絶え間無い
全部で何体いるのかはわからない。それでもハルカたちはアンデッドと戦い続けた。疲れにより殲滅速度が落ちてくると、一度ハルカが魔法で周囲を吹き飛ばし、障壁を作って仕切り直しをする。
治癒魔法があるおかげで、この戦いは体の疲労ではなく、心の疲労との戦いになっていた。
体を使わず、上空から全体の展開を俯瞰して見られるハルカですら、うんざりする戦いだった。コリンなんかはすっかり途中から嫌になってしまっていて、休憩を挟むたびにハルカやユーリ、それにナギにひっついている。
「んんん、ハルカぁ、あとどれくらいいるの、いつ終わるのこれぇ」
「……まだ、えーっと、結構かかるかと。ナギに乗せてもらって、少し休憩しますか?」
ハルカが頭を撫でながら尋ねると、ぎゅーっと目を閉じてぐりぐりと頭をハルカのお腹に擦り付けてから、コリンは答える。
「…………んんー、やる! ユーリ、見ててね、私頑張るからね」
「うん、みてる」
「やる、やるよやる。こんな嫌な仕事さっさと終わらせよう!」
そんなコリンと比較すると、残りのメンバーは淡々としていた。レジーナやアルベルトなんかは、むしろ楽しそうにしている。
「二人は大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「おう、いい調子だ!」
「いい調子?」
「そうなんだよな、なんか最初の頃より、疲れなくなってきた」
「ですね。これだけ戦い続けてると、無駄がなくなってきた気がするです」
「それだ。目の前にいるやつ倒すのに、どれぐらいの力を込めたらいいか、すぐわかるようになってきた」
二人の話を聞いて戦いの様子を思い出すと、レジーナも敵を無駄にホームランすることが減ってきている気がする。きっと戦いの中で戦闘技術が向上していっているのだろう。
それにしても元気なことである。ハルカはどちらかといえばコリン側の人間なので、素直に三人の在り方を尊敬してしまう。
上に高く飛び、残りアンデッドたちの数を確認する。アンデッド討伐を始めてすでに万にも届く数を倒しているはずだ。
目に映るその数は、最初の頃より確かに減っているように見えた。明らかに地面が見える面積が増えている。
この調子ならあと二日か三日もあれば、大体討伐を終えることができる気がする。
「確実に数は減っています。この調子だと……」
あと数日で、と言いかけてハルカはやめた。それだけかかるとわかったら、コリンの心がポッキリ折れてしまいそうな気がした。もうちょっともうちょっと、と言いつつ最後まで頑張ってもらうのが良さそうだ。
彼女のことだから、たとえ心が折れても戦いの場からは離れない気がする。
「なになに?」
「……いえ、この調子で頑張りましょう」
「うん、そうだね! 結構倒してるし、今日の夜くらいには殲滅できるかもだしね」
「そろそろいこうぜ」
ブンブンと金棒を振り回して、フォームを確認していたレジーナから急かされる。いいタイミングだ。
「では、行きましょう」
〈忘れ人の墓場〉に、また戦う音が響く。この場所がこんなに騒がしくなるのは、実に数百年ぶりのことだった。
あらかじめわかっていたことだったが、増援は来ない。ただ淡々とアンデッドを処理し続ける毎日だ。活動している時間ほぼ全て命懸けというのは、なかなかにスリリングで、そしてそれぞれに成長をもたらした。
アルベルトの剣筋は無駄が無くなったし、モンタナは両手で器用に武器を使うようになり、コリンは当て身が上手になった。
二日目の夜も、三日目の夜もハルカは眠らずに障壁を張り続ける。不思議と眠たくならないことは、きっと無意識のうちに、自分に何かしらの治癒魔法をかけ続けているからだと思うことにしている。
夜の長い時間余計なことばかり考えていると、ドツボに嵌まって抜け出せなくなる気がしたからだ。
それで調子を崩して仲間に迷惑をかけても仕方がない。そうなるくらいなら、穏やかに、眠っている仲間たちに紛れ込んでのんびりしている方がよかった。
三日目の夕方。
ついに走り回って武器を振り回しているだけでは敵に当たらなくなった。視界が随分と開けて、ここまで来れば、残党狩りと言っても過言ではないくらいだ。〈忘れ人の墓場〉にはポツリポツリと狩り残したアンデッドの姿。
残りの多くは森に潜んでいるはずだ。ここまで来れば、報告して街の冒険者に協力を仰いでもいいかもしれない。
モンタナの言っていた、魔素の妙な動きのこともあるので、できれば早く報告してしまいたい。しかし一日動き続けたせいで、今は割とぐったりとしてしまっていた。
今日のところは休んで、明日の朝一番で報告することに決めた。全員に治癒魔法を使って、障壁の壁を作り始めたところで、アルベルトに肩をつかまれる。
「ハルカ、今日は見張り立てるから障壁いいぞ」
「あー……、でも万が一のこともありますし」
「いいからハルカは飯食って寝ろ」
「そうそう、寝てないの知ってるんだからね。今日は寝ないとダメー。はい、ご飯食べたらさっさと寝る」
「気づいたの今朝だけどな」
コリンに手を引かれて、ナギがべたっと地面にくっついてるところまで連れて行かれて、そのまま寝転がるように促される。
「はい、ご飯できたら起こすから」
「あ、でも、順番の夜番くらいやりますよ」
「今日は休むです。レジーナも不寝番してくれるって言ってたですから」
驚きだった。それが本当なら、レジーナにも仲間意識が芽生え始めているのかもしれない。姿を探してみると、目があって、すぐにぷいっと逸らされる。
ハルカはふっと鼻から息を吐いて笑い、体を横に倒した。
「それじゃあ、お願いします。少しだけ休ませてもらいますね」
「うん、休んで休んで」
横に座ったコリンが横向きに寝転がったハルカの肩を、優しくリズムよく叩く。
小さな振動がひどく心地が良くて、ハルカの意識はすぐにまどろみ、ぷつっと線が切れるように暗くなった。
「ハルカ、起きるです」
モンタナの声がして、意識が急浮上する。目を開けると周囲は真っ暗になっていた。焚き火が燃えさかり、アンデッドが周りにいる気配はない。
「〈暗闇の森〉から、何か近づいてきてるです」
ハルカはすぐに体を跳ね起こしたが、モンタナにポンポンと腕を叩かれる。そうしてしーっと口の前に一本指を立てた。
「まだあっちは気がついてないです」
一難去ってまた一難。
暗闇の中で、何かがゆっくりと忍び寄ろうとしていた。