飛翔
とっぷりと日が暮れてしまった。
月明りで足元が見えるくらいの夜ではあったが、木陰に入るとそれも難しい。森の中で自由に活動するには、心許ない明るさだ。足元を気をつけなければいけない分、機動力は落ちる。当然戦闘力だって落ちる。
アルベルトに散々「心配すんな」と言われて我慢していたハルカだったが、そろそろ限界になってレジーナに尋ねる。
「アンデッドは夜になると活性化するんですよね?」
「別に能力が上がるわけじゃねぇ。ただ、うろうろしだすだけだ」
「つまり、遭遇率が上がるってことですね」
「そうだな」
ハルカは、焚火の周りで地図を見ているラルフの下へ走る。
「ラルフさん、帰ってきていない人たちを探しに行きます」
「……帰ってきていないからと言って、襲われているわけではないかもしれませんよ? すれ違ってハルカさんが戻ってこれないこともあり得ます」
「空から探せば問題ないかと。この時間になれば明かりを持って移動しているはずですし、それを目印にすれば見つけられるはずです」
「あぁ、確かにそうですね。一応戻ってきていない二班の地図を渡します。そこを中心に見て回ってもらえるといいですね」
「ありがとうございます」
最初は難色を示したラルフだったが、ハルカの説得に頷いた。地面にべとっと顎をつけて休んでいるナギを見て、確かに空からなら、と思ったのだ。
こんな時地面を歩いていくしかない冒険者にはあまりできることはない。空を飛ぶ術を持った者からの進言はありがたかった。他の班が全て戻ってきている以上、最初の反論に苦しいものがあったのは、ラルフも理解していたのだ。できることなら救援を送りたい気持ちはあった。
「ハルカさん、空から探すっていうのなら、私も乗せていただきたいですわ。かわいいうちの子たちも帰ってきていませんの」
話を聞いていたのか、すました顔のヴィーチェが声をかけてくる。ハルカはもちろんエリ達のことも探す気ではいた。しかし、乗せるというのはどうだろうと考え込んでしまう。
「えーっと……、乗せるのはちょっと……」
「なんでですの? 二人くらいなら問題ないでしょう?」
「あ、いえ。アルにはユーリを見ていてもらわないといけないので。それに危ないですし……」
「では!」
「……わかりました、乗せるのではなくて、運ぶ感じにはなってしまいますが」
運ぶといういい方にヴィーチェは首をかしげる。まさか足でつかんで連れていこうとでもいうのかと思った。それではまるで捕まった獲物のようだ。その情けない姿を想像して、ヴィーチェは一瞬躊躇したが、結局背に腹は代えられないと頷く。
竜の背中に自分と一緒に乗るのはそんなに嫌なのかと、ほんの少し落ち込んでいた。
「では行きましょう」
「はいですわ」
ヴィーチェがナギのほうに歩いていくのをハルカは不思議そうに見つめ、その背中に尋ねる。
「あの、準備とかありますか?」
「いいえ、今すぐ出発できますが?」
「あ、わかりました。では行きましょう。地図、持っていてください」
「はい、構いませんが……」
「では、お腹周り失礼します」
そう言うとハルカは、後ろからヴィーチェのお腹周りをきっちりと両手でホールドする。驚いたのはヴィーチェの方だ。こんな積極的なアプローチは初めてだ。しかし今はそんな熱い愛情を確かめ合っている場合ではない。早く仲間たちを探しに行かなければ、と思った時に足が宙に浮いた。
「では、行きます」
そのまま身体が浮かび、夜空に向かって舞い上がっていく。初めての感覚にヴィーチェはぎゅっと体を強張らせた。
眼下ではぽかんと口を開けた冒険者たちが、ハルカ達のことを見上げている。気にしていないのは、膝の上にユーリを乗せて、ナギに寄りかかっているアルベルトくらいだ。ユーリは楽しそうにハルカが飛んでいくの見送っている。
ラルフやヴィーチェが勘違いしていただけで、ハルカは最初からこのつもりだったのだ。ナギに夜間飛行をさせたことはなかったし、まだ飛び方も安定していない。ナギに乗って捜索に行くという選択肢は、今の時点では無かった。
だからヴィーチェに乗せてと言われたときに難色を示したのだ。変な動きをして振り落としてしまっては大変だ。
高度をある程度上げて、そこから方角を定めてまっすぐ進むことになる。
まっすぐルートに沿って飛び始めたハルカだったが、ヴィーチェはしばらくの間言葉を失っていた。この役得の状況を楽しむべきなのか、はじめての空の旅に感動するべきなのか、それとも恐らく無事であろう仲間たちの捜索に集中するべきなのか、どれも同じくらいに大切で混乱していた。
そうしてしばらくしてから、たった一つの答えを選択する。
そう、今は後頭部に当たっている柔らかい感触に集中しようと。
この三つの選択肢の中で一番最悪な選択肢だった。しかし、ヴィーチェにしては、迷ってから選んだ分まだ偉い方であったのかもしれない。
そんな腕の中の人物の思惑も知らずにハルカは空を飛ぶ。明かりを探して眼下に目を光らせる。無事であると信じてはいても、できることをやらないのはハルカには我慢できなかった。