ソロは無理です
「強くなるって言っても……。毎日一緒に訓練しているだけですけど……」
「普通に訓練してるだけで、そんなに強くなるわけねぇだろ」
「えーっと……」
普通と違う訓練と言えば、治癒魔法を使いまくっているくらいだ。しかしそれを教えたところで、ハルカと一緒にいなければ意味がない。他に何か理由があるのだとすれば、ノクトのおかげで経験を多くつめたことだ。
しかしそれくらいのことは、喧嘩っ早いレジーナであれば、すでにやっていそうな気がした。
ハルカが答えに窮していると、草むらからモンタナが現れる。ずるずると茂みの中から鹿を引きずり出して、ハルカに手招きをした。いつもの解体のお手伝いだ。
「ちょっと、手伝うので。訓練したければ皆さんどうぞ。怪我したら私が治しますから」
モンタナが現れたとたん、レジーナがむすっとした顔で押し黙る。何か思うところがあるのかもしれないが、今はそれを利用させてもらうことにした。
訓練というワードを聞いて、空を見たままひとり反省会をしていたアルベルトが、張り切って跳ねあがる。
「よし、次やるか次! おい、トット勝負しようぜ」
「……あ? おいおい、流石に全力出したあとに俺と勝負しようってのは舐めすぎじゃねぇのか?」
「は? 別に問題ねぇだろ。もう回復してもらったし」
「あのなぁ、治癒魔法ってのはケガを治すようなもんだろうが。ちょっとかすり傷治してもらったくらいで、戦う力までは戻らねぇよ。身体強化を使えねぇお前に勝っても、嬉しくもなんともねぇや」
「は? 使えるぞ。いいから勝負しようぜ」
「うるせぇ、飯の準備でもしろ!」
アルベルトに取り合わず、トットはコリンの手伝いに行ってしまった。考え込んでいるのは二級冒険者の二人だ。二人ともが元気そうなアルベルトを見て怪訝な顔をしている。
つまらなそうに、その場に座ったアルベルトの下へ、ユーリが一人で歩いていく。ちなみにナギは、モンタナの横でお肉の解体待ちだ。
「アル、おしかったね」
「惜しくねぇよ、負けだ負け」
「おしくないの?」
「全然惜しくねぇ、今回はな」
にやりと笑ったアルベルトに、ユーリは「おー」と言いながらぱちぱちと手を叩いた。会話だけを聞いていると、同年代の友人同士のようにも聞こえてくるから不思議だ。機嫌をよくしたアルベルトは、ユーリを肩車してそこらを歩き回り始めた。
「お前も早くもっと大きくなれよ。剣の使い方教えてやるから」
「うん、なる。アルー、しんたいきょうかのやりかたおしえてー」
「んー? なんかこう、ぐわっと力を入れるんだけどな。ハルカが魔法使った時、肌がピリピリするだろー。あれが魔素な。っていうかお前はいつも障壁に囲まれてるんだからわかるだろ」
「わかるかも」
「あれをなー、体強くしたい部分の、外とか中にぐーっと集めんだよ」
「ぐー……」
「できたか?」
「わかんない」
「気長にやれよ」
平和なような、物騒なような、微妙な会話だ。二歳になる前に訓練を始める必要なんてないとは思う。しかし、ユーリからしたら、自分だけ仲間外れのような気持ちになっているのかもしれない。
アルに聞くよりは、モンタナの方が魔素についての理解は深い気がするが、その分口下手だ。小さな子供のうちは、ああやって、じゃれ合うように教えてもらうくらいでちょうどいいような気もした。
食事の準備ができる頃には、解体も終わり、ナギも食事にありつくことができた。ハルカたちがいつもの癖で一か所にまとまったせいで、招かれた三人が焚火の反対側に座ることになる。
誰もが特別仲がいいわけではなかったので、居心地が悪そうだ。
その中でも一番コミュニケーション能力の高そうなラルフが、最初に口を開く。
「さて、皆さんにもアンデッド退治の話をしておきましょうか」
ここにいるメンバーの共通の話題と言ったらそれだから、仕方ないが、食事をしながら聞くには少し重い話だ。
レジーナは先ほど聞いていたのもあって、つまらなさそうに大きな肉にかぶりついた。ナギにあげた肉の残りを、自分でじりじり焼きながら、塩らしきものを振って食べている。
ワイルドな聖女様だ。
ラルフは昼間にハルカが聞いたのと同じような話を繰り返し、それが終わるとアルベルトに尋ねる。
「先ほどの戦いを見る限り、アルベルト君は一人でも行動できそうだね。残りの二人もあれくらいの実力はあると見ていいのかな?」
「あるぞ」
「じゃあやっぱりみんなソロがいいかな」
「えぇ、私アンデッドと戦闘するのやだなぁ……、相性悪そう」
ラルフの提案に、コリンが顔をゆがめて、隣に座るハルカの肩にとんとんと頭をぶつけてくる。何か酷いことになる想像はつかないが、コリンから嫌だと言われると、甘やかさなければいけないような気がしてくるのがハルカだった。
「えーっと、じゃあ、私と一緒に」
「お前、別にパンチして頭吹っ飛ばすくらいできるだろ」
「……それがやだって言ってんじゃん。素手で死体に触りたくないの、病気したらどうすんの」
「ハルカに治してもらえよ」
「あーあーあー、きこえませーん、私はハルカと一緒に行きまーす」
言い争いの中、モンタナがハルカの肩を逆からつつく。
「どうしました?」
「ソロは無理です」
「なぜですか?」
「だって、迷子になるですよ」
「あー、そうでしたねぇ……。コリンもまだ、不安ですもんねぇ」
探索に行って、いくらアンデッドに勝てるといっても、戻ってこられなければ意味はない。二人を探すために山狩りを行うことになるのでは本末転倒だ。
ハルカは小さく手を挙げて、ラルフへ提案する。
「あのー、やっぱりソロは無理です。作れるとしても二チームまでですね」
「なぜです? できれば実力がある人は分かれてほしいのですが」
「あ、いえ、そのー……。迷子になる恐れが非常に高いので」
「迷子? 冒険者が、迷子ですか?」
ラルフに視線を向けられて、喧嘩をピタッとやめたのはアルベルトとコリンだ。互いに目をそらして、ラルフの方もみようとしない。
「あー……、はい、わかりました。では、ハルカさんのところはパーティ単位での活動をどうぞ」
「すみません、わがままを言って。代わりにリスクの高い場所でも構いませんので」
「そうですね。戦力があるのなら、それが活かせる場所に配置できるよう、検討してみます」
迷子のおかげで一人で探索しなくてよくなったはずなのに、コリンは相変わらずハルカの肩に頭をぶつけてきていた。その勢いはさっきより少し強く、頬が膨れている。
ハルカが横目でそれを見てから、視線をそらして笑いをこらえていると、あたりがもっと強くなる。
「だから、ソロはやだっていったのに、アルが馬鹿だから、ばれちゃったじゃん」
ぐりぐりと頭のてっぺんをこすりつけながら、小さな声で文句を言ってくるコリンに、ハルカはついに我慢しきれなく小さく笑った。