食べるもの
隊長と呼ばれたリザードマンが地面に座り、ハルカ達を見上げる。その後ろに残りの四人も武器を地面に置いて座り込んだ。これ以上抵抗しないという意思を示しているのかもしれない。
「では最初に、あなた方はどんな身分で仲間はどのくらいいますか?」
「俺はイル=ハ。戦隊長の一人だ。普段は十の部隊、五十人を率いている。今連れてきたのはこれで全部。リザードマンは七つの部族が集まり国としている。〈暗闇の森〉の浅い部分の湿地帯が俺たちの領土だ」
「……暗闇の森の先には、国がたくさんあるんですか?」
「あるらしい。高い山にはハーピーが住んでいる。俺たちはその先のことは知らん。たまに山を越えて攻めてくる愚か者共がいるが、全て返り討ちにしてきた」
〈暗闇の森〉を越えた先の領土は、思っていたよりずっと広いのかもしれない。破壊者同士の争いもよく起こっているようだ。イルの言うことが本当なのであれば、リザードマンとさえ良好な関係が築ければ、破壊者達が〈オランズ〉に雪崩込んでくるということはなさそうだ。
問題は一部の例外を除けば、人間が破壊者と完全に敵対しているということだ。少なくともオラクル教において、破壊者はわかり合えぬものとされている。
街に暮らす者達も、基本的にはその考えに違いない。
目の前にいるリザードマンも、人と戦うとなればかなりの脅威だ。
全員が二メートルを超えた筋肉質な体。天然の鎧ともなりうる鱗。槍の腕は確かだったし、強靭な尻尾はきっと骨をも砕くだろう。今回たまたま、人間としては規格外なレジーナが相手をしたからこのような結果になったが、街に住む人であれば、束になっても敵わないはずだ。
仲良くしましょうといって、賛成してもらえるとは思えない。
「リザードマンは、人間と敵対する意思がありますか?」
「俺たちは、俺たちの領土を侵す者達と戦う。人間がそうなのであればやむを得んな」
「失礼に当たるかもしれませんが……、リザードマンは、人間を食べますか?」
〈ディグランド〉で見た光景を思い出しながら、ハルカは幾分かトーンを低くして尋ねる。イルは目を見開いてから、舌をチロチロとだし、口から空気をシュロシュロと漏らした。
果たして笑っているのか怒っているのかも分からない。
「リザードマンはそんなに飢えてない。巨人じゃあるまいに。人間を食うのは、自分で農耕をしないような奴らだけだ。巨人やオーク、それに小鬼だな。いや、まて。ハーピーも肉ばかり食らっているから、もしかしたら食うかもしれん。……マーメイドもそうだと聞いたことがある。吸血鬼も血が食事だから、ある意味そうだな。…………ふむ。少なくともリザードマンは人間は食わん。俺たちには誇りがある。言葉が通じるものを食料にしようとは思わん」
口ぶりから察するに、どうやら笑っていたらしいが、話を続けるうちにだんだんと静かな口調になっていき、最後はすっかり真面目になってそう言った。
「安心しました。ではもう一つ。このアンデッドの大移動に関して心当たりは?」
「然程ない。しばらく前に竜に乗った人間が、暗闇の森の上を飛んでいた。死にぞこない共が森から移動し始めたのはその頃だな。俺たちもその調査のために、わざわざこんな所まで出てきたのだ」
ハルカは口元に手を当てて思案する。
イルが嘘をついているようには思えないが、念のためモンタナの方を窺うと、黙って首肯される。
破壊者達が〈オランズ〉に攻め込むために起こした騒ぎでないというのは幸いだが、同時に、人間の中で何かを仕掛けた者がいることが分かってしまった。
〈オランズ〉、あるいは【独立商業都市国家プレイヌ】に敵対する勢力がいるということだ。可能性として高いのは【ドットハルト公国】か、【ディセント王国】だ。
しかし公国は南の帝国と常に戦争をしているし、王国の女王は冒険者であるノクトの関係者だから、そんな方針を取るとは思えない。竜というワードから考えるのなら、これを主導しているのは恐らくマグナス公爵だ。
面倒なことになりそうな気がした。
「こちらからも一つ尋ねたい。俺たちはこれからどうなる? 捕虜か?」
ハルカ達は顔を見合わせて黙り込んでしまった。
自分たちにそんなことを決める権限はないし、もし捕虜にしてしまったとしても、街に連れ帰ってはこの誠実なリザードマンが殺されてしまう気がする。
なまじイーストンと触れ合う機会のあったハルカ達は、相手が破壊者だからといって、会話の通じる相手を殺すことには抵抗があった。
「負けた俺は殺しても構わん。好きなようにしてくれ。しかしせめて部下たちだけは見逃してもらえないか? ここで俺たちが帰らなければ、国としてもさらなる斥候を送ることになる。決闘に負けた俺が死ぬ分にはともかく、正々堂々と戦ったことを伝えるものがいなければ、誤解が生まれ戦いが起きかねない。部下さえ逃がしてくれれば、それは避けられるはずだ」
ハルカは完全に絆されてしまっていた。これは殺せない。
仲間たちは分かってくれそうだと思ったが、果たしてレジーナはどうなのか。そーっと窺うと、目が合ってしまった。
「なんだよ」
「……あの、戦ったレジーナさんとしては、この人たちをどうしたいですか?」
「あ? 知らねぇよ、勝手にしろ。リベンジなら受け付けるぜ」
あれ? とハルカは思う。この感じ、レジーナは彼らを捕縛、あるいは殺することに興味がなさそうだ。
「あの、逃がしてもいいんですか?」
「だから好きにしろって言ってんだろ」
「破壊者ですよ?」
「破壊者も人間もたいして変わんねぇよ。両方襲ってくんだろうが。あたしのが強いから関係ねぇ」
「じゃあ、えっと……。どうしましょうか?」
上手く話がつきそうで、逆にどうしたらいいかわからなくなってしまい、ハルカは仲間に助けを求める。
「んっとねー、一応支部長とかに伝えて、お話くらいしたほうがいいんじゃないかなー? それまでその隊長さんには、この辺で待っててもらったほうがいいと思うけど」
「でも一応破壊者だぜ。まともに話聞いてくれんのか?」
「わかんないです。でも報告しないのもまずいと思うですよ」
「わかった。俺だけが残ろう。置いていっても逃げたりはしないが、心配なら見張りを残せばいい。部下は帰していいか? 俺たちの方でも報告を済ませてしまいたい」
「なんの報告です?」
「死にぞこない共が人間によって倒されていたこと。死にぞこない共の移動が、そいつらの企みではないこと。人間に俺が負けたこと。その人間の中に、話が通じそうな奴らがいるということだ」
「良いと思うです」
モンタナが首を曲げてハルカを見上げる。ハルカは頷いて、イルたちに告げる。
「ではそうしましょう。互いに余計な被害を出さないための交渉です。イルさんの身も、できる限り私たちが守ることにします」
「別にそれは結構。負けた俺は死んでも仕方がない」
「……まぁ、そう言わずに」
潔すぎるのも問題だ。
まるで死を望むような発言が受け入れられず、ハルカは複雑な表情で頬をかいた。