生まれ育ち
「では、まぁ、聞かせてもらいますけれど」
思ったよりもずっと重たい雰囲気になってしまい、ハルカは内心困惑していた。いつも笑いながら乱暴しているだけのイメージだったので、突然冷静になられても対処しきれない。
心の準備をする時間が欲しいが、アルベルトみたいに『ちょっとたんま』という勇気はなかった。隣でモンタナが涼しい顔をしているのが羨ましい。
実はハルカも真面目な顔をして考えているので、傍から見れば落ち着いているように見える。しかしいつものことながら、内心はこんな具合で狼狽えていた。
「……あたしは、南方大陸の生まれだ、多分な」
「多分?」
「覚えている最初の記憶は、泣きだそうとして母親にぶん殴られたことだ」
「それは、酷い……」
「いや、ありゃ多分母親の優しさだ。もっとひどい目に遭う前に、殴って泣き出すのを止めてくれた。うるさくして殺されないための躾だ」
状況が想像できずに、ハルカは黙り込んだ。
レジーナの目が妙にギラギラしていて、口を挟むのも憚られた。
「南方大陸は、戦争が多い。敗戦国で人を安く買い叩ける。負けた国の人間は商売の道具だ。あたしは、そんな道具の母親と、どこかの顔も名前も知らないやつの子供だ。だから物心ついた時には見世物として殺し合いをしてた。あたしは強いから今ここにいる」
強い衝撃を受けていた。王国では差別が残っていたし、生活の貧しい者も多かったが、それでも多分治安が整っているのだ。もし自分が南方大陸の戦火の激しい場所に現れていたら、こんなに穏やかな日常は送れていなかったかもしれない。
「あと大人の男は嫌いだ」
「あ、それ以上は語らなくても結構、ですが……。では、なぜモンタナは良いんですか?」
「そいつは子供だろ。子供なら別にいい」
「あ、いえ……、はい、続けてください」
モンタナは一瞬ピクリと耳を動かしたが、何も言わなかった。モンタナが黙っている以上、ハルカから言うことはない。
「あたしのいた場所の人間を皆殺しにしたやつがいる。そいつが、生きてた子供を連れていって、あちこちに預けた。あたしはその時、何人かと一緒に、レジオンにいた獣人に預けられた。そこでそいつが、あたしたちのために金を出して孤児院作ったんだ。そこの獣人が、そいつに似てたってのもある」
「なるほど……」
「だからチームに入れろ」
話を聞いて要求を呑まなければいけないような気になっていたが、よく考えると、彼女の生い立ちと仲間に入れるかどうかは別問題だ。結局強くなりたい理由も語られていない気がする。
唐突な要求に、ハルカは改めて質問をする。
「あの、強くなりたい理由は……?」
「ムカつく奴全員ぼこぼこにするため」
「…………えーっと、理由は本当にそれでいいんですか?」
「あ? それ以外ねぇだろ」
預けられた孤児院で、まともな教育を受けてこなかったのだろうか。ハルカは額に手を当てて考え込んでしまった。その孤児院にいる子たちが心配だ。コーディに訴え出て、なんとかしてもらったほうがいいんじゃないだろうか。
「あの、孤児院では、ムカつく奴は殴れと?」
「いや、人を愛せとか、もの作れとかうるせぇからすぐ飛び出した。でも皆殺しにしたやつは、悪い奴は全員殺していいって言ってたぞ。金出した獣人も、自由に生きるためには強くなきゃいけねぇって言ってた」
そんなことを言いだしそうで、お金持ちで、北方大陸をうろついている獣人にハルカは心当たりがあった。その知り合いで、大量殺人しそうな人物にも、しばらく前に王都で出会った気がする。
子供の成長に関わるのなら、最後まで責任を持つべきだ。ユーリが変な特級冒険者に影響を受けないように、ちゃんと見てあげなければいけないとハルカは強く思った。もしかしたら、ノクトはあまりユーリに近づけない方がいいのかもしれない。
「あのですね、あなたの事情は分かりました。あなたの目的は、チームに入ることではなくて、強くなることですよね?」
「さっきからそう言ってんじゃねぇか」
「じゃああの、なんでチームに入ったら強くなると思ったんですか?」
「訓練がよさそうだからだ。お前らが強くなった理由は、その訓練だろ。だから入れろ」
「……チーム入らなくても、一緒に訓練すればよくないです?」
「何言ってんだお前、馬鹿じゃねぇの」
鼻を鳴らしたレジーナが、見下すような視線でハルカを見る。ハルカはレジーナに馬鹿と言われたことに、結構ショックを受けていた。
「前聞いた時は、こっちの能力明かしてやったのに、強くなる方法教えなかったじゃねぇか。前より馬鹿になってんじゃねぇの? 秘密の特訓方法なんて、部外者にばらさねぇだろ。まして参加させようなんて奴いるわけねぇだろ」
「……もしかしてあれ、交渉のつもりだったんですか? ま、まぁ、別に秘密ではないですし、参加させる人もいると思います」
「じゃあお前も含めてそいつら全員間抜けだ。いつか寝首かかれるぜ」
ハッキリと言い切ってから、レジーナは親指を立てて、びっと首をかき切る仕草をした。話し始めた頃はもうちょっと殊勝な態度だったのに、すっかりいつもの様子に戻ってしまっていた。
「あー、えーっと、つまりですね。一応こちらに気を使って、裏切らないという宣誓のために、仲間になると言い出したってことですか?」
「それ以外になんかあるかよ」
それが分からなかったから、こんな問答をしていたのだ。
この子供っぽい独特な雰囲気や、乱暴な性格の由来はよくわかった。
しかし、コリンが懸念しているように、世間のレジーナへの評判は非常に悪い。仲間に迎え入れれば、内でも外でもトラブル必至になるだろう。
「では、ちょっともう一度四人で話し合いをするので、明日まで返答は待ってもらえませんか……?」
「こんだけ話してまだ待たせんのかよ!」
「ええ、悪いんですが、お願いします」
「ちっ、仕方ねぇなぁ」
なぜ自分が謝っているのか、なぜ腰を低くするべき相手から舌打ちをされるのか、ハルカは分からない。しかしトラブルにならないなら、まあ別にいいかなぁと思っていた。
この交渉は、冒険者の中でも特別温厚なハルカであるからこそなせる業であったと言えるだろう。