嫉妬
無事拠点に戻ってくると、ラルフが走って迎えに来てくれた。
「全員無事みたいですね。ヴィーチェさん、ハルカさん、救援ありがとうございました。お疲れのところ申し訳ないのですが、どなたか報告をいただけますか?」
「では拙者が。拙者なら全ての状況を見ていたので」
「わかりました、ではお願いします。……アルビナさんはどうしたんです?」
狸寝入りを決め込んでいるアルビナはまだ起きてこない。いつになったら目を覚ます気なのだろうと、ハルカはちらちら気にしていた。たまに薄目を開けているのも、むずむずしだした鼻をかいているのもしっかり見ていたが、一応引き続き見なかったことにしてやっている。
「そういえば、怪我が治ってるのにまだ起きないわね。血が足りないのかしら……?」
エリが心配そうに顔を覗き込む。呼吸を確認したり、脈を取ったりしているうちに、申し訳なくなったのか、アルビナがゆっくりと瞼を開けた。
パッとエリの表情が明るくなる。
「アルビナ、大丈夫? 足は痛くない?」
「……い、いたくない」
「なんか様子が変ね、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫だって」
目を合わせようとしてくるエリから、アルビナは頑なに視線を逸らす。これでは何かあると言っているようなものだが、エリからすれば心配が募るばかりである。ハルカは見ていられなくなって口を挟んだ。
「心配されて、照れているだけではないでしょうか?」
「そうなの?」
アルビナがこくこくと頷くと、エリは納得いかない顔をしている。
「……ならいいけど。ハルカ、悪いけどアルビナのこと見ててもらえるかしら? 私、カオルの手伝いに行ってくる。あの子説明とか苦手なのよ」
「構いませんよ」
言われてみれば、素直で人に騙されやすそうな性格をしていたように思う。エリが去っていくのを見送って、十分離れるのを確認した後、ハルカはアルビナに話しかける。
「……一応、老婆心からお伝えしておきますけれど、失敗したと思ったら自分から話を切り出したほうが、傷口は小さくて済みますよ」
「……そうする。なぁ、あたしの足、お前が治してくれたの?」
「そうですね。無事でよかったです」
「……そっか。よっと!」
アルビナは足を上げると上半身を跳ね上げ、そのまま地面に着地する。足踏みをバタバタと繰り返し、軸足を変えながら蹴りを両足で交互に繰り出す。体の大きさから、一撃ずつは軽いように見えたが、動きは洗練されているように見えた。
「前より調子が良いくらいじゃん、なんだよこれ、文句言えないじゃん」
後ろを向いているのでわからないが、その声は拗ねているように聞こえた。別に感謝されようと思ってやったことではなかったが、そこまで嫌われているのかと思うと、ちょっとやるせない。
自分ではどうにもできない部分で嫌われてしまった気がするので、やれることもない。ハルカがこっそりとその場から離れていこうと思ったところで声が聞こえる。
「なぁ」
誰に向けて発した言葉かはっきりしなかったが、念のためハルカは立ち止まる。モンタナとコリンは、ハルカが出した水で顔を拭いているし、ヴィーチェも少し遠くにいる。声が聞こえる範囲にいるのはハルカくらいだ。
「文句ばっかり言ってたのに、治してくれてありがと。でもさ、悔しいよな。結構頑張ってるつもりなのに、あとから来た奴らに追い抜かれるのって。挽回しようと思って張り切ったら失敗するし」
ハルカは返事をしない。
ハルカには真の意味でそれが理解できなかったからだ。
日本にいた頃は、何かを必死に頑張ったことはなかった。こちらに来てからは、大きすぎる力と向かい合う毎日だ。
頑張って認められたくて、焦って失敗したアルビナの気持ちを理解できるとはいえなかった。それでも相当悔しいのだろうと想像することくらいはできる。アルビナの拳が強く握られているのが見えた。
「才能ないのかなぁ……」
「おい、ハルカ」
湿った空気を無視して話しかけてきたのはレジーナだった。あまりに堂々と会話を無視するので、アルビナも驚いて振り返る。目じりがきらりと光っているのが見えた。
「今日訓練するのかよ」
「え、アルはもう寝てましたけど」
ハルカが歩いて帰ってきたとき、アルベルトはすっかり眠っていた。いつも通りナギの尻尾を枕にして、足の間にユーリを入れたまま眠っている。ユーリもアルベルトに寄りかかって、空を見上げたまま眠っていた。
なんだか可愛らしい光景だったので、写真に残したいと思ったくらいだ。
そんなだからもう今日はないものだと思っていたのだが、どうやらレジーナはそのために起きて残っていたらしい。
「あいつらは?」
「流石に今日はもう休むんじゃないですかね」
顎をくいっと動かし、コリンとモンタナを示すレジーナに、ハルカは苦笑する。他人のことを気遣うまではまだいかない。こうしてハルカにお伺いを立てにくるだけ、成長してると言えるだろう。
「じゃあそいつは?」
レジーナがアルビナを指さす。
アルビナはレジーナの悪評を知っているのか、体を少し緊張させた。それを見てレジーナは鼻を鳴らして眉間にしわを寄せた。
「つまんねぇ奴」
「だ、誰が……!」
どういう意図をもって吐かれた言葉かわからないが、その言葉にアルビナがカッとして言い返す。直情型同士が集まるとすぐに喧嘩になるから困る。間に入らなければいけないかと思ってると、驚いたことにレジーナの方が相手にしなかった。
「お前。ビビりだからつまんねぇ」
そこまで言われてもなお、アルビナは顔を赤くするばかりで手を出しては来ない。ハルカにはそれが意外だった。前に会った時も、最初にハルカに因縁をつけてきたときも、結局アルビナは手を出してはいなかった。
毎回周りに止められて、しぶしぶ矛を収めている。
「レジーナさん、それはあんまり……」
ハルカが注意をすると、レジーナはぷいっと顔をそらす。
「寝る」
「あ、はい、おやすみなさい」
「おやすみ」
レジーナはきちんと挨拶をして、そのままのしのしと去っていく。何度か挨拶をするように言ったら、ちゃんと返事はしてくれるようになった。ちょっと可愛らしいとハルカは思っている。
ハルカが和んでいると、レジーナと入れ替わるようにヴィーチェがそばに歩いてきていた。
「アルビナ、お礼は言ったのかしら?」
未だ真面目モードのままなヴィーチェは、やっぱりいつもより少しりりしかった。