発掘
籠に乗って飛び始めてしばらく、イーサンは珍しく本をしまって目を閉じていた。腕を組んで難しい顔をしている姿は、何か深く考え込んでいるように見える。ハルカが黙って様子を見ていると、やがて目を開け、本を取り出して開く。風に吹かれてページがばらばらと捲られ、すぐにそれは閉じられた。
「空の上は、思った以上に気分が良い。だが本を読むのには向いていない。残念だ」
それから何かを語り出すのかと思っているのに、それきり籠の端に行って景色を眺め始めてしまった。ラルフが戸惑っているハルカに向けて声をかける。
「支部長はこういう人ですよ。最低限の仕事をこなしたら、あとは自分の興味を優先します。多分しばらく喋りません」
「……じゃ、落ち着いてから話しましょうか」
籠の中はすっかり静かになってしまった。素振りをしているアルベルトに、トーチに火を噴かせて金属を折り曲げているモンタナ。レジーナは端でうとうとしている。何度目かになるとすっかり慣れてしまっているようだが、リラックスしすぎなようにも思う。信用されていると考えれば、そんなに悪い気もしないが。
空を飛ぶなんて、飛行機もないこの世界では珍しいことのはずだが、随分と順応性が高いことだ。これは変化を好む冒険者という職業ならではの反応なのかもしれない。
アルベルトが訓練しているのを見て、ハルカも自分の周りに魔法を展開させてみる。いくつかの魔法を体の周りに浮かべると、まるでシューティングゲームの自機にでもなった気分だ。弾幕を避けるような状況は遠慮したいが、悪くない気分だった。
やがてほんの少しのアンデッドがぼんやりと立ち尽くす〈忘れ人の墓場〉に着陸する。障壁を解除するとラルフとイーサンはぐるりと辺りを見渡している。
「本当にアンデッドを排除したんだな。上空から見てもほとんど姿が見えなかった。大したものだ。この辺りに何か魔素を集めるものがあるとか? 【鉄砕聖女】の力か」
レジーナが黙って目を細くし、武器を握る手に力を込めた。イーサンは戦うような姿勢を見せず、それに目をやっただけだった。
「警戒するべき強者の情報は集めている。情報を持っていることを伝えたんだ。敵対する意思もないことくらい察してもらいたいものだ」
本当はモンタナが気づいたことだったが、勝手に勘違いしてくれたらしい。確かに魔素が集まっていることをはっきりと明言するのは、何かしらの力があると言っているようなものだ。迂闊だったとハルカは反省する。
「警戒させるようなことを言う必要はないと思いますけれど……。……確かに、何か変な流れのようなものを感じますね。微弱な魔法が使われる前のような、変な空気が……、方向はこっちですかね」
「そういえばお前も魔素の動きには敏感だったな」
イーサンは先に歩き出したラルフの後に続く。モンタナが黙ってついていっているのを見ると、方向は間違っていないのだろう。
少し歩くと、妙に平らに均された場所にたどり着く。そう思って見てみれば、明らかに最近人の手が入っていることが分かるようになっていた。
「確か飛竜が空を飛んで、アンデッドを誘導していたんだったか?」
「そうだ」
ずっと黙り込んでいたイルが短く肯定だけする。
「この辺で飛竜を多く保有しているのは、プレイヌの『飛竜便商会』だが、あそこがそんなことをするメリットは無いだろう。……たしかプレイヌの冒険者が複数組、竜確保の依頼を受けて公爵領に出入りしたと聞いたな。その辺りか」
イーサンは片手に本を持ったまま、地面に目を向ける。
「掘削、抉れ、避け、積みあがれ、望む深さに、ディグ」
均された地面が盛り上がり、土が意思を持ったように這いずり左右に積みあがる。ハルカがあまり得意としていない、既存の自然物に対して作用する魔法だった。やってできないことはないのだが、妄想を実現するより、自由に動かすのが難しいからあまり使わない。
狩ってきた獲物を穴に埋めて処理する時に使うくらいだ。
本来はこういった自然物に影響する魔法を使う方が、魔素を使うコストは低いらしい。しかしこれを使いこなす者は、魔法使いの中でも稀なのだそうだ。そこにどんな難易度の違いがあるのか、ハルカは知らない。
やがて土がどかされて現れたのは、マンホールのような鉄の蓋だった。大きさはその三倍程はあるだろうか。
「なんだこれ?」
ハルカは瞬時に何かしらの入口であると連想したが、馴染みのない他の者にとっては未知の物体だ。アルベルトの不思議そうな声を聞いて、ハルカは答える。
「多分地下に降りる入り口です。蓋のようになっているのでしょう」
「成程。確かに蓋のように見える」
イーサンが飛び出した取っ手を掴み持ち上げようとするが、それはピクリとも動かない。
「俺は力作業は苦手だ、誰か頼む」
「よし、俺がやる」
腕まくりしたアルベルトが取っ手を掴み、思いきり力を籠める。メリメリと音がして、ゆっくりと地下への口が開かれた。内側には何か粘着質なものがつけられており、それがネバッと伸びている。
「……強力な接着作用のある樹液だな。目的が無ければ開かないものだと諦めてもおかしくない」
中には梯子が取り付けられており、下っていけるようになっている。コンクリートのような壁面が、ハルカにはやけに懐かしく感じられた。日の光が入れば、なんとなくそこまで見ることができるが、中に入ってしまえば真っ暗になりそうだ。
「私が先に降りましょうか。浮遊して入れば両手を使って着地することができますし、魔法を使って中を明るくすることもできます」
「何かが待ち構えていたら危ないぞ。魔法使いなんだろう」
「ハルカを護衛して、一緒に降りるです」
「……そういうのなら、任せるか」
モンタナの申し出を受けて、イーサンは一応の納得をしたようだった。中の魔素の状況なども聞きたかったので、二人きりになれるのはちょうどいい。
以前空を飛んだ時のように、モンタナを背負い、ハルカはゆっくりと穴の中へ入り込んでいった。
このお話で100万字を突破です。
今年から書き始めてよくやったと自分を褒めてます。
もし一緒に褒めてくれる人がいたら、ポイントとかブクマをくーださいな!
また予約しようとして間違えて投げちゃった……。