目覚めの
ヴィーチェとカオルが意識をなくしている二人を背負うのを見て、コリンがこっそり声をかけてくる。
「ハルカ、ユーリ運ぶみたいに、担架作ってあげたほうがいいんじゃないかな? 背負うと手が塞がっちゃうし……」
「なるほど、思いつきませんでした」
ハルカが色つきの障壁を用意し、ベッドのように形を調整する。ノクトと別れてからは毎日のようにやっていたことなので、さほど難しくはない。完成したベッドに二人を寝かせるように促すと、ヴィーチェはすぐに、カオルは恐る恐るのその上に仲間を下ろした。
それが浮くと「おぉ」と声を漏らして細い目を目いっぱい見開いた。
「これは面妖な魔法でござるな。確かにこれなら二人分手が空くでござるよ」
少し先で待っているモンタナの横に、ヴィーチェが並び、ハルカの後ろにはコリンとカオルがついた。
「魔術師を守るのは侍の務め。後ろは任せるでござる」
すっかり一人で盛り上がっているカオルは、どうやら何かあってもハルカに戦わせる気はなさそうだ。別にこのままでも魔法は使えるし、いざとなれば拳を振るえばいい話だ。しかし、ありがたい話なのでわざわざ否定まではしなかった。
先ほどのように群れに遭遇してしまうのは、相当運が悪かった時くらいだろう。帰るまでにまた遭遇するとは思えない。
歩いていると、前から声が飛んでくる。
「一応聞いておきますけど、魔素酔いの心配はしなくていいんですわね?」
「はい、大丈夫です」
ヴィーチェは肩を竦めて、前を向いた。危険がある場所では流石にふざけることはないようで、冒険者らしいきりっとした表情を見せている。
後ろではカオルとコリンがこそこそ話しているのが聞こえる。何の話だろうと思い振り返ってみると、二人はぴたりと会話をやめて、周囲を警戒しているふりを始める。
コリンのことだから、悪口を言ってはいないのだろうけど、何を話しているのかは少し気になった。見られてわざわざ目をそらすということは聞かれたくないことなのだろう。そう思い正面を向くと、今度はそちらでも内緒話をしている。
こそりと語り掛けるヴィーチェに対して、モンタナは普通に横を見て「秘密です」と答えた。頭の上に乗ったトーチのお腹が暗闇で光る。寄ってきた虫をベロンと食べる仕草はいつも通りで、緊張などは無いように見えた。モンタナの傍にいると安心できるのかもしれない。
トーチの気持ちも少しわかるハルカだった。
出てくるアンデッドは、時折数体が一緒にいるくらいだった。どれも先頭に立つ二人が、危なげなく倒していくものだから、ルートを変えることもなく進んでいける。
道のりの三分の一も過ぎた頃、小さな声を上げてエリが目を覚ました。心配だったので様子を見ていると、ゆっくりと目を開けて、ハルカの顔を見て、慌てて起き上がる。
「帰り道です。辛ければそのまま休んでいて結構ですよ」
「大丈夫? 追われたりは?」
「ありません、安定しています」
「そう……。えーっと、魔法かしら、これ」
「ええ、私が運んでいます」
「降りるわ、負担になるし」
「体が万全でなければそのままでいいですよ」
十分に体を癒したつもりだが、目に見える外傷がない分、ちゃんと治っているか不安だった。エリは首をかしげて側頭部を何度かさすった。
「いいえ、なぜだかすごく調子がいいわ。負担になりたくないし降りて歩く」
エリは障壁のベッドからさっと飛び降りる。魔法使いではあっても冒険者らしい身のこなしだった。
「あ、マスターもいる……。えーっと、マスターとハルカが助けに来てくれたのかしら?」
「そんな感じです」
「迷惑をかけたわね。逃げ出すために何発かでかい魔法を放ったらこのざまよ。そうだ、アルビナは?」
「こちらに」
指さすとエリがぐるっと回って、アルビナを挟んでハルカと並ぶ。
「怪我がないわね」
「治しましたよ」
「簡単に言うわね。まったく、とてもちょっと前に研修を受けてた冒険者とは思えないわ。当時から魔法使いとしては異常だったけど。ありがとう、助かったわ。あなたたちの仲間にも迷惑をかけちゃった」
後ろからエリが目を覚めたことに気付いた二人が、追いついてくる。カオルがエリの袖をつかんで、くしゃっと表情を崩した。
「エリ殿、申し訳ござらん。拙者のせいで、危うく命を落とすところだった」
「逃げる途中も言ったでしょ。気づかなかった全員の責任よ」
「しかし……!」
「じゃ、どうしてほしいの? あなたの気持ちを満足させるために謝らないで。生きていたんだから、挽回できるわ。それじゃダメなの?」
「……ダメじゃないでござる」
「私もそれでいいわ。ただ、まぁ……、逃げるって言った後に、しばらく勝手に前線を維持したアルビナにはお説教だけどね」
二人が話している間、特にすることがなかったのでハルカはアルビナの様子を見ていた。だから気がついたことがある。ちょっと前にアルビナがそーっと目を開けて、再び閉じたことを。
怒られるとわかったから、狸寝入りを決め込むことにしたのだろう。おそらく今ちゃんと目を覚まして、道中で叱られた方が楽なんじゃないかとハルカは思う。落ち着いて安全な場所になってしまうと、きっとお説教も腰を据えて行われるだろう。
しかし今声をかけると、アルビナが目を覚ましたこともエリにばれてしまう。
これもまた、冒険者の判断だ。ハルカはそう考えて、彼女の意思を尊重することにしたのだった。