修復
食事の準備をしている間、レジーナは黙って元居た場所に座っていた。よく喋っている印象があったのだが、よく考えてみれば、それはいつも戦っている時だった気がする。
気分が高まっているときに多弁になるだけで、普段はこんなものなのかもしれない。
モンタナは、戻ってきた時にまだレジーナがいることに対して、何も言わなかった。ただ全員の顔を順番に見てから、いつも通りに解体を始めた。
ナギはその横でお行儀よく、食事が出てくるのを待っている。まだ子供だから仕方がないけれど、そのうち自分で仕留めて自分で食べるようになってもらいたいものだ。
街に向かいながら、ハルカはレジーナと話をする。仲間たちは少し前の方でまとまって歩いているので、その後を追うような形だ。
「えーっと、じゃあ人間関係のお勉強でもしましょうか」
「人間関係?」
「他人とうまく付き合っていくにはどうしたらいいか、ですね」
「そんなの、油断しないで、やられる前にやりゃあいいんだろ」
「……違います」
冒険者として一人で生きていくだけなら、それでもいいのかもしれないが、普通それでは長生きはできないはずだ。人から反感を買えば、多対一で責められることもあるだろうし、何かあっても助けが来ない。
「……レジーナさん、もしかして今までずっとそうやって生きてきたんですか?」
「そうやってってなんだよ」
「だから、油断しないで、やられる前に攻撃して」
「じゃないと生きていけねぇだろ。なんでお前らはそんな感じで生きてられんだよ。その方が分かんねぇよ」
「でもそれじゃあ……、敵も多かったでしょう」
「だから先に攻撃してんだろ」
「……敵を作らないように努力したことは?」
「女一人で生きてたら、最後は敵になるようなやつばっかりだぜ?」
「えーっと……、旅の道連れがいたことは?」
「最初の頃いた。でも次の街に行く前にぼろぼろにされて、この顔の傷つけられたぞ。死んだと思って捨ててきやがったから、あとで全員殺してやった」
これは中々重症だと思った。手負いの獣と大差ない。
「じゃあですね、なんで私たちの仲間にはなろうとしたんですか?」
「もっと強くなりてぇからだって言ってんだろ」
「あー、そうではなくて。裏切られたら嫌でしょう?」
レジーナは首を傾げたり、頭をかいたりしながらしばらく考える。すぐに投げ出さないあたり、真面目に会話する気があるのだろう。ハルカは戻ってくる答えを黙って待った。
「……そりゃあ、お前が強いからだ」
出てきた答えは、前とあまり変わらなかった。待ったところで、ちゃんとした答えが返ってくるわけではないらしい。仕方がないので、別の話題にと思ったところで、レジーナは続けて話す。
「もしお前があたしのこと殺そうとしたら、いつでも殺せるだろ。なのにふわふわしてばっかりいるから……。……気になった? わかんねぇけど、急に襲ってきたりはしなさそうだと思った。お前も、お前と一緒にいるやつも。最初にどうやったら強くなれるか聞いたときは……、ダメだったら死ぬかもしれねぇと思って聞いた」
「なんか、よくわからないですが、私は信頼されてるってことですか?」
「……南方大陸に、めちゃくちゃでけぇ真竜がいるんだけどよぉ。一回ぶん殴りに行ったけど、うんともすんとも言わねぇんだ。お前もそんな感じする」
「一応言っておきますけど、試しに殴ったりしないでくださいね。あとお前じゃなくて、ハルカです」
呼び方を訂正すると、レジーナはめんどくさそうに顔を顰めた。
「それ、お前と何がちげぇんだよ。別に通じてるんだからいいじゃねぇか」
「固有の名前を呼ぶっていうのは、相手と向き合う第一歩ですよ。お前、って呼ぶよりは、名前で呼んだほうが印象が良いです。ちなみにキモいとか、馬鹿とか相手を罵倒するような言葉で呼びかけると、すっごく印象悪くなりますからね」
「印象が良いとどうなるんだよ」
「敵になる確率が下がります。つまり、戦わなくても安全を確保しやすくなります」
「…………ふぅん。じゃあお前のことはハルカって呼ぶ」
「ついでに、私の仲間の名前も覚えましょうか」
「でもあいつらあたしより弱いから、別に敵になってもいいけど」
「彼らが敵になると、私も自動的に敵になります。人間関係ってそういうものなんですよ。だから、意味もなく敵を作るのは良くないって話をしているんです」
「なんでお前、ハルカのこと攻撃してねぇのに敵になるんだよ、めんどくせぇ」
ハルカは返答に少しつまり、仲間たちの後姿を見つめた。真竜に仲間を奪われたと思った時、なぜ自分が怒ったのかをなんとなく思い出す。
それから、前の世界にいたときの自分が、なぜ四十年近くの長い間、怒ることなく過ごしてきたのかというところまで思い至り、悲しくなった。
なんとなく、レジーナがいつもあちこちで喧嘩をする理由もわかってくる。
彼女は、自分を守るために、必死に怒っているだけなのだ。
「それは、ですねぇ。私が仲間のことを大事に思っているからですよ。私は仲間のことを守りたいと思っているんです。自分と同じかそれ以上に」
「……わっかんねぇ」
レジーナは、自分のことを守るために怒れているだけましだ。自分のためにも他人のためにも怒ることのできなかった、前の世界の自分の方が、レジーナよりも、よほど壊れていたのかもしれない。
「あー……。とにかく、私は、私の大切なものを攻撃されない限り、あなたの敵にはなりませんから」
「……ふぅん」
納得したようなしてないような、曖昧な返事をして、レジーナはがりがりと頭をかいた。色んなことができていないのは、表情や態度を見てもわかるが、今はまだ、それでいいんじゃないかと思っていた。