連絡係
夜のうちに改善案がいくつか出された。
その結果、全員一緒に殲滅しながら進み、進んだ場所で障壁を張ることになった。少し心配だが、ナギとユーリは一緒に上空を移動してもらう。
全員で出撃すると、定期的に休憩が回ってこない。それで疲れた時に言い出せないのではまずいと思い、交代制にしていた。しかし今の状況であれば、互いに遠慮せずに言い出せそうな気がした。上空から管理していると、誰の動きが精彩を欠いているかもわかりやすいので、ハルカの一存で調整することもできる。
仲間たちが眠りに落ちる中、ハルカだけは焚火を見つめて起きていた。言われなかったから答えなかったが、ハルカは眠っている間も障壁を張り続けられるほど器用ではない。
普段であれば気がつきそうなものだが、今日は仲間達にも精神的な疲れがあったのかもしれない。穏やかに眠っているのを見ると、それだけで自分の気持ちも安らいでくる。
仕事にやりがいなんて感じたことは無かったが、もしかしたらこれがそうなのかなと、一人で笑う。
眠気が無いわけではない。眠ろうとすればいつでも眠れる。しかし、起きていようと思えばいくらでも起きていられそうな気がした。
ハルカはこの世界に来てから夢を見ない。一切の体調不良を感じたこともない。体のつくりが変わってそういう体質になったのだとばかり思っていたが、もしかしたら何か理由があるのかもしれない。
しかし何もわからない。
ハルカは一人でぼーっと炎を眺める。
薪の弾ける音と、静かな寝息。それから外で何かが這いずる音だけが聞こえる。動物の声があまり聞こえないのは、きっとアンデッドに追われて逃げ出したからだ。あるいはアンデッドになってしまったのか。
暗闇の森には、もしかしたらあまり生き物は棲んでいないのかもしれない。
アンデッドを殲滅したらどうなるのだろう。暗闇の森に生き物が戻ってくるのだろうか。
「ハルカ、話があるです」
薪を手に取って、火の中に差し入れていると、後ろから声をかけられた。半分目が閉じられており、眠たそうだ。わざわざ出てきて話すようなことがあったのだろうかと、ハルカは首を傾げた。
「今日、外に出ていた時に変なものを見ました。魔素が〈忘れ人の墓場〉の真ん中に集められて、アンデッドの魔素と同じ色になって出て行っていたです。ここに草や木が生えないのは、そこに魔素が集められてるせいだと思うです」
「目立つようなものは無かった気がしますが……。確認したほうがいいでしょうか?」
「地面に埋まってるですよ。確認は落ち着いてからでも良いと思うですけど、アンデッドと関係ないとは思えないです。アンデッドは本来、死者の強い意志が起こした魔法です。その魔法を、ここ一帯を薄く、霧のように覆ってるです」
「わかりました、落ち着いたら掘り起こして皆にも相談してみましょう」
モンタナはこくりと頷くと、ハルカと背中を合わせて地面に座った。
「寝ないですか?」
モンタナが小さな声で尋ねる。
背中が温かい。
モンタナの呼吸音が耳に入ってくる。
「ええ、障壁を保てないので」
「眠くはないんです?」
「……あまり」
背中でモンタナが身動ぎしたのが分かる。何をしているのわからないが、それはすぐに落ち着いた。
「そですか。眠くなったら言うですよ」
「はい、ありがとうございます」
ハルカは枝を一本ぽきりと折って、火の中に放り込む。
多分モンタナは心配してわざわざ来てくれたのだ。情報を伝え忘れていたのは本当だったかもしれないが、目的はきっと最後の会話だ。
ハルカは耳についたカフスを撫でる。
もう一度礼を言おうとして口を開き、すぐにやめる。
背中側から、静かな寝息が聞こえ始めていた。
先頭にレジーナ、その後ろにアルベルトとシャフト、最後尾にモンタナとコリン。
上空からはハルカが援護する。とは言っても、五人もいると流石に隙らしいものは見当たらない。格下相手と戦う場合には、油断さえしなければ、そうそう失敗することも無いのだ。
アンデッドの動きは単調で、慣れてくれば魔物を狩るのと大差なかった。力の入れ加減もわかってきたのか、一時間以上進んで森まで辿り着いても、仲間たちの息は上がっていなかった。
森の中へ入ってからもただ真っすぐ街の方に向けて進む。レジーナが時折アンデッドを木ごとなぎ倒すこともあったが、狭い場所なのでそれは仕方がない。自然破壊を繰り返しながら、やがてアンデッドの数が減ってくる。
恐らく集団を抜けたのだろう。
前線を仲間たちが維持してくれている間にシャフトに治癒魔法をかける。
「……この治癒魔法、僕は他言するつもりないけど、ちゃんと隠したほうがいいよ。それじゃ、行こうかな」
「皆さん、順番に治癒魔法を受けて! シャフトさんの援護のため、〈忘れ人の墓場〉方面に戻ります!」
「どっちだ!」
「あちらへ!」
腕を向けた方向に炎の球を放ち、それを爆発させる。
熱が収まらぬ状態のまま、レジーナはそちらに向けて走り出した。彼女に治癒魔法はまだまだ必要なさそうだ。
レジーナを追いかけて走り出し、仲間たちの背中に順番に触れて治癒魔法を使い、空に浮かび上がる。
ナギの横に並ぶと、ユーリが頬に手を当てて地上の様子をじーっと見ていた。ハルカが隣に来たのに気づき、呟く。
「皆かっこいいねぇ……」
「……そうですね、かっこいいです」
きっともう少し大きくなったら、ユーリも戦う練習をし始めるのだろう。子供に危ないことをさせるのは、という気持ちはまだ残っている。しかしそれよりも、純粋に皆に憧れてくれている姿が、なんだか嬉しかった。