わがまま
形をとどめて壊せと言われても、どう壊したらいいのかがわからない。壊れるほど叩けば形は変わってしまうだろうし、電源のようなものがどこかに繋がっているようにも見えない。
強いて言うのであれば、魔素を吸い込んで動いているのだろうから、吸い込めないようにさえしてしまえば、機能は停止する気がする。
ハルカが考え込んでいると、前に立っていたレジーナがおもむろに歩き出し、魔道具に近づいた。興味など無さそうなのに、どうしたのかと見ていると、その間にイーサンが入り込んだ。
「何をする気だ」
「めんどくせぇから、壊す。辛気くせぇんだよ、ここ」
「俺の話を聞いていたか? 遺物を粗末にするなと言ったんだ」
「どけよ。テメェごとぶん殴るぞ」
尋ねられて無言で殴らなかっただけ成長だ。ハルカはレジーナの肩を叩いて止める。
「はい、私が動作停止させるのでちょっとだけ待ってくださいね。うまくいかなかったら叩いていいですから」
この部屋が地下に造られたのは、おそらくこの魔道具を隠すのと同時に、温度変化を少なくする目的があったように思う。
この地下空間は、空気が澱んでいない。おそらく、何かしらの技術で換気をされているのだ。そして空気が入れ替わっているのにもかかわらず、外よりもほんの少し暖かい。
精密機械なんかは案外温度変化に弱いものだ。ついでに水でも中にぶちまけてやれば、大抵の機械は壊すことができるだろう。
「機構がそのまま残っていればいいですよね?」
「ああ、どういったものが使われて、どんな仕組みなのかわかれば上等だ。再稼働させる必要もないからな。それ以上は望むまい」
「わかりました、では試してみましょう」
ハルカは最初に魔道具の中に水を発生させる。これだけ頑丈そうな外装をしているのだから、中身がみっちり詰まっていることはないはずだ。
その直後、魔道具についていた赤いランプのようなものが点灯する。おそらく何らかの問題が発生したのだろう。赤は危険、警戒のマーク。人の心理はこの世界だって、そう変わらないだろう。
何か変なことが起こるのではないかと不安だったが、ハルカはそのまま機械の中を急速に冷やす。アンデッドたちを凍らせる時に使っていた魔法と同じ要領だ。
しばらくそれを続けていると、魔道具の表面の金属が結露し始める。赤いランプが数回点滅し、やがてそれも消え、地下空間には何の動作音も聞こえなくなった。
イーサンは魔道具に近づき、そっと何のものかわからないボタンを押したり、摘みをひねったりしたが、それはうんともすんとも言わなくなっていた。
「……壊れてしまったか」
ひどく悲しそうな声色だった。ハルカが一人罪悪感を覚えていると、コリンに腕を引かれる。
「こんなとこさっさと出ましょ。ほら、レジーナもアルベルトもさっさと上あがっちゃったし」
イーサンの黄昏た背中を見ているうちに、二人はさっさと上に戻ってしまったらしい。気づけばイルの姿も無かった。
「あの、もう私たち上に行きますよ?」
「ああ、俺はもう少しここにいる。気が済んだら俺も戻る」
「……ま、いいですけど。支部長も早く立ち直ってください」
呆れたラルフが首を振って、ハルカたちに地下室から出るよう促す。
コリンとモンタナに続いてハルカが地上に戻ると、頭上を影が通り過ぎた。見上げてみるとナギが空をゆっくりと飛んでいた。悠々としたそれは、とても生後数ヶ月の子供とは思えないほどの威容であり、まさに空の王と言って差し支えのない姿だった。
戻ってきたハルカたちに気がついたのか、ナギは空にぐるりと円を描いて、ゆっくりと着陸する。寂しかったのか、仲間達とハルカの間に入り込んで、そこで腹這いになる。
すでに大人を二人乗せて飛べるほどの大きさであるから、穴についてきてもミチっと詰まってしまう可能性があったのだ。置いていかれるのも仕方がない。
地面に降りたユーリが、ナギのお腹の辺りに近寄って、ぽんぽんと手のひらでたたく。
「ただいま」
「がう」と鳴いて返事をしたナギの上に、ユーリがよじ登っていき、定位置に収まった。その場所が座りやすいのか、みんなナギの上に乗る時はその辺りに座る。背びれのような突起があり、掴まりやすいからかもしれない。
ハルカは仲間の中では自分だけがナギに乗ったことがないことに気づく。ハルカは竜が好きなのだ。飛ぶ飛ばないに関わらず、今度一度乗せてもらおうと密かに思っていた。
穴の少し離れた場所で火を焚き、しばらくのんびりとしていたが、一向にイーサンが出てこない。食事を終えて、軽く訓練をして、それでもなお出てこないのに痺れを切らしたラルフが、穴の上から声をかける。
「支部長! 置いていきますよ!」
「……置いていけ! 今調べてるんだ! 残りのアンデッド駆除の指示を出しておいてくれ!」
ラルフは一歩穴から引いて、眉間に皺を寄せた。
「なんで上位の冒険者ってのはこんなにマイペースなのばっかりなんだよ……!」
すぐそばで様子を見ていたコリンだけが、ラルフの心から漏れ出した声に同意し、深く頷くのだった。