著しい
意外なことに、レジーナは街の外に出るまでちゃんと大人しくしていた。泊まるだけならわざわざ〈斜陽の森〉まで行かなくてもいいのだが、ナギの食事を確保することを考えると、そうもいかない。
途中で走って追いかけてきたトットと合流し、昨日一夜を明かした場所までたどり着く。
「行ってくるです」
「はい、お願いします」
モンタナがさっそく森の中に入り込んでいくのを見送っていると、ラルフが不思議そうに尋ねてくる。
「彼はどこに?」
「ナギの食事を狩りにですね。私たちがついていく方が効率が悪いので、お願いしています」
「アンデッドが出るかもしれませんよ」
「……そう言えばそうですね。でも、まぁ、大丈夫でしょう」
「随分信頼しているんですね」
「それは……、そうですよ。出かけたのがアルでもコリンでも、私はそんなに心配しないと思いますよ」
ハルカは薪を集めながら何の気なしに返事をしていたが、それを聞いたラルフは複雑な表情だ。元々自分が見つけて冒険者に誘ったので、いつかは一緒のチームでと期待する気持ちもあったのだが、すっかり蚊帳の外になってしまった。
人間関係で嫉妬するのは、ラルフにとっては珍しいことで、感情の整理がうまくできていなかった。
これ以上話していると、訳の分からないことを言いだしそうな気がしたラルフは、黙って薪集めに勤しむことにした。
昨日集めていた薪があったので、本当はそれほど拾う必要はない。ただ、やることもなかったので集めているだけだ。しばらくここを拠点に活動するつもりだったので、たくさん集めても損はない。
コリンとトットが食べ物や、料理の準備をしている間、手持無沙汰だったのは、アルベルトとレジーナだった。
退屈そうなレジーナに、アルベルトは声をかける。
「なぁ、暇なら手合わせしねぇ?」
以前大会で見たときは、遠すぎて背中を見るのがやっとぐらいの相手だ。今、戦ってみたら、どれくらいやれるのか。機会があるのに挑まないのは、アルベルトの主義に反している。
森の方を見ているレジーナは、凶悪な笑みを浮かべて振り返った。
「一回戦負けが、度胸あんじゃねぇか」
乗ってくれると思っていた。
アルベルトの唇が、自分でも気づかぬうちに弧を描く。アルベルトの手には抜き身の剣が、レジーナの手には金棒がしっかりと握られていた。
「お前も負けたじゃん」
「上等だ、ぶっ潰す」
猛烈な風切り音に、その場にいた全員が注目する。
慌てたのは、ラルフとトットだった。二人ともが、横にいる女性に、止めなくていいのかと声をかけるも、呆れたような笑顔を返される。
二人は一度作業の手を止めて合流した。
「アル、ずっとワクワクしてましたからね」
「もうちょっと我慢すると思ったんだけどなー」
「いや、やめさせねぇと。あいつマジでつええんすよ!?」
危機感のない二人の会話に、トットが突っ込みを入れる。
「流石に死ぬことはないでしょうし、そうなったらなんとかして止めます。アルがやりたくてやってるんでしょうから、好きにさせてあげましょう。多分レジーナさんも楽しんでますよ。ほら、二人とも笑ってます」
慎重で争い事が苦手だったはずのハルカにそんな風に諭され、男性二人は何も言い返せなくなってしまった。仲間たちが手を出していないのに、これ以上ごちゃごちゃ言うわけにはいかない。
一撃で終わるかと思われた戦いは、まだ続いている。緊張感あふれる睨み合いに、二人もいつしか目を離せなくなっていた。
最初の一撃は、雑な横薙ぎだった。レジーナからすれば雑な一撃であったが、普通の人に当たれば致命傷を与える程度の威力はある。以前見たことのあるアルベルトであれば、これでも十分な一撃であるはずだった。
まだ身体強化を碌に使えないようだったら、途中で手加減をしなければいけない、くらいに考えていたくらいだ。
しかしレジーナの目には魔素が見えた。
足だけに集められたそれは、アルベルトの移動速度を上げる。
結果その一撃は、空気に悲鳴を上げさせただけとなった。驚いたのはその身体強化の運用法だ。普通、身体強化を使うようになったものは、その魔素の一部を防御に割くようになる。たとえ完全に避けるつもりであっても、万が一攻撃が当たった時のリスクを分散するためだ。
アルベルトはそれをしなかった。身体強化を割り振っていなければ、掠っても大けがをするであろう一撃を、生身で避けきったのだ。
例えば先ほど殴り飛ばしたトットだったら、攻撃を受ける覚悟を決めて、全身に薄く、攻撃をされそうな部位に厚く身体強化を割り振っていた。移動速度だけを重点的に強化して、零か十かの博打をうつものはそうそういない。
金棒が振りきられた直後、アルベルトが反転して剣を振るう。アルベルトの腕から剣身にかけて、魔素がきらめく。まともに受ければ右腕が飛ばされるような攻撃を、レジーナは手首を力ずくで捻って、金棒で受け止める。
金属のぶつかり合う音が森に響く。
レジーナの金棒は特注だ。柔な剣とぶつけ合えば、その刃が欠ける。
しかし、はじき返した剣が曲がったり傷ついたりしているようには見えなかった。それが剣身を覆っていた魔素のおかげだと、レジーナにはわかる。
それ自体には驚かないが、ほんの一年の間のアルベルトの成長に、レジーナは内心舌を巻いていた。
どうやってこれほど強くなったのか。
自分だって戦い続けてきたはずなのに、明らかに差を縮められている。戦っているのにイラついてくるのは久々だった。
本気で金棒を振り回し始めると、少しずつ相手を押し始めたのが分かる。はじめのうちは足で避け始めていたのが、間に合わなくなって遂に剣で受け止めるようになった。
剣と腕に身体強化の大部分を持っていかれると、今度は足に割く余裕がなくなって、受け一辺倒になってしまう。
どこかのタイミングで、剣以外を狙って勝負をつけることもできたのだが、レジーナはアルベルトの底を見てやろうと、意地になって正面から金棒を叩きつけ続けた。
二十合ほど打ち合うと、ようやくアルベルトに疲れが見えてくる。全力というのはそう長く維持できるものではない。
最後の力を振り絞ったアルベルトは、全身のひねりを使って、思いきり金棒に剣をぶつけると、後ろにとんで、ゴロゴロと転がって大の字に寝転がって叫んだ。
「降参だ!」
レジーナはそれ以上追い打ちをかけなかった。ムカつく相手であれば追いかけて攻撃してやるのだが、そんな気持ちにもならない。久しぶりの力のぶつけ合いに、ちょっとすっきりしてしまっていた。
その代わりに強くなる方法が気になって気になって仕方がない。
これはもう、絶対にハルカが何かをしているに違いないと思い込んだレジーナは、治癒魔法をかけにアルベルトに近寄っていたハルカに向けて、怒鳴り散らした。
「おい! キモ魔女! やっぱりお前絶対に強くなる方法知ってるだろ! 教えろ!」
アルベルトに治癒魔法をかけて「惜しかったですね」と声をかけていたハルカは、突然の大声に、びくりと背筋を伸ばして振り返った。