ベテランには程遠い
今回の件はレジーナだけではなく、ハルカにも良くないところがあった、とすることにした。結果的に怪我したのはレジーナ一人だったし、教育方針にも問題あった。
レジーナを連れて元の場所に戻ると、そこにはまだ三人がいた。アルビナが大人しくなって、エリの隣で静かにしている。
「昨日の魔法を見れば、ハルカの実力なんてわかりそうなものなんだけどね。アルビナは魔法に詳しくないから、まだハルカのこと侮ってたみたい」
「それは……、別に構いませんが……」
「相手の強さを見抜けないって、冒険者としては結構問題があるのよね」
「そ、そうですね、はい」
自分にも刺さる言葉に、ハルカは言葉を詰まらせた。なんとなく強い人の区別はつくようになってきていたが、漠然と強そうだな、と思うくらいだ。具体的に誰と同じくらいというのはわからない。
「でも、さっきのレジーナさんの攻撃に対応できそうになかったのはわかったんだって。あと、そのレジーナさんを引っ張っただけで怪我させたハルカの強さ? もなんとなくわかったみたいね」
「あれは……、不意打ちみたいなものですから」
「そう? どっちにしてもいい薬になったみたいね。最近驕りと焦りで空回ってたから、ね、アルビナ」
「……」
「返事は?」
「……はい」
こちらが謝らねばと思っていたのに、エリ達が憤慨している様子はない。それどころか、アルビナが悪いような言い方をしていた。
「レジーナさん、アルビナも反省してるみたいだから、許してもらえないかしら? 何に腹が立ったのかは正直なところわからないのだけど、教えてもらえれば気をつけるわ。私、ハルカの友人と仲違いする気はないの」
「え、いや……。いいんでしょうか、それで。こちらが一方的に攻撃したのに」
「三級冒険者にもなったら、自分より強い人とのやりとりくらいまともにできないとダメなの。街の外に出るってことは、誰の助けもない場所で生きていくってことよ。上位の冒険者の世界にルールなんて無いんだから」
最初の頃にエリにはいろんなことを教わったが、こんな話は聞いたことがなかった。登録したての冒険者が知っていても意味の無いことだったから、省かれたのだろう。
きっと上級の冒険者だからこそ知っていなければいけないルール、みたいなものは他にもまだあるのかもしれないと思う。
「もうちょっとゆっくり昇級してくれれば、ハルカにも色々と教えてあげたんだけど……。でもハルカ達は師匠がいたから大丈夫よね?」
「あ、はい、そうですね」
師匠からそういったことは習っていない気がするが、ここで否定するのも違う。ハルカは諦めて発言を肯定した。
「つまり、三級冒険者にもなって、そういうことができてないアルビナに、レジーナさんが腹を立てた。ってことだと私は思ってたんだけど、どうかしら?」
確認のためレジーナの方を見ると、レジーナは難しい顔をして「しらねぇよ」とぶっきらぼうに呟いた。
「……そういうことにしておきましょうか」
「……そうね」
これ以上深掘りしても正しい答えが出てくる気がしない。丸く収まるのならばそういうことにしておこう、というのがハルカとエリの共通意見だった。
結局アルビナとの親交を深めることはできなかった。しかし、何も得るものが無かったわけでもない。今後レジーナに何かを伝える時は、ご意見番として、モンタナにも同席してもらおう。自分が思っている以上に、自分の常識の定規は当てにならない。
これが今回ハルカが新たに得た知見だった。
拠点付近に戻ると、呆れたような感心したような顔のオウティが、コリンと話をしていた。近くまで行ってわかったのだが、アルベルトも似たような顔をしている。
「おう、戻ったかよ。今回は多少譲ってやる。初めての共同仕事だからな、負けてやる」
片手を上げながら振り返ったオウティは、そう言い残して去っていった。ハルカ達がごちゃごちゃしている間に、いったい何があったのか。それはコリンと他の人たちの表情から察することしかできなかった。
「えーっと、うまく話が進んだってこと、ですかね?」
「うん、上々だよ。褒めていいよ、褒めて褒めて」
「はいはい、なんかありがとうございます?」
頭を擦り付けてきたので、いつもの流れで撫でてはいるが、何がどう決まったのかがわからない。
「報酬は割と多め。ついでに拠点作りを、オウティの息のかかった業者が、かなり格安で引き受けてくれることになった。中を知られるのもどうかと思ったけど、どうせ俺らが遠征してる時には木こり達に貸すつもりでいたしな」
アルベルトがきっちり説明してくれて、ようやく合点がいった。
「おー、頑張ったんですねぇ」
「そうー、偉いでしょ」
「そうですね、偉いですね」
「ちなみにシャフトとヴィーチェは途中でめんどくさくなって抜けたぜ」
槍使いの青年はともかく、ヴィーチェまで途中脱落するとなると、よっぽどしつこくやったに違いない。ハルカがいたら途中で止めていたかもしれない。
途中離脱して正解だったのかもしれないと、ハルカは空を仰いだ。
「さて、ってことで早速仕事! ハルカ、空飛んで、アンデッドの数調査お願い」
「というか、空を飛べるのなら、最初からハルカが調査すればよかったんじゃねぇの?」
アルベルトのツッコミに、その場にいるもの達はしばらく黙り込んだ。それからラルフが言い訳するようにそれに答える。
「……飛べることを知りませんでしたし。あと、空からだと、木が陰になって見落としも増えますので、まるで無意味ではなかったと思います」
「あの、とにかく、準備して行ってきます」
気まずい雰囲気にハルカは逃げ出すようにその場を離れたが、アルベルトは「なるほどな」と言ってのんきに頷いていた。