交代要員
街が近づいてくるのに合わせて、ハルカは仲間たちに合流した。
レジーナは話したことをまじめに考えているのか、腕を組んで難しい顔をしたまま、少し後ろをついてきている。口調こそ乱暴だが、話を聞く態度自体は悪いものではなかった。投げ出さないうちは、手を差し伸べ続けていたいと思っていた。
冒険者ギルドに到着する。
今日のお留守番係は、ハルカだ。入り口から少し外れた場所で、ナギとユーリを見守っていた。三日続けてきたおかげか、この辺りの住人もナギのことを見慣れてきたようで、あまり遠巻きにされなくなってきている。
ただ、子供が気になって近づいてこようとするのを、親が慌てて止めていたので、安全とまでは認識されていなさそうだ。
今日はレジーナも一緒にいるせいで、冒険者に関しては、いつもより距離を取って通り過ぎていくくらいであったが。
「なぁ、あいつって、ハルカの子供じゃねぇんだろ」
「ユーリです。確かに私の子供ではありませんね」
「拾ったのか?」
「まぁ……、そんな感じです」
「何歳だ?」
「もうすぐ二歳ですけど……」
「あの年で身体強化使うんだな」
「……はい?」
「だから、あの年で身体強化使ってんだなって」
「使ってるんですか?」
「うっすらな。じゃなきゃ、二歳にならねぇのが竜に乗れるわけねぇじゃん。それに普通の二歳よりでかいだろ、あいつ。身体強化を長くしてると、そいつが一番活動しやすい体に近づくんだぜ、しらねぇのか?」
通常のユーリくらいの年の子が、どれくらいの大きさなのかをハルカは知らない。なんとなく成長の早い子だと思っていたし、エステルから預かった養育本を見ても、あまり合致しないのには気づいていた。
ただそれがまさか、身体強化のせいとは思ってもいない。
レジーナが気がついたということは、きっとモンタナもわかっていたはずだ。
そんなことを考え込んでいるうちにレジーナが、二人に近づいていっていた。
正面に立たれたナギは、数歩足を引いて、地面に伏せる。力関係が分かったのか、単純に怖かったのか、微妙なところだ。
「おい、あたしはレジーナだ」
腰に手を当てて、胸を張ったレジーナが偉そうに自己紹介する。ナギが伏せていると、丁度視線が同じ高さくらいになっており、会話はしやすそうだ。
突然名前を名乗られて、ユーリは困惑しているようだ。そのまましばらく黙って見つめられることで、はっとしたように口を開く。
「ユーリです」
続いてナギが「ギャウ」と小さな鳴き声を上げる。ユーリは首筋を小さな手でぽんぽんと叩いてから「ナギです」とそちらの紹介をしてやった。
レジーナとユーリが頷き、ナギがピタンと尻尾で地面をたたく。
レジーナはそのままハルカの横に戻ってくると、それに続いてナギものそのそと反対側に並ぶ。
レジーナは横からハルカを何か言いたげに見上げている。
「えーっと……。そうですね、そういう感じで自己紹介をして、相手の名前を憶えてあげるのが、人と仲良くする第一歩です。なかなか良かったと思います」
これで合っているのかと思いながら言葉を紡ぎ、ユーリを抱き上げる。そうしてもう一度振り返ると、レジーナは既に余所を見ており、涼しい顔をしていた。
気に食わなければ噛みついてきそうなので、きっと間違ってはいなかったのだろう。
ユーリに対して挨拶を始めたときは驚いたが、誰かと関係を持とうと思ってくれたことが成長だ。ここに来るまでの短い時間に話をしただけで変化が見られるのであれば、きっと彼女は変われるはずだ。
周囲に受け入れられるようになるのは意外に早いかもしれない。
そんなことを考えていると、ギルドの中からアルベルトが飛び出してきて、ハルカの前まで走ってきた。がしっと肩を掴み、興奮した様子で大きな声を出す。
「おい! 二級だ、二級だぞ! なんかよくわかんねぇけど、依頼者がよかったからなんとかって言ってた!」
「はい、はい、二級ですか! 一気に上がりましたね。他のみんなはどうしたんです?」
「今回は俺も一緒に上がった! ん? あいつらはまだ中で話聞いてる」
「え、話の途中で抜けてきたんです?」
「おう、早く知りたかっただろ。じゃ、俺戻るわ」
「あ、ありがとうございます」
言うことを言って戻っていくアルベルトは、戻るときは走っていかなかった。多分今頃、残った二人は、昇級に当たっての細かい注意事項を聞いているはずだ。
アルベルトがハルカに言ったことは嘘ではないが、きっとそれを聞くのが面倒だったという気持ちもどこかにある気がする。
ギルドの入口の途中で振り返ったアルベルトは、目を泳がせながらこう言った。
「ハルカ、俺がここ見てるから、中で話聞いてこねぇ? なんか、今戻ったらコリンに怒られる気がすんだよな」
「引き留められたのに、無理に出てきたんですね?」
「まぁ、そうだな」
「じゃあ、交代してもらいましょうか。くれぐれもレジーナと喧嘩はしないでくださいね」
「しねぇよ。俺別にあいつのこと嫌いじゃねぇもん」
すれ違いざまにハルカは、ふと先ほどのことを思い出して、アルベルトに報告する。
「さっきレジーナが、自分からユーリに挨拶をしたんですよ」
「おう」
「……すごくないですか?」
「なんでだ? 俺も挨拶くらいできるぞ」
「……確かにそうなんですけど、そうなんですけどね?」
「おい、レジーナ、俺アルベルトだ。よろしくな」
「……おう」
どうもこの感動は、アルベルトにはうまく伝わらないようだった。少し離れた所から、手を上げて挨拶したアルベルトに、レジーナは視線を向けて一言だけ返した。
不愛想だったが、アルベルトはやっぱりそんなことは気にしないらしい。
ユーリをハルカから受け取って、そのままナギの傍まで歩いていく。
「おい、そろそろ俺もナギに乗っていいだろ」
「だめ、アルは重いから」
「もう大丈夫だろ、いつになったらいいんだよ」
「ナギがいいって言うまでだめ」
「俺わかんねぇよ、こいつが何言ってんのか」
後ろから聞こえる会話に笑いながら、ハルカはギルドの中へ入っていく。受付に二人の姿が見えないので、居場所を聞いて、個室へ向かった。
ノックして扉を開けると、まず最初にぎろっと扉の方を睨みつけているコリンと目が合った。
「あ、あれ、アルじゃなくなってる」
「アルは、私に早く知らせをしたくて出てきてくれたみたいですよ。外を見ててくれるというので、私が代わりにきました」
「逃げたんじゃなかったんだ。うーん、怪しいけど……、ま、いっか。座って座って!」
応接室のようになっているソファに腰を下ろすと、対面には仏頂面の男性が一人座っていた。ハルカはこの男性を見たことがあった。いつも資料室の受付に座っている、強面の青年だ。
「あいつ、支部長が説明してくれてるのに、突然部屋から飛び出すんだもん」
「支部長? この方が?」
「……冒険者ギルド、オランズ支部長イーサンだ。説明を続けてもいいか?」
「あ、はい、ハルカ=ヤマギシです。どうぞ続けてください」
よもや資料室の番人だと思っていた人物が、支部長だとは思ってもいなかった。比較的若いように見えるのは、きっと彼もまた身体強化を極めた冒険者だからに違いない。
彼の低く淡々とした語り口は、スッと耳に入ってくるが、ともすれば子守唄のようでもある。ハルカにとっては心地の良いものであったが、アルベルトが部屋を飛び出すのも仕方がないような気がした。