頼りになる仲間
空から〈忘れ人の墓場〉を見下ろすと、おびただしい量の死体が転がっていることが分かる。ハルカに運ばれてきた冒険者たちは、その光景に言葉を失った。
「まるで戦争の後ですわね……」
最初にヴィーチェが呟くと籠の中がざわめいて、ハルカ達に向けて怯えるような視線が向けられる。背中におぶさったコリンがハルカの耳元でささやく。
「ま、こうなるかなーって思った。ハルカもあんまり気にしちゃだめだからね」
「心配してくれてるんですか?」
「ハルカ、こういうの苦手でしょ」
向けられる視線を確認してからハルカは少し考える。
確かに人から向けられるマイナスの感情に対してハルカは臆病なところがある。そのはずなのに今はそれほど傷ついていないことを、ハルカは不思議に思っていた。
「……大丈夫なの?」
後ろから気づかうような声をかけられてハルカは小さく笑った。
なんとなく今自分が辛く思っていない理由が分かったからだ。
大切にしたい人たちにさえ理解してもらえれていれば、他から向けられる嫌な思いは、それほど怖くない。
多くの人が自分のことを責め立てたとしても、味方をしてくれる人がいるという確信。それは知らず知らずのうちに、ハルカの心を少し強くしていた。
「ええ。コリンがいるからそんなに気になりませんね」
「あ、そう。ふぅん、そっかそっか」
少し浮かれた声色でコリンはぎゅっとハルカに抱き着いた。
「本当にね。……さ、降りますよ」
「うんうん、いいよいいよ」
ゆっくりと高度を下げていると、障壁の方からも声をかけられる。
「ハルカさん、できれば私もその感じで運んでいただきたかったのですけど。なんで私の時はぶら下げ方式だったんですの?」
「……特に理由はありませんけど」
ヴィーチェを背中に乗せると、両手であちこち好き勝手触られそうな気がしたからだ。ヴィーチェもまた、ハルカの味方をしてくれそうな信用できるうちの一人ではあったが、それとこれとは話が別だった。
「次は私もおんぶしてくださる?」
「いえ、次があっても今回のように運ばさせていただきます」
「遠慮なさらなくてもよろしくてよ?」
「遠慮していただけませんか……?」
くだらない会話をしているうちに地面に降りる。ハルカ達が泊まっていた場所と中心部だけは死体が片付けられており、地面がちゃんと見えている。ナギがうろうろしたついでに、少し片づけてくれたのか、中心部の円は広くなっていた。
先ほどと変わっていたのはそれだけではなく、地下へ降りる入り口も、土をかけられ隠されている。その上では支部長が真面目腐った表情で本をめくっていた。
「死体、さっさと処理したほうがいいんじゃねーかな?」
ぷらぷらと歩き回りながら、大きな声で【抜剣】のアンドレが言うと、本から目を上げないままイーサンが答える。
「アンデッドは倒しても一週間ぐらいは腐敗が進行しない。まして冬だ。……しかし、そうだな、処理は街に残った下級の冒険者に手伝わせるか。ラルフ、街の暇そうな冒険者連れてきて、死体を処理させよう」
「予算足りますか?」
「……商人達も金を出すだろう。疫病が流行るよりましだ」
「明日からでいいですね。まずは全員で周囲の安全を確実に確保します」
「任せる」
話は済んだようで、ラルフが冒険者たちに指示を出しに向かった。イーサンのすぐ傍では、ナギとユーリが昼寝をしている。モンタナはその横に座っているが、よく暴れる二人が見当たらない。
「アルとレジーナは?」
「森に残党狩りに行ったですよ」
「二人仲良くですか?」
「二人ばらばらにです」
「まぁ、そうですよね」
個人行動は少し心配だが、少しは信用するべきだろう。今は周り全てを囲まれているわけでもないし、いざとなれば逃げてこられるはずだ。彼らが大人しく待っているとも思っていなかったので、予想外の展開ではない。
「地下室のことは他の冒険者には秘することにした。できればここに建物を建てて、この施設を管理したい。そこで相談なんだが、お前たち、ここに拠点を作らないか?」
「……ちょっと街から遠すぎますね」
「費用ならギルドで持つ。何ならいない間の管理もこちらでしてやる。どうせ街の外に拠点を作るつもりだったんだろう?」
「そうですが……。ここ、何もないですよ? 植物も水もありません」
「水は井戸を掘ればいいし、川から引くことだってお前くらいの規格外の魔法使いなら容易いだろ。おそらく下の魔道具を停止したから、これからここは元のように肥沃な土地になる。少なくとも、人が破壊者たちから逃げ出すまでは、ここには都市要塞があったらしいからな」
「費用ってどれくらい出るんですか!」
ハルカが答えに窮していると、コリンが目を大きく見開いて尋ねる。
「……それなりにだ」
「私たち、そのうち冒険者宿を立てたいんですが、それくらい大きくても出してくれます? ナギのお家とかも作ってもいいですか?」
「…………まぁ、相談して決める」
「具体的にいくらまで出せますか」
「今ここでは答えられん」
「えー……、大体でいいから、大体で!」
「金貨……五百枚くらいは保証する。これでいいか?」
「もう一声!」
「業者をこちらで手配してやるから、それで十分だろう。今回の報酬もある」
「今回の報酬は関係ないじゃないですか。新しい極秘依頼、ですよね?」
「……あとは、事が落ち着いてから決める。受けるのか、受けないのか?」
「じゃ、報酬が決まってから決めます」
「若いのにめんど……、逞しいことだ」
イーサンはパタンと本を閉じて、大きなため息をついた。