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世間

 街に暮らしていたはずのアルベルト達も、この湖のことは知らなかったらしい。綺麗な場所だと言って驚いていた。街からそれ程離れていないのに、ほとんどの人が知らない場所、というのも妙な話だ。案外ここに来たことのある人たちが誰にも語っていないだけなのかもしれない。


 そう思うくらいには、美しく穏やかな場所だった。


 ハルカは休む前に、そっと湖の中を覗き込む。

 底には水草が生え、その間に小さな魚たちがとどまっているのが見えた。

 来たばかりの時に環境破壊をした自覚があったので心配していたが、これなら大丈夫そうだ。


 今思い出してみれば、目が覚めたあたりを碌に探索もしないでここまで来てしまっていた気がする。その場所を調べてみたい欲求もあったが、今は個人的な感情を優先している場合ではないと、我慢することにした。



 翌日ようやく全員が目を覚まして、顔を洗っていると、人影が二つ近づいてきた。随分と早いご到着だ。きっとそれだけ事態を深刻に見ているのだろうと思う。

 オランズ冒険者ギルドの支部長であるイーサンは、リザードマンの姿を一瞥し構えるでも興奮するでもなく、普通に近づき丸太に腰を下ろした。

 場合によっては、イルに攻撃をしてくるのではないかとも思っていたハルカ達は、拍子抜けしてしまう。


「楽にするといい。今この場は話をする場所だ」


 それきり口を閉ざしたイーサンは、古ぼけた分厚い本を開いて黙り込んだ。ハルカ達が一人ずつ丸太に座り、立っているのがレジーナとイルだけになったところで、イーサンはため息をついて口を開く。


「俺は見ての通り、争い事がそれほど好きじゃない。冒険者になったのも、世の中の正しいことを知るためだ。知るまでが俺のやりたいことで、そこから先には基本的に興味がない」


 パタンと本を閉じて、その背表紙を指でなぞりながらイーサンは続ける。


「本は、俺がこの世に存在していなかった時のことすら鮮明に教えてくれる。中には虚実の混じったものもあるが、その真実を探るのも、また楽しい。……俺はリザードマンという種族を、プライドの高い戦士であると認識しているが、間違っていないか?」

「……そう認識してもらえるのなら喜ばしい」

「では、暗闇の森の先にいる破壊者ルインズのことについては、一先ず議題に出さないように努めよう。いずれは知られることだが、時間は稼げるだろう。それまでに、リザードマンと手を組めるように土台を整えるんだな」


 おかしな物言いにハルカが首を傾げる。するとイーサンは、また本を開いて文字に目を落とした。


「俺は協力者。主導者は、そのリザードマンに情を持ったお前たちだ。何か勘違いしているようだが、俺は街で絶対的な権力を持っているわけではない。この国は、商人と冒険者の国だ。国の経済を回しているのは、主に商人だということを忘れるな」

「そういえば……、パパも街の評議会に参加してるって言ってた」

「俺が表向きに動いたら、すぐに何をしてるかばれるぞ。大部分の商人は破壊者ルインズなど恐ろしいだけで、金にならんと思っているぞ」

「……まぁ、俺だって破壊者ルインズはやばい奴らだと思ってたしな」


 アルベルトが腕を組んで、難しい顔をしている。

 ハルカだってこの世界に来てから様々なことを本で学んできたが、そこに破壊者ルインズに対して好意的に書かれたものなど一つも無かった。


「……お前たちが、破壊者ルインズに対してどのような認識を持っているかはこの際置いておく。しかしそれは危険な発言だぞ。オラクル教は、破壊者ルインズを敵対者として扱っている。過激なものに聞かれたら良いことにはならん。それもあるから、商人達が破壊者ルインズに与することは難しいだろうな。オラクルの教えは、人族の世界によく浸透している」

「……それは、どの程度なのでしょう? 例えば破壊者ルインズと仲がいいことがばれたらどうなります?」

「冒険者なら依頼が減る。街の住人なら忌避される。小さな村なら殺されてもおかしくない」

「そこまでですか」

「当たり前だろう。人族がこれほど衰退したのは、破壊者ルインズのせい、ということになっているからな。真っ向から喧嘩するつもりがないのなら、うまく立ち回るんだな」


 「あの……」と控えめに声を上げたのは、ラルフだった。全員の注目が集まると、言いづらそうにレジーナに視線を向けながら話す。


「レジーナさんは、オラクル教の服を着ていますけど、大丈夫なんですか?」


 レジーナはよそ見して腕を組んでいたが、注目されたのに気づくと、威嚇するように「なんだよ」と言って目つきを悪くした。


「いや、こいつ似非聖女だろ」

「あ?」


 アルベルトのセリフにただのチンピラのように、どすの利いた声を上げたレジーナが、確かに本物の聖女であるとは思えない。以前それっぽい恰好をしていると、暴力をふるっても許容される、というようなことを言っていた気がする。なのできっと似非には違いないはずだ。


「レジーナが、オラクル教の関係者じゃないのかって聞いてるです」

「ああ、知らねぇ。でも聖女って言われてから、教会に行くとこの服タダでくれるぜ」


 話がややこしくなってきた。もしかしたら本当にオラクル教の関係者である可能性がある。


「えっと、じゃあ、破壊者ルインズと敵対したりしなければいけない、なんてことは?」

「昨日も言っただろ。人間も破壊者ルインズも変わんねぇよ。殴れば済むから、こいつの方が物分かりがよくて良い」

「へぇ、お前ホントに聖女なのかよ。俺もアンデッドいっぱい倒したから聖人になれっかな」

「知らねぇよ」


 くだらない会話をしている二人を放って、イーサンが立ち上がる。


「続きは現場に向かいながら話すか。〈忘れ人の墓場〉に何かあるんだろう? 俺も空を一度飛んでみたかった。運んでくれ」


 イーサンは知識人で常識も弁えているようには見えるが、やはり冒険者らしく、どこかマイペースだ。

 ハルカは言われるがままに、昨日のように障壁で籠を用意する。

 朝ご飯を食べている途中だったナギも、出発する気配に気づいたのか、食べるのをやめた。のしのしと歩いていき、湖に顔を突っ込んで口元についた血を洗い流す。

 そうしてハルカ達のもとに戻ってくると、べたっと地面にくっついて、今日は誰が乗るんだろうと待ち構えた。飛ぶ時は誰かを乗せるものだ、と認識しているのかもしれない。


「今日は私! ユーリ、一緒に乗せてもらおうね」

「わかった。ナギ、よろしくね」


 ユーリが鼻面をつつくと、ナギは翼をバサバサと羽ばたかせた。


「度胸のある子だな」


 楽しそうに戯れるユーリを見て、イーサンは小さく称賛の声を上げた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] レジーナにとっては、幼い頃に自分の心と身体の尊厳を破壊し尽くした「人間(成人男性)」よりも、まだ特性的に紳士的(脳筋)の方が理解しやすい存在に見えるんだろうね。 今後それがどう変化してい…
[一言] プライドという言い方は誇りと比べると日本語の雰囲気としては、相手を尊重しない言い方になる場合がある気がする。 プライドをもって仕事をしているという事なら良い意味だと思いますが。 相手を警戒が…
[良い点] 更新お疲れ様です。 まぁリアルだろうが創作ものだろうが、宗教というのは鬱陶しい上に無駄に組織力が高い厄介者ですからね···政治と絡んでたら大体悪ですし。 君子危うきに近寄らずが一番いいん…
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