博識な冒険者
ハルカの身体が地面の中に沈んでいくのに先行して、パッと穴の中に明かりが灯っていく。それはハルカが日本にいた頃にあったセンサー式のライトを彷彿とさせるものだった。
コンクリートの壁とこの明かりだけ見ても、どこか今のこの世界とは隔絶した文明の高さを感じる。きっと当時は今よりずっと進んだ人の社会が形作られていたのだろう。
「ハルカ、降りたところにアンデッドが四体、見えるのはそれだけです」
「魔素は相変わらず流れていますか?」
「アンデッドたちを越えた先に向かってるですね」
「わかりました、警戒して行きます」
地下に降りると、天井の電気が点いてフロア全体が明るく照らされる。
兵士風のアンデッドが一斉にハルカ達の方を向いて襲い掛かってくる。ホラーゲームは得意でなかったが、いるとわかっていればそれほど恐ろしくもない。
ハルカが襲い掛かる四体を凍らせ、モンタナがその頭部を叩き割った。アンデッドの処理はこれで終わりだ。昨日まで数万体を相手してきて、今更手間取るはずもない。
改めてそのフロアを見回してみると、床に医者のような白衣を着た人物が数体転がっている。そのどれもが頭を潰されて死んでいることから、アンデッドになってしまっていたのであろうと推測できる。だとすれば、今倒した兵士のアンデッドは、この白衣のアンデッドに殺されたのかもしれない。
「あれです」
それほど広くない空間の奥に、光沢のある金属で造られた妙な装置が、二つ並んで取り付けられていた。二つ合わせると、実にこの空間の三分の二を占めるほどの大きさだ。外に持ち出せるようなものではないから、きっとこの中で組み立てられたのだろう。
右のものが動作を停止しているのに対し、左はまだ稼働しているように見える。
パラボラアンテナのようなものが頭に二つ付いており、そのどちらもが天井に向けられていた。
「あっちから魔素を取り込んで、あっちからアンデッドの元を撒いているように見えるです。もう一つの方は、魔素には何も干渉してないですね」
モンタナはそう言いながら、パラボラアンテナの右左を順番に指さした。ボタンが幾つか付いているが、説明がそばに書いてある様子はない。解説書か設計図でも探そうかと思ったところで、頭の上から声が降ってきた。
「おーい、ハルカ、大丈夫か?」
逆光でよく見えないが、アルベルトが覗き込んでいるようだ。
「大丈夫ですよー。皆さんも降りてきてください」
次々と梯子を伝って降りてくるのを待って、ハルカは状況を伝える。
しゃがんで今倒したアンデッドを見ていたイーサンが、眉をひそめた。
「身分のわかるものは取り除かれているが、王国の兵士に違いなさそうだ。きな臭いな」
「そうですか……。どうします?」
「どうすると言われてもな。記録に残して警戒しておくしかない。抗議はするが、しらばっくれられたらそこまでだ。今度の評議会の議題にはあげる。そんなことより、その巨大な魔道具の方が気になる」
つかつかと歩いて装置に近づいたイーサンは、手元の本を開いて読み始める。たまに装置の方を見ては、ページを捲って何か確認をしているようだ。
文字に目を走らせながら、振り返ることなくイーサンがハルカ達に説明する。
「この本はな、ヴィスタの書庫にあった写し本の、更に写しだ。俺が書き写したものだがな。原典はディセント王国に厳重に保管されているはずだ。かつて人が滅びかけた時、どのように戦い、どのように逃れたか、その顛末が書かれている。著者は、ディセント王の先祖だ」
「……支部長、それって持っていて大丈夫なものですか?」
不安そうなラルフの質問に、イーサンはゆっくりと首を横に振った。
「いや、持っていることがばれたら、王国と教会から暗殺される恐れがある。俺が禁書庫に忍び込んで、勝手に覚えてきたものだからな。知ったお前たちも同じだから、他言はしないように」
「勝手に巻き込まないでくださいよ……」
「そんなことはどうでも良い」
きっぱりと切り捨てたイーサンは、あるページを開いたまま装置を見上げた。
「この動いているやつは、周囲の生命エネルギーを少しずつ奪い取り、死者がアンデッドになるような魔素を発生させる魔道具。こっちの止まっている方が、アンデッドが嫌う魔素を発生させる魔道具だろうな。これを作って街を焦土にし、人は西へ西へと撤退した。多くの兵士を、敵を、アンデッドと化すことで破壊者の侵攻を阻んだのだな」
「意味わかんねぇ」
アルベルトとレジーナがほぼ同時に首を傾げた。
緊張感のある話をしているはずなのに、和んでしまったハルカは口元を押さえる。
「後者の魔道具を止めて、〈暗闇の森〉に留まっていたアンデッドを誘導。それで街や国を混乱させようとしたのだろう。目的は……なんだかわからんが、あの公爵はうちの国をあまり好ましく思っていないと聞く。ありそうな話だろう」
「これ、もう一つの装置も停止したほうがよくないですか?」
「そうなんだがな。使い方が分からん」
「本には載っていないんです?」
「これには大まかな流れしか書いていない。さっきの魔道具についての解説も、そういった魔道具を作ったと記載されていることから、俺が勝手に推測しただけだ」
「そうですか……」
大人が二人黙って悩み始めたのに対して、先ほどまで首を傾げていたレジーナが口を開いた。
「壊しゃぁいいだろ」
「だよな。アンデッド作る魔道具なんてあってもいいことねぇだろ。壊そうぜ」
「…………んー、私も壊すのに賛成かな」
少し悩んだ様子だったが、コリンも前の二人に同意する。
「ハルカさんは?」
「えーっと、私も壊してしまったほうがいいんじゃないかと」
「僕もそう思うです」
「じゃあ俺もそっちに賛成します」
ラルフに問われたハルカに続き、モンタナも賛成すると、ラルフもそれに続いた。
イーサンは振り返り、信じられないという顔で全員を見つめる。
「おい、貴重な遺物だ。壊したら再現できないんだぞ?」
「いや、再現する必要ねぇだろ。壊せよ」
ばっさりとアルベルトに切り捨てられて、イーサンは額に手を当てた。
「……元遺跡冒険者としては、納得しがたいものがある。が、確かにそれが正しいのかもしれん」
絞り出すようにそう言って、最後に一言付け加える。
「わかった。ただしせめて原形を留めたまま壊してくれ。あと、隣の魔道具には絶対に手を出すな」
まるで子供を人質に取られた父親のようだった。
悲愴な表情をしたイーサンの、未練がましい要求に、ラルフがこっそりとため息をつく。
いくら常識人ぶっていても、冒険者なんて所詮こんなものである。
本日100万文字記念と思って、異世界恋愛の作品を一本上げてみました。
タイトルは【悪役令嬢、十回死んだらなんか壊れた。】です。
さくっとよめると思います。
フフッとなってもらえればうれしいです。