安請け合い
「あれだろ、一方的に利用するのは悪いから、手を貸してやるぜってことだろ」
ハルカの話を聞いたアルベルトが、いの一番にレジーナに理解を示した。
「なんでそんな前向きなのよ、あんた」
「でもそういうことだろーが」
「ってことは、アルは加入に賛成ってことですか?」
ハルカが尋ねると、アルベルトは腕を組んで首を横に振った。
「いや、チームに入れるのはどうなんだ? 俺もチームはこのメンバーだけでやりてぇよ。……イースぐらい仲良くなりゃ話は別だけどよ」
話している途中で思い出したのか、最後に例外を付け足した。確かにイースは穏やかで我も強くないし、全員が仲良くできていた。ユーリだって別れる頃には涙を流したくらいだ。
結局のところ問題は、自分達とレジーナが仲良くないことだろう。
「コリンは、反対ですよね」
「まぁね。だってー、あの人滅茶苦茶敵が多いよ? みんなだって、武闘祭の前に暴れてるの見てたでしょ。絶対恨まれてるもん。ハルカはどうなの?」
「……一人でも反対するならチーム入りは断るつもりでした。反対されなかったとしても、一応私からもやめた方がいいんじゃないかと提案するつもりでいました。少なくとも、今の言動を繰り返しているうちは、同じクランの所属になるのも避けたいです」
「……意外。ハルカはもうちょっと優しいこと言うと思った」
「思うところはあるんですけれどね。ただ、まぁ……」
一晩考えた結果の答えだ。
ハルカとしては、今の仲間たちに不和を呼び込むくらいなら、厳しい判断をした方がいいと思った。レジーナの境遇に同情する気持ちはあっても、そのために仲間たちに不利益を与えたくない。
「ただ、なんです?」
モンタナに先を促されて、ハルカは息を吐いた。
「モンタナは、どう思いましたか?」
「悪い人じゃないです。見えるだけが全部ですから。でも、今は受け入れるべきじゃないと思うです」
「ですよね。だから、まぁ……、条件を出して、もうちょっとまともになったら、そのうちクランに迎えるくらいは良いんじゃないかなと。あちらが受け入れて、改善する気があるのならですけど」
「まともになるかなぁ?」
「自信はないですけど、一応提案してみようかなって。どうやら彼女は、まともに教育を受けたことも、人との関わり方を学んだことも無さそうなので」
アルベルトだって、出会った時はもうちょっと尖っていた。トットだって碌なもんじゃなかったし、冒険者には好戦的な人物が多い。時間をかけることで、やばい奴から好戦的程度まで評価が抑えられるのなら、考える余地があると思ったのだ。
子供っぽいレジーナを見ていると、最初から可能性を全て潰してしまうのは、可哀想な気がした。
「……まー、別に、まともになるのならいいのかなぁ……。まともになったの見てから考えるけど」
「じゃ、全員がいいって思ったらってことにしておきましょうか。私はどうしても甘くなってしまうので、コリンが厳しく判断してもらえると助かります」
「うん、じゃ、そうしよっか! じゃ、私朝ご飯作るから、あとよろしく」
かまどの方へ歩いていくコリンと、狩りに出かけるモンタナ。アルベルトは今日も端っこで素振りを開始した。交渉は昨日に引き続きハルカの仕事だ。
木に寄りかかって眠っているレジーナに近づいていくと、突然目を見開いて武器を握ったので、驚いた。ハルカの姿を確認すると、上がりかけた腰を又地面に下ろして、そのまま見上げてくる。
「なんだよ」
「なんだよじゃないですよ。話し合いをしてきたので、結果報告を。結果だけ言うと、チームに入れることはできません」
レジーナは即座に舌打ちをして唾を吐いた。そういうのが良くないのだが、まだ何も言ってないので仕方がない。
「理由は、あなたが敵を作るような言動をし過ぎるからです」
「……してねぇけど」
「あの、人を後ろから蹴飛ばしたりするのは、そういう行為に当たると思うんですが」
「邪魔になるところで話し込んでんのが悪いだろ」
「では、冒険者ギルドで突然喧嘩を売るのは……?」
「あたしのことを馬鹿にしたように見た奴がいた。あとキモい目をしてるやつもいた」
「それくらい、我慢しましょうよ……」
悪びれもない主張に、ハルカは肩を落とした。この調子では、やはり条件を出しても無駄なようにも思える。
「えーっと……、とにかく、そういう行為が、人から恨まれるんです。人付き合いがもうちょっとまともにできるようになれば、クランを作った時に加入も考えます」
レジーナは煙草を取り出して、火をつけて一服してから空を見上げた。腕を組んで、ぴこぴこと煙草の先を動かしながらしばらく考え込んでから、煙草を指先でつまむ。
火のついた煙草を、拳の中で握りつぶしてからレジーナは言った。
「じゃ、無理だな。諦めるわ」
「……いいんですか?」
立ち上がったレジーナは、暴れ出すこともなく荷物をまとめ始める。
ハルカとしても拍子抜けだった。もうちょっと粘るか、何か文句でも言い出すと思っていたのに、意外な反応だった。
あれだけ強さに執着して、チームに入れろと騒いだのに、本当にそれでいいのかと疑う気持ちもあった。
背中を向けた、レジーナはぽつりと呟く。
「だってよぉ、……どうしたらいいかわかんねぇし」
いつもの自信満々な、攻撃的な態度が隠れると、その背中は随分と小さく見えた。元々レジーナはコリンとそう変わらない体格をしている。
寝起きだからかもしれないが、立ち去っていくその足取りは、いつもより遅く、やはりイメージとは合わなかった。地面に落ちた石を蹴飛ばす姿は、子供にしか見えない。
「……わからないなら」
声をかけようとして、ハルカは一度口を閉じた。自分の一存で勝手なことはできない。振り向いてみんなの様子を窺うと、料理をしていたはずのコリンと目が合った。
コリンはぎゅっと目をつぶり地面を見てから、フライパンを火から外して、ハルカの下へ駆け寄ってくる。
「なんか! すっきりしないから言っていいよ! すっごい意地悪した気分になってる、今!」
ハルカは離れていってしまったレジーナを追いかける。追いつく前に拗ねた顔をしたレジーナが振り向いた。
「わからないなら、しばらく一緒にいれば、教えてあげます、けど」
「いいのか?」
「あー、でも、ユーリの前では汚い言葉は絶対使わないでください。あと、煙草もユーリのそばでは禁止です。それで良ければ」
「……お前、キモいけどいいやつだな」
「……レジーナさん、早速ですけどそれ、人から恨み買うやつですからね」
「どこがだよ?」
「その、キモいってやつです」
「だってキモいじゃんか」
「思っても、相手の嫌がることは普通言わないんです」
「嘘つけってことかよ!」
「嘘じゃなくて気遣いって言うんです、これは」
「ふーん、じゃあお前のことなんて呼べばいいの?」
「名前でいいですけど」
「名前なんだっけ?」
「……え? それ本気で言ってますか?」
ハルカはとんでもないことを安請け合いしたのではないかと、既に後悔し始めていた。