一体目
今回の探索では、ナギは後方待機、ユーリはベッドの中で待機が基本だ。アンデッドの基礎能力が分からない以上、しっかり守ってやる必要がある。
先日出会ったのは、たまたま人のアンデッドだったが、ゴブリンやオークと呼ばれる種族のアンデッドが出ることもある。基本的にはアンデッドは生前に依存した身体能力で襲ってくるので、巨人系の破壊者のものが出ると厄介なのだそうだ。
見落としの無いようにあちこちを見渡しながら進んでいくが、何も見つからないとこれはこれで退屈だ。すぐに耐えられなくなったアルベルトが、それほど興味も無さそうにハルカに話しかける。
「なー、ハルカ。この辺にアンデッドが多いのってなんでなんだろうな」
「あれ、アルってオランズの出身ですよね?」
「そうだけど、なんだよ」
「それじゃあ、〈斜陽の森〉の奥にある〈忘れ人の墓場〉は知ってますよね?」
「……なんか、よく覚えてねぇけど。更地みたいになってるとこだろう」
「えーっと……、歴史のお勉強をしましょうか」
「やっぱ別の話しねぇ?」
「いえ、一応話しておきましょう」
忘れ人の墓場は、神人時代と呼ばれるときに、人間と破壊者が戦争をした跡地だ。木々が未だに生えないのは、その頃に使われた何かしらの兵器の影響と言われている。おそらく過去、〈忘れ人の墓場〉には大きな都市があったのだ。
その兵器によって、死に絶えたのは植物だけではない。そこを戦場としていた、人間や蛮族も同じだった。体を破壊しない攻撃により息絶えた彼らは、やがて死んだことにも気づかずに、アンデッドとして蘇った。
その大群のせいで、今も〈斜陽の森〉と〈暗闇の森〉を越えて、人間と破壊者の争いが起こることはなかったのだ。
「あれ……、つまりアンデッドが流入している今の状況は、結構まずいのでは?」
「いや、よくわかんねぇけど。もしかして〈忘れ人の墓場〉ってとこには、遺跡があるんじゃねぇの? これ終わったら探索にいかねぇ?」
ハルカの懸念していることは、アルベルトには伝わらなかったらしい。そんな情勢の話より、アルベルトにとっては冒険の予感の方がよっぽど興味がそそられたのだろう。
「いえ、ですから、壁役になっていたアンデッドが出てきちゃったんですよ。ということは、破壊者と本格的に対峙することになるのでは、と思いまして」
「あー、そうなるのか? でもよ、今までアンデッドがいたから出てこなかったんだろ。ってことは、アンデッドより強いってことはねぇんじゃねぇか?」
アルベルトは何も考えていないようで、こういう時に案外核心をついたことを言ってくる。別に頭が悪いわけではないのだ。単純に好き嫌いがはっきりしていて、座学が嫌いなほうに含まれるというだけだ。実にわかりやすい。
「っていうか、ハルカってこの世界のことに詳しいよな。最初何にも知らなかったくせに」
「勉強してるんですよ、資料室とかで」
「ふーん、資料室って何があんだよ」
「色々ありますよ。歴史の資料とか、魔物の図鑑とか。【三連魔導】のジルさんが書いた本とかもありました」
「ふぅん。そんな高いもん、よく平気で置いておくな。盗まれたりしねぇのかよ」
そこで盗むという話が出るあたり、冒険者の倫理観のなさが窺える。ハルカの周りではそんなことをする人はいなさそうだが、金に困った下級の冒険者あたりならやりかねないのかもしれない。
「やっぱり高いんですか、本は」
「当たり前だろ。一冊で金貨数枚飛ぶぞ」
「あぁ、だから支部長が管理人みたいなことしてたんですね」
「へー、道理で顔見たことなかったぜ。あの人の二つ名【本の虫】っていうらしいぜ。有名だけど、殆ど外に出てこねぇんだよな。どうやって戦うのかすら謎だぜ」
冒険者関係の知識だけは豊富なのが面白い。きっと彼の父にでもよく聞かされていたのだろう。それにしても変な二つ名だ。どんな人間なのかはわかっても、どんな戦い方をするのかがさっぱりわからない。
それが二つ名になるということは、きっと戦い方以上に、本に対する執着心に目がいくような人物なのだろう。彼の几帳面そうな雰囲気にも、なんとなく納得だ。
昔から小説や漫画が好きだったハルカからすると、割と好感度は高い。
「ママ、アル、いるよ」
話に夢中になっていた二人に、ユーリが声をかける。健気にも一人でちゃんと辺りを警戒してくれていたらしい。ハルカは話に夢中になっていたことを反省した。アンデッドの姿は少し遠いが、キチンと気を付けていれば先に見つけられたはずだ。
「ありがとうございます、ユーリ。アル、私がやります。見えていればなんとでもなるので」
「おう、任せた」
人を二回りほど大きくして、大きな牙と長い耳を持つその破壊者を、人はオークと呼ぶ。北の大地以外にもあちこちに見られる、比較的数の多い巨人型の破壊者だ。まさか生きているものより先に、アンデッドのオークに出会うとは思わなかった。
いつも練習している距離よりは、かなり遠いが、一発で当ててしまいたい。的が大きく、周りを巻き込む心配がないので、少し魔法の範囲を広く取る。杖先を向けて、アバウトに距離を定めた。
想像するのは地面から立ち昇る冷気。足元から固め、体全てを冷やし固める。
加減をすれば人の体温を奪う程度に威力を制御することもできたが、アンデッド相手にその配慮はいらない。
ゆらゆらと揺れていた体は、ハルカが杖を振り下ろした頃にはぴたりと動きを止めていた。その頭上に生み出された岩が、ハルカの杖の動きと連動して、アンデッドの身体を押し潰す。
「なぁ、最初から岩のやつだけでよくねぇ?」
「いえ、前みたいに気付かれて走ってこられると怖いので」
「お前さぁ、強いくせに変なところで気が小さいよなぁ」
呆れ顔のアルベルトは、アンデッドを押し潰した岩の方に歩き出す。きちんと仕留めたか確認をしてくれるのかと思い、ついていったハルカだったが、アルベルトはそのまま岩の横を通り過ぎた。
この動きは、出発する前に見たことがある。
「次は俺がやるからな。順番な」
「ええ、構いませんけど……。進行方向はあっちですよ」
ハルカが別の方向を指差すと、アルベルトは無言で足先をそちらに向けた。