適切な報酬
オウティと呼ばれた大男は、自分達の仲間の中から数人だけを選んで連れてきた。きっと囮役に耐えうると考えた人材だけを連れてきたのだろう。残された者たちより、体つきがしっかりしているように見えた。
日本にいた頃のハルカがこの面々とすれ違ったら、さっと目を逸らして道の端によけ、小さくなって歩いていたことだろう。
今はジロジロと見られても、気にしていないふりをして地図に目を落とすことくらいはできる。とはいえ、できればそんな風に注目するのはやめてほしい。話に集中できない。
「具体的な作戦を立てましょう。アンデッドは音や生き物の動きに敏感です。なので引き連れてくること自体は容易でしょう。問題は途中で捕まってしまった場合です」
「昨日のうちの子たちみたいにですわね」
「ええ。アンデッドの中には動物型のものもいますし、逃げている途中に他の集団に出くわすこともあります」
「当然囮役の報酬は上がるよねぇ?」
「どうですか、支部長」
「……上がるだろうな。予算はまだ残っている」
「予算はいっぱい支払ってほしいね」
「足が出ないように割り振ろう」
報酬について尋ねたシャフトは満足そうに頷いて黙った。オウティの配下が馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「街を守ろうって気概はねぇのかよ。報酬報酬ってよ」
「組織の犬がわんわん吠えてるね。僕は人の言葉しかわからないんだ」
「いちいち争わないでくださる? 話が進みませんの」
すぐに喧嘩腰になるオウティの配下たちに、ヴィーチェが苦言を呈した。その言葉を向けた先がオウティだったので、彼女もまた、配下の男たちと言葉を交わす気はなさそうだ。
オウティは溜め息をついて、部下たちを睨みつけ黙らせた。
「アンデッド全体の数も把握してねぇのに、本当にこの作戦で行くのかよ」
「妙案があるなら聞かせていただきたいですわね」
「さっきうちのが言ってただろ。昼間でもいいからそこの魔女と竜を飛ばせて、アンデッドの大まかな位置と数を把握しちゃどうかと思ってな。別にさっきの当てつけじゃねぇぜ。俺達だってアンデッドのせいで街に被害が出ちゃ困るんだ」
すぐには誰も言葉を発しなかった。ハルカ自身、悪くない案のように見えたが、安易にゴーサインを出して、不利益を被っては困る。コリンの方を見ると少し難しい顔をしていた。
「確かに適任だとは思いますが、ハルカさんはどうです?」
「そうですね……、ちょっと待ってくださいね」
話を振られて答えようとすると、コリンに袖を引かれて身を屈める。
「ハルカは引き受けてもいいと思ってる?」
「ええ、まぁ。ナギはお留守番させますけど」
「じゃ、私が交渉してもいい?」
「そうしたいならどうぞ」
「よーし、任せて。高く売りつけるよ」
楽しそうに笑ったコリンは、すぐに表情を凛々しくさせて一歩前に出る。こういうところを見ると、コリンは商人に向いているんだろうなと思う。今更冒険者を辞められても困るけれど。
「当然、ハルカとナギにしかできないことだから、他の人よりいい報酬になるんですよね?」
「空飛ぶだけで危険なんかねぇ。ちょっと割り増しときゃいいだろ」
「アンデッドは空を飛んでる人も認識するから、危ないと思う。それにオウティさん、それ、竜便してる人とかにも同じこと言える? 空を飛んで情報を取ってきてくれる人なんて他にいる? その人にしかできないことをやらせようって言うんだから、高くつくに決まってるでしょ。囮役の方から、いくらか余分にハルカに回してよね。どうですか、支部長」
「そっちで決めろ。ギルドとしては出せるものは出す。大体の予算はラルフに提示している。納得するように割り振ってくれ」
「……面倒なことを全部投げましたね? わかりました、やります。ただ支部長、笛をいくつか用意してもらえませんか。囮役にそれぞれ配って、アンデッドを集めるのに使ってもらいたいので」
「それくらいならしておこう。囮の頭数には俺も加えておいていいぞ」
イーサンはそう言って、本を開いたまま街の方へと歩いていった。残されたメンバーの一部は報酬のことで揉める気満々だ。
ラルフは溜め息をついてから書類を取り出し、それぞれの仕事に対する報酬額を提示する。十分な額が約束された上で、オウティとコリン、それにシャフトとヴィーチェまで加わった話し合いが始まってしまった。
こうなると、気の強くないハルカや、あまり金銭に興味のないモンタナは、やることがなくなる。アルベルトもコリンがいるから会話の一歩外に突っ立っているものの、退屈そうによそ見をしていた。
どうも話はすぐに着きそうにもない。今すぐ決めなければいけない話ではないが、どうにも悠長な感じがした。
ハルカはコリンの背中を突っついて、一言声をかける。
「えーっと、できることもないので、近くにアンデッドがいないか見回ってこようと思うんですが」
「ん、いいよいいよ。こっちは任せてね!」
軽快な返事をしてコリンはすぐに話し合いに戻ってしまう。アルベルトはつまらなさそうな顔をして後ろに立っていたが、ハルカ達に対してしっしと手を振った。
「見てっから行ってこいよ」
アルベルトの呆れた顔は、すっかり大人っぽく見えた。この一年半で一番心が成長したのは、もしかしたらアルベルトなのかもしれない。
ハルカはそう考えてからすぐに、昇進の話し合いから逃げてきた様子や、さっきモンタナにずるいと連呼していた姿を思い出す。
やっぱりあんまり変わってないかもしれない。
とにかく無事に話し合いから脱出できたハルカは、モンタナと一緒に歩き出す。
実は先ほどアルビナが仲間を引き連れて、集団から離れていくのが見えていたのだ。昨日の件でメンタル面も心配だったし、話しかけるいい機会かもしれない。
ハルカは彼女達が消えていった方向へと進むことにした。
「あの、レジーナさんは、私に何か用事でも?」
「別に」
「なぜ一緒に?」
「あっちがつまんねーから」
「あ、そうですか」
連れ合いは一人増えたが、とにかくハルカ達は、アルビナ達の後を追って森の中に入るのだった。





