが分かっていますから。たとえあんなやり取りで始まったとしても、無茶なことはしないと確信しています。そうやって思うと、なんだか微笑ましいな、と。ほら、レジーナもすっかり馴染んできたじゃないですか。今も乱入しないで黙って見てますよ?」
「ハルカはレジーナさんにちょっと甘いよね。私たちにも甘々だけどさ。ま、いいよ。思ったより悪い人じゃなさそうだってわかったしさ。レジーナさんの方が年上なんだろうけど、乱暴な妹ができたみたいな気分」
「ああ、そうですね。彼女を見ていると、世話をしてあげなきゃいけないような気分になるんです。最初に見たときはあんなに怖かったのに、不思議ですね」
「多分ねー、それもハルカが成長したからだねー」
「そうなのかもしれませんね。……、あ、あばらに良い一撃が入りましたね」
アルベルトのあばらにモンタナの鞘での一撃が入った。交差するように振り下ろされていた剣は、モンタナの剣で防がれてなお、肩口ぎりぎりまで押し込められていた。実戦だったらアルベルトはもう戦えていない。
「そうだねー。でもまだやる気だよ?」
「そろそろ止めましょうか」
ハルカが立ち上がったタイミングで、レジーナが二人の間に金棒を振り下ろす。
「お前負け。交代しろ」
「うるせぇ、まだやれる」
「はいはい、骨にひびが入っているかもしれないので治癒しますよ。アルはこっちに来てください」
アルベルトは一度地面を足で踏みならしてから、歯を食いしばってハルカの方へ戻ってくる。
「くそぅ、あいつ二刀流するようになってから、動きが読みにくいんだよ」
「戦闘のセンスが高いんでしょうね。多分単純な身体強化の質だったら、アルが上回っているんでしょうけど」
「その代わりモンタナは、器用に身体強化の部位調整するけどな。長期戦になったら勝てねぇ」
「だから早く仕掛けようとして焦りを突かれた、ですか?」
「はぁ、そうだよ。しくじった……。ハルカも最近戦闘のやり取り分かるようになってきたんだな」
「ええ、少しは。自分でやるとなったらからきしですけど」
「のんびりでいいぜ。どんどん強くなられたら追いつくのが大変だからな。よし、次だ次。治してくれてありがとな」
「どういたしまして」
三人で回していると、時間の無駄も少ないし、技術的にも別のタイプなので良い訓練になるようだ。まだレジーナが頭一つ抜けているようだったが、二人もぐんぐん成長をしている。いつかは彼女からも一本とれるようになるかもしれない。
穏やかではない夜だったが、ハルカにとってはいつも通りの、慣れ親しんだ夜が更けていく。