認識の齟齬
姿が見えたので、少し足を早めたのだが、いつまでたっても追いつかない。どうもハルカ達が急ぐのに合わせて、レジーナも歩く速度を上げているようだ。
「ちょっと、待ってください」
「ついてくんな!」
振り返ってハルカ達を睨みつけ、レジーナは遂に小走りを始めた。走ると左腕をかばって動いているのがよくわかる。ハルカは仕方なく、レジーナの正面に障壁を張って進路をふさいだ。
レジーナは間髪容れずに金棒を抜いて、障壁に向かって叩きつけた。数回それを振るうと、障壁にひびが入るのが見える。しかしその時にはもう、ハルカはレジーナの傍までたどり着いていた。
右手だけで振るった金棒が、障壁を打ち破り、そのままの勢いで近づいていたハルカに向かって振るわれる。
流石に来るだろうなと構えていたハルカは、足に力を込めて、左腕で金棒を受け止めた。ずっしりと重い一撃だったが痛みはない。ただ、威力を逃がした右足が、地面を少し滑った。
その間にレジーナは割れた障壁の奥へ移動して、ハルカに向けて金棒を構える。
「……ついてくんなって言ってんだろ。出て行きゃいいんだろ、どうせあたしが悪いんだ」
「話をしましょう。喧嘩をしに来たわけじゃありません」
「先に攻撃したじゃねぇか」
レジーナはぶらんと力が入らない左腕に目を落とす。
「あ、いや、それは攻撃するつもりじゃなくて、止めようと思っただけで……」
「…………」
「とりあえず治させてもらえませんか?」
レジーナは片手でぐるぐるとまわしていた金棒をぴたりと止めて、その先端をモンタナの方へ突き付けた。
「そいつこっちによこせ」
「……それはどういう意味です?」
「攻撃されたらそいつ攻撃する」
自分の責任でやるならまだしも、仲間のことを矢面に立たせるのは違う。ハルカの中で、それは許容できない話だった。だからといって、このまま別れるわけにはいかないとも思っていたので、即座に否定できなかった。
「べ、別にいくら私のことを攻撃してもいいですし……、武器も持ってないですし……」
「攻撃してもきかねぇし。だからもう放っておけばいいだろ!」
ハルカが言葉に詰まっていると、モンタナが黙ってレジーナの方へ歩いていった。
「おい」
「なんです? きたですよ。治してもらったらいいです」
なぜだかレジーナの方が戸惑っているのは気になったが、空気が少し弛緩する。ハルカが近づいていっても、レジーナはむすっとした顔をしているだけで攻撃はしてこなかった。
「いいですか、治しますからね?」
返事がなかったので、そのまま左の肩に触れて治癒魔法を使う。手を離すのと同時にハルカは謝罪する。
「すみませんでした。怪我をさせるつもりはなかったんです」
「加減もろくにできねぇっていうのかよ」
「できないですよ。僕らも訓練中たまに怪我するです」
「人に攻撃するなって言っておいて、仲間には怪我させるのかよ」
「いえ……、はい、仰る通りで」
「あたしと大して変わらねぇじゃん」
どんどん立場が弱くなってしまい、まともに会話ができそうにない。ハルカは一度それを払拭すべく、咳払いをして、背筋を伸ばした。
「それは、ともかく。……いったい何が攻撃するほど腹が立ったんですか」
「そんなの聞いてもしょうがねぇだろ」
「しょうがなくありません。人付き合いは相手を理解することが大事なんです。何が嬉しくて、何が嫌なのか。それが分かると、前より少し仲良くなれます」
「なんだかムカついたんだよ、理由なんかねぇ」
「私は、レジーナさんが理由もなく攻撃したとは思っていません」
「なんだよ、めんどくせぇな。知らねぇったら知らねぇよ。もうほっとけばいいだろ」
「放っておきません。一度の失敗で、全てを決めつけるべきではないと思っています。レジーナさんだって、失敗したと思っているから逃げたんでしょう?」
「……お前が攻撃してきたから逃げただけだ」
「そうだとしたら、もっと早く私の手を振り払ったと思います」
「しつけぇ……」
呟いたレジーナが顔を背けた先にはモンタナがいた。
「ハルカは甘いですから。ちょっと失敗したからって、見捨てたりしないと思うですよ」
「お前はどうなんだよ」
「僕は、ハルカに嫌なことばっかり言ってくる人に、たまにお灸を据えるくらい構わないと思ってるですけど」
「……モンタナ?」
モンタナがしれっと冷たいことを言い出したことに驚き、ハルカは名前を呼ぶ。モンタナはつんと視線をそらして続けた。
「ハルカが何も悪くないのに言い返さないから、どこかで怒ろうと思ってたです。ちょうどよかったです、レジーナさん」
手を伸ばしたハルカを無視して、モンタナはレジーナの方を向いた。
「でもいきなり叩くのはやりすぎでした。自分の怒りを伝えるのは、言葉でもできるですから。敵対しているわけではない相手には、せめて警告するべきです」
「どうやってだよ」
「ムカついたなら、ムカつくからそれ以上喋らないよう言えばいいです」
「わかった」
「モンタナモンタナ、ちょっと待ってください。それは乱暴すぎませんか?」
かなり乱暴なことを言い出したモンタナと、それをあっさり受け入れたレジーナを見て、ハルカは慌てて口を挟む。しかしモンタナは黙って首を振ってからハルカを見上げた。
「ハルカが優しすぎるです。これが普通です」
「えぇ……。それが普通なんですか?」
「はい。警告して聞かなかったら喧嘩になるのが普通の冒険者です。勝つ自信がないなら、警告には従うべきです」
「もしかして、私が間違っているんでしょうか?」
「ハルカはそのままでもいいですけど、一般的にはこれが普通です。なのでレジーナさんに何か教えるときは、僕も一緒に判断するです。ハルカだけだと心配ですから」
ハルカは思わず頭を抱えそうになるのを堪えた。今まで偉そうにレジーナに語ってきたことが間違っていたのか。ひきつった表情でレジーナを見ると、すっと目をそらされる。
その口角は、ほんの少し上がっているようにも見えた。