酒盛り
つい数日前の護衛任務を終えて、アルベルトが五級冒険者に昇級し、コリンとモンタナに追いついた。誕生日も同時に迎えたアルベルトは十五歳となり、その日の夕食では調子に乗って初めての酒をガバガバと飲んで大騒ぎした。
そういう冒険者らしい騒ぎ方に憧れていたらしくアルベルトはたいそうご満悦だ。
ハルカは急性アルコール中毒を心配していたが、水を差すのもどうかと思い、途中に軽めのものをこっそり混ぜたり、食べ物を差し出したりして量の調整を図ってはいた。
アルベルトは結局、唐突に、エンジンがきれたかのように、パタンとその場に倒れた。3人は慌てて駆け寄ったが、ただ眠っているだけだとわかり、長椅子に横たわらせ、そのまま夕食を続けることにした。
「それで、これからの方針はどうする?」
「いい遠征の依頼でもあるといいんですけど」
「です」
パーティ全員が五級以上になると、少しずつ遠征をする冒険者が増えてくる。
近隣に出されている討伐依頼だけを受けていても生活はできるが、それ以上を望むには大きな依頼をこなしていく必要があるからだ。
街に待機して、最初の頃に偶然出会ったタイラントボア討伐のような依頼を待つ手もあるが、多くの待機組が同じ目的で動くため、必ずしも達成できるとは限らない。待っているだけでは等級は上がらないのだ。
遠征をするというのは、遠くまでの護衛任務に就く、ということだ。
割と危険の大きい世界で街の外を行き来するようなものは、それ相応の身分を持っていたり、金を持っていたりする。つまり実入りがよく、実績にもなる。すでに多方面に縁のある人物にコネを作っていくことで、次の依頼にもつながる、というわけだ。
ハルカはぐいっとアルベルトの残した酒を呷る。結構強いものを飲んでいたようだ。久しぶりのきちんとしたアルコールに顔が火照るのがわかった。
「そうよね、できれば最初は合同遠征がいいわね。私たちノウハウとか持ってないし」
「ベテラン組のおまけくらいの方が心配がないですからね」
「……です」
護衛対象が多い場合は、まとめ役のチームが雇われ、それに付随するように冒険者パーティが雇われるというパターンもある。冒険者も横のつながりは大切だということだ。
遠征慣れしてくれば、各地のギルドで依頼を受けながら旅をすることだってできるだろう。そうなればモンタナの目的だって達成しやすくなる。
ハルカは最近生活が安定してきて考えることがある。
自分がなぜこの世界に転移し、なぜこの姿になってしまったのかということだ。魔法のことを学べば学ぶほど、これが魔法によって引き起こされたことではないように思えてくる。世界を渡るような魔法なんていうのは聞いたことがなかった。
自分で試しに強く願ってみるという手もあったが、そうまでして元の世界に戻りたいとも思っていない。中途半端に願いが叶って、この見た目のまま戻ってしまったら研究所のモルモットだ。リスクが高すぎる。
世界中を旅してまわれば、いつかこの世界に来て、こんな見た目になった理由もわかるかもしれない。自分の冒険者としてのライフワークとしては悪くない気がした。
少し前に聞いて驚いたのだが、エルフというのは平気で数百年生きるらしい。
長く生きるのであれば、人生の目的みたいなものがあってもいいだろう。誰にもわからない謎に迫っていくというのは、いかにも冒険っぽくてワクワクできた。
グラスに新たに注いだお酒をグイっと勢いよく飲み干す。
正面からかたん、と音がする。
モンタナが平たい大皿にワインを注ぐという奇妙な行動をしていた。
なみなみと注いだその皿の前でぐでっと脱力して、顎をテーブルに乗せる。大皿を引き寄せて、口を寄せてずずずっとそれをすすった。めちゃくちゃ行儀が悪い。顔がだいぶ赤くなっていて、結構酔っているらしいことが分かった。
ハルカもモンタナから瓶を受け取り、自身のグラスに注ぎなおす。
モンタナはベストなポジション取りができたのか、その姿勢のまま上目遣いで二人の方を見た。
「どぞ、です」
注目されているのに気づいたのか、続きをどうぞと言わんばかりにそう言って、また酒をずずずずっとすすった。
「モン君さぁ……、まぁ、いっか……」
酔っ払いは放っておくことにしたコリンが続ける。
「とはいえ、まぁ、私たちは父さんについて他の街に行ったりしたことあるし、まるで分らないわけじゃないけどね」
「そういえばコリンのお父さんは商人でしたね。そうするとそんな経験がないのは私とモンタナだけでしょうか?」
「僕は、あるです」
大皿を空にしたモンタナが、それを両手でぐらぐら揺らしながら答える。さっきまでなみなみ入っていたのがなくなっている。あまり気にしていなかったが、すごいペースで飲んでいるようだった。
「ドットハルト公国からこの街まで一人で旅をしてきたです」
「一人?! 護衛なしで?!」
驚くコリン。モンタナはだらしない姿勢のまま、また大皿にお酒をあけた。酒を入れてあった焼き物の大きな瓶が空になってしまって、モンタナはそれをつまらなさそうにコロコロとテーブルの上に転がした。取っ手が引っ掛かって止まったので、落ちて割れてしまう心配はなさそうだ。
「一人です、街を移動するたびに、山賊とかに追っかけられたです」
「うわぁ、よく生きてたね」
「走れば追いつかれないです」
コリンは少し上を向いて両手を合わせながら考える。
「てことは、街の外を旅する経験がないのはハルカだけ、か。案外私たちだけで護衛依頼受けてもなんとかなるかも?」
ハルカはそれを聞いて、うっと胸を押さえた。どうやらまた一番年上の自分が一番足を引っ張っていそうな気配に胸を痛め、ちょっと悲しくなっていた。このままでは見捨てられてしまうのではないか。どうして自分はこんなに頼りにならないのだろうと胸がいっぱいになる。
ハルカは酔っ払っていた。
「あの、私頑張るので、見捨てないでいただけると助かります……」
「ですですです」
よろよろとコリンの方に手を伸ばすハルカをみてコリンはぎょっとした。モンタナは意味もなくコクコクと頷き続けている。
そこに至ってようやく、自分以外の全員が泥酔していることに気づいたのだ。いつもは落ち着いているので、まさかハルカがこんな風に酔っぱらうとは思ってもいなかった。
「み、見捨てない、見捨てないわよ。ああ、もう、今日はこれで終わり! お酒はもう飲まないっ、モンタナもそれで終わりよ。ほら、しっかりしてよハルカ!」
これ以上の話し合いは難しいと悟ったコリンは、早々に立ち上がって片付けを始める。よろよろとアンデッドのようについてくるハルカはそのままに、気持ちよさそうに寝転がってるアルベルトを小突いて起こす。
「ちょっと、部屋に帰って寝なさいよ」
「あんだよ……、うるせぇなぁ……。う、な、なんか、きもちわりぃ」
目を覚ましたアルベルトは青い顔をして、どこかへ去っていく。
テーブルを片付けて振り返ると、今度はモンタナがテーブルに溶け込むようにぐでっとして眠っていた。
「ああ、もう、ハルカ、モンタナ持ってきて」
「わかりました」
モンタナを抱き上げたハルカは、コガモのようにコリンの後をついてくる。泥酔しても、倒れたり眠り込んだりしないだけハルカはましのようだ。
「コリン、私役に立ってますか? 邪魔していませんか?」
「役に立ってる立ってる、ありがとハルカ!」
投げやりに返事するコリンの後をぺたぺたとついてくるハルカ。
コリンはその様子がいつもより子供っぽくてかわいらしいとは思ったが、それはそうと、明日からパーティメンバーにはあまり酒を飲ませないようにしようと心に決めた。