勢力図
「俺はなんもいい案思いつかなかったな。森燃やしちまうかとか思ったけどよ、木こり連中にどやされるだろうしなぁ」
アンドレが頭をかきながら適当なことを言う。こういう人間が先陣を切ってくれると、あとに続く者はやりやすい。皆がアンドレの意見を笑っても、当の本人はあまり気にしていなさそうだ。
「燃やすってのはやりすぎだけどよ、アンデッド共の注目を集めるのは良いと思うんだよな」
アルベルトが手を挙げて堂々と意見を述べる。冒険者歴は一年半の新人だが、今では立派な二級冒険者だ。七割がたの人間は肯定的にその話を聞いていた。残りの内訳は、一割が無関心、二割が否定的だ。数で負けているのですぐに攻撃的な言動をとることはなかったが、顔を背けたり舌打ちをしたりしている。
ハルカ達のような立場にはやっかみがつきものだ。ハルカは仕方ないと思いつつも、しっかりとそういった反応をする者たちの顔を確認した。
その者達は一所にまとまっており、全体的に人相が悪く、アウトローな雰囲気を感じるものが多い。確か【悪党の宝】というクランだったはずだ。
「足の速い奴らで大きな音を立てて奴らを集めて、広い場所まで誘導する。そこに魔法使いと強いのを待たせといて殲滅する。こっちから探して歩くより良くねぇ?」
「どうせやるのなら夜が効率的だな。昼間だと確実に視認しないと集まらんが、夜なら物音でも簡単に誘導できる」
イーサンがパタンと本を閉じて顔を上げて話に乗った。悪くない作戦と思ったのかもしれない。
「夜だろ? そんな危険な役目誰がするんだよ。言い出した奴がやってくれるんだろうなぁ? なんせ空飛べる女もいるし、竜まで連れてやがる」
【悪党の宝】の一人がここぞとばかりに口を挟んだ。アルベルトの眉間に皴がよる。
「おー、二級冒険者が怖い顔してるぜ」
さらに煽りを続ける男に、怒声を発しようとしたアルベルトの肩をハルカが軽く叩く。くだらない煽りに乗ってもいいことなどない。舐められたままでいるのも違うが、沢山の人がいる前で、アルベルトの株まで下げる必要はないと思った。
「怖いのなら待ってていいですよ」
静かになってしまった空間に、小さな声で、しかしはっきりと言ったのはモンタナだった。いつもと変わらない顔をしているが、モンタナの視線は一切その男の顔から逸らされない。これはもしかして怒っているんじゃないかと、ハルカはモンタナの横顔を見つめた。
「んなこと言ってねぇだろうが。お前らこそ口ばっかりじゃねぇだろうな」
「私たちだってやらないなんて言ってないけど。提案したからには当然作戦の要になれるように動くつもりだし。その方が評価高いんだからさ。そっちが自信がなくて辞退してくれるなら、競争相手が減ってよかった」
さらにぺらぺらと喋り続けようとしたコリンに、男が拳を握り歯を剥いた。
「舐めやがってクソガキ共が。オランズで俺たちに……」
「やめろ」
矢面に立っていた男が、後ろから蹴り飛ばされて地面に転がった。突然の暴挙だったというのに、蹴られた男は口答えを一切せずに、鼻血を垂らしたまま起き上がる。口をしっかりつぐんで、服についた汚れを払う。
はち切れそうな筋肉を無理やり真っ黒な服に押し込めたような男は、ハットを指で上げて、鋭い眼光で場を睥睨した。
「邪魔したな。話を続けろ」
「君にさぁ、命令される謂れは無いんだよねぇ」
今まで黙って地面に歩く虫を見ていた男が、そこから目を離すこともせずに反論する。片手に持った槍の穂先は何故か剥き出しで、日の光をきらりと反射していた。
「ホントは指示して邪魔させたくせに、大物ぶってさぁ」
「脳の回らねぇ槍馬鹿が、いっちょ前に喋ってんじゃねぇぞ」
「僕は耳がいいんだよねぇ、独り言なら聞こえないところで言ってよ。鏡なら多分街にあるよ」
一触即発の空気だ。一対多数の状況でこれだけ煽るのだから、槍を持った男はよほど腕に自信があるのかもしれない。支部長はまた本を開き知らん顔、ヴィーチェは呆れ顔で沈黙。ついでに騒ぎの気配を感じたレジーナが、口角を上げて立ち上がったのが視界の端に映った。
「申し訳ありませんが、話を進めてもよろしいですか?」
ハルカが困り始めていたところで、なんとラルフが普通に仲裁に入る。
「そういえば今日はラルフの仕切りだったね。いいよ、進めて」
「ありがとう、シャフト」
「勝手にしろ」
「オウティさんも、ご協力感謝します」
ハルカはラルフの街での立場というのをはっきり理解してはいない。しかしどうも、思った以上にしっかりと街に根を張った冒険者らしい。そうでなければ、こんな一癖も二癖もありそうな人物が、一言で黙り込んだりしないだろう。
「集めるとしたら〈忘れ人の墓場〉がいいでしょうね。行ったことはないですが、あそこは随分開けているらしいですから。最悪そのまますかせば〈暗闇の森〉に帰ってくれる可能性もあります」
「妥当だろうな」
本から顔も上げずにイーサンが同意する。
非協力的な人物が多い状況でもラルフは気にせず続ける。きっと普段から苦労しているのだろうとハルカは察した。
「ただ、オウティさんのところの人が言っていた通り、引き寄せ役は危険です。成功すればそれなりの評価はありますが、どうでしょう? その方法についてもう少し議論してみるのは。現状ではあまりに人数が多すぎるので、囮役を担ってもいいという方のみ、集まっていただきたいです。というわけで、やっても良い方は俺の方へ。そうでない方は自由行動をどうぞ」
ばらばらと人が散っていく。意外なことに【抜剣】のアンドレは、囮役をするつもりはなさそうだ。仲間と連れ立ってどこかへ行ってしまった。他には【悪党の宝】から数人、槍を持ったシャフト、がラルフの周りに集まる。ハルカ達の横を通ってレジーナもラルフの方へ向かう。
「行かねぇのかよ?」
「行くですよ」
通り際に声をかけられて、モンタナがすぐに返事をする。モンタナにしては反応がいい。先ほどはやはり怒っていたのかもしれない。
レジーナとモンタナが並んで歩き、その後にハルカ達も続く。ハルカの横にはのしのしとナギが歩き、その上にユーリが乗っている。この二人を参加させるつもりはもちろんないし、そもそも冒険者ではないので、おまけみたいなものだ。
先ほどの一件で、オランズの冒険者といっても一枚岩でないのだとハルカも理解した。それならばわざわざ離れて行動する理由はない。
それよりも少し心配なのは、ヴィーチェがなかなか来ないことだ。後ろを見ると、アルビナが何かを言い募り、それをエリが止めて、カオルがおろおろしている。
話はつかなかったのか、結局ヴィーチェは首を横に振ってこちらに合流した。涙目のアルビナと目が合ってしまい、ハルカは指先でイヤーカフスをいじり誤魔化す。
どうも涙というのは相変わらず得意ではない。というか、きっとそもそも他人の強い感情が得意ではないのだ。そういう感情は、適当に誤魔化すことができない。
真面目に対応しようとしていること自体が善人である証なのだが、ハルカはただ対応力がなく情けないと肩を落としていた。