一番師匠
二級冒険者にもなると、街の中でもそれなりの顔になってくる。また、商売人や各地の有力者からの勧誘が来ることもあるそうだ。冒険者ギルドとしても、その階級まで上げたからには、あまり妙なことばかりはしてほしくないらしい。
一般の人から見れば、恐ろしい存在であることを自覚して行動してほしい、というような、倫理的な話をされた。
別にハルカ達が特別問題ある行動をしているからこの話をしているわけではなく、三級以上に上がった全ての冒険者に話していることらしい。つまり、レジーナも同じことを聞いているはずなのだが、それが行動に影響を与えているとは思えなかった。
王国でも、ある程度以上になった冒険者がならず者に身を落としている姿を見たことがある。
特別であるという傲慢な考えがそうしたのか、あるいは、有力者に雇われた結果、ああなってしまったのかはわからない。ただ、この話を聞いたからと言って、ある程度以上の実力を持った冒険者が、素直に言うことを聞くとは思えない、というのが素直な感想だった。
「……話すことは義務になっている。寝ている奴もいれば、聞かずに去っていく者もいる。それでも実力があって契約さえ守れば、階級が上がるのが冒険者だ。遺憾なことだが、拘束力を強めすぎると、かえってならず者になるものも増えるからな」
イーサンの視線の先には、先程からハルカの肩に寄りかかって眠っているモンタナの姿があった。目の前で眠るか、眠る前に逃げ出すか、どちらがいいのかは微妙なところだ。
「しかし、四人いて二人がまともに聞いたのなら、ましな方だ。そういうまともな奴らに、チームは引っ張ってもらいたいもんだな。わからんことがあったら、資料室にこい。俺は大概そこにいる。伝えるべきことは伝えた、解散」
イーサンは、テーブルの上に重ねた数冊の本を小脇に抱え立ち上がる。タイトルはよく見えなかったが、結局ハルカが見ている間にその本が開かれることはなかった。最後に本人の言葉らしいものがほんの少し見えた。見た目通り真面目な人物なのだろうと推察できる。
イーサンが去っていったドアは開いたままになっていた。あとから出て行くハルカ達に気を使ってくれたのかもしれない。
「モンタナ、話が終わりましたよ」
声がかかるとすぐに目をパチッと見開いたモンタナは、元々イーサンのいた方を見て、誰もいないことを確認して立ち上がった。両腕を天井に伸ばして欠伸をする、見事な寝起きっぷりだ。
廊下を歩き出すとコリンが尋ねてくる。
「ねー、ハルカ。ハルカはどうしてあんなにレジーナのこと気にしてたの? ハルカってああいうタイプ苦手じゃなかった?」
「なんででしょうね……。苦手だったはずなんですけど……。実はほら、武闘祭の時も一度、彼女に話しかけられてるんですよ」
「え、そんな話してたっけ?」
「してなかったかもしれません。その時も、どうやって強くなったか聞かれたんですよね。別に暴力も振るわれませんでしたし、街の中では目つきが悪いくらいで、暴れてもいませんでした」
「ふぅん、でも実際、あの人冒険者と喧嘩はしてたわよ?」
「はい、冒険者としか喧嘩してるところを見たことがないです。一般人に暴力を振るったって話は聞きません。意外と彼女の中には、何か決め事があるんじゃないかなと。だとしたら、ちゃんと話をすれば、聞いてくれるんじゃないかって……」
言葉を色々と続けていたハルカは、中途半端なところでそれを区切り、一度視線を彷徨わせる。自分がまるで言い訳をしているようで、本当の言葉を言っていないように思えたからだ。
少し間をおいて、ハルカはもう一度口を開いた。
「結局、彼女の話に同情してしまったんだと思います。私がこの世界で突然戦いの中に放り込まれたら、こんな風に皆を信じて冒険できたでしょうか。もしかしたら、出会う人みんなに怯えて、傷つけられる前に攻撃していたかもしれません。何も彼女の願いを叶えるために一緒にいるわけじゃありません。あの時、あの背中を黙って見送るのが、私には辛かったんですよ。だからきっと、ただの私のわがままです」
「……まぁ、まぁー、ハルカらしいか。私もさ、ハルカからレジーナの話を聞いて、もっとなんとかならなかったのかなって思ったし。わかった、もうこの件は終わりでいいや。ハルカが困ってるのが分かって、結局声かけちゃったし。私も大して変わんないや。なんかあったら言ってよね、協力するから」
「助かります。ゆっくりやっていきましょう。さっきね、彼女、自分からユーリに挨拶したんですよ。そのうちコリンのとこにも来るかもしれませんよ」
「へぇえ! 意外。そしたらちょっと仲良くしてみようかなぁ……」
レジーナのいない所でちゃんと話ができてよかった。ハルカもコリンの考えについては気になっていたのだ。曖昧なままにしておくと、後々何かの時に再燃しそうで怖い。ハルカは人との喧嘩や仲直りが苦手なのだ。そうなったら綺麗に修復できる自信はなかった。
ほっとしたのと同時に、のんきに前を歩くモンタナを見て、何かを忘れているような気がしてくる。尻尾がゆらゆら揺れるのをみていると、はっとそれについて思い出した。
「モンタナ、ユーリが身体強化できるようになったの知ってましたよね?」
「……ばれたですか」
「え、ユーリが? もうできるの!?」
「教えたです。優秀です」
少し上を向いて言ったモンタナは嬉しそうだ。
「僕が一番師匠です。弟子の力は秘密ですです」
「い、一番師匠ってなんですか」
「どうせみんなこれからいろいろ教えるです。でも僕が一番師匠です。一番初めに師匠になったから、一番師匠です」
「師匠に一番とか、二番とか、あるんですか……?」
「無いならずっと僕が師匠です」
「モン君、ず、ずるくない? 私もなんか教える。えっと、料理とか!」
「じゃあ二番師匠です」
「な、なんか負けた気がする……」
ハルカもいつか魔法を教えられたらと思っていたのに、どうやらモンタナに先を越されたようだ。いつかユーリに剣術を教えるのを楽しみにしていたアルベルトも、きっと悔しがるはずだ。
最近モンタナとユーリが二人で内緒話をしていたのはこういうことだったのだ。ハルカは気づくのに遅れたことを、珍しく少し悔しく思っていた。