拠点づくり延期
話が終わって、部屋から出るのは四人一緒だった。
レジーナもドロテもハルカも自分から話題を振るタイプではない。自然とラルフが話を振る形での会話となった。
「随分長い旅でしたね」
「そうですね。でも楽しかったですよ」
「以前一緒だった……、師匠は?」
「向こうに残りました。そのうちまた逃げ出してくるようなことは言ってましたが」
「逃げ出す?」
「ええ。書類仕事が面白くないのだそうです」
「真面目そうな方に見えましたが」
「見えるだけですよ」
ラルフは、ハルカの反応に少し驚いた様子を見せる。これまでのハルカだったら、同意するような話題を振ったつもりが、思わぬ返事が戻ってきたからだ。
穏やかな表情で答えるハルカは、ノクトに対して悪い印象を持ってそうには見えない。旅に出ていた期間が、ハルカの心を何かしら変化させたのだろうと察することができた。
ドロテが受付に戻り、そのままギルドから出る。
モンタナが最初に顔を上げて、お店開きしていた道具を片付け始めると、ナギとユーリも気がついて寄ってくる。
「ママ」
ハルカは走ってくるユーリが転ぶのではないかと心配して、近寄って抱き上げる。トットが後ろからついてきていて、ラルフの顔を見ると、嫌そうな顔をした。それでも突っかかっていかなくなったのを見ると、二人の間にも何か関係の変化があったのかもしれないと思う。
ラルフは少しの間目を白黒させて、ハルカのことを見ていたが、やがて声を絞り出すようにして尋ねる。
「……その子、は……。どこかで、預かったんでしょうか?」
「ええ、そうですね。でも家族のようなものです」
「そうですよね、前に別れてからまだ一年も経っていませんし」
ほっと息を吐いたラルフはじっとユーリのことを見てから、今度はレジーナの様子を窺い、言葉を飲み込んだ。その仕草に気がついたのはモンタナだけだったので、指摘する者は誰もいない。
「その子、賢いっすね。三歳ぐらいっすか?」
「いえ、まだ二歳になっていないと思いますが……」
「三歳にしたって受け答えがしっかりしすぎだと思ったんですがね」
「そうなんですか? ユーリはすごいですね。……さて、私たちはこれからアルたちと合流して、街の外に行きますが、皆さんはどうします?」
「あたしは街をうろついて、喧嘩相手でも探す。そこの馬鹿みたいなのがまだいるだろ、きっと」
レジーナは馬鹿にするように笑って言ったが、トットが顔を顰めるだけにとどめた。一度負けてる手前か、噛みついたりはしない。実力の差は理解できているのだろう。
「俺は、こいつから話があるって言われてるんで」
トットがラルフを指さして、仏頂面でそう言うと、ラルフも肩を竦めて答える。
「今話してきた人員に、彼も加えようと思ったんです。もう喧嘩をして実力は見たでしょうけど、どう思います、レジーナさん」
「あー? こいつぅ? ……まぁ、二、三体相手するぐらいならできるんじゃねぇの?」
ただ殴りつけただけだと思っていたが、ちゃんと戦力評価もできているらしい。気の向くままに暴れているだけでないことに、ハルカは驚きを隠せなかった。
「じゃ、その話もしたいですし、トットも含めて、ハルカさんたちのとこにお邪魔させてもらってもいいですか?」
「別に構いませんよ」
「あ、じゃあ俺、食い物とか買ってくるんで、今日は宴会しましょうぜ!」
「ええ、そうしましょう。お互い積もる話もあるでしょうし」
知り合い同士で盛り上がっていると、レジーナは黙ってその集団から離れ、歩き出した。
野放しにすると、あちこちで喧嘩をして怪我人を量産しそうなので、どうしたものかとハルカが思っていると、その歩みはモンタナの横で一度止まった。横目でモンタナを見てから、変な顔をして立ち去っていこうとするレジーナに、声がかけられる。
珍しいことにそれは、ハルカからではなく、モンタナからだった。
「……レジーナさんも、作戦に参加するですか?」
「……おう、まぁな」
罵倒くらい返ってくるかと思ったのに、やけに穏やかな対応だった。不思議な目を持つ者同士シンパシーでもあるのだろうかと、ハルカは首をかしげる。
「だったら、一緒にくるといいです」
「あたしが行っても、面白いことなんてねーだろ」
「多分、街で喧嘩相手探すより、いい訓練相手が見つかるですよ」
「…………お前ら、あの魔女と一緒に訓練してんのか?」
「ハルカのことなら、そうです」
「……なら行くか。おい、しゃべってねーで、さっさと食い物買ってこい、雑魚」
トットは額に青筋を浮かべながら、地面を一回ダンと踏んでから、そのまま足音を立てながら、素直に買い出しに向かう。そして途中で振り返って、レジーナに向けて叫んだ。
「おめぇのためでも、糞ラルフのためでもなくて、おれは姐さんのために買い出しに行くんだからな! 勘違いすんじゃねぇぞ!!」
「良いからさっさといけよ、ぱしりが。またどつかれてぇのか」
「うるせぇ! さっきは油断しただけだ!! あとで吠え面かかせてやっからな!!」
少し距離を取って心に余裕ができたのか、往来に響き渡る声で怒鳴り散らしてから、トットは走り去っていった。これは後でまた治癒魔法が活躍することになりそうである。
そのトットと入れ違うように、遠くにアルベルトとコリンの姿を確認して、ハルカとユーリは一緒に手を振る。
「あるー、こりーん」
迎えに行きたそうにしているユーリを、ナギの上に乗せてやる。一応障壁で落ちないように囲ってはいるので、心配はないはずだ。ユーリが背中を叩き、二人の方を指さすと、ナギは一声鳴いてどたどたと歩き出した。襲い掛かるわけではないのだが、街を歩く人がさっとナギから距離を取る。
またあとで怒られそうだと思ったハルカは慌てて、その後を追って横に並んだ。
「ハルカー、ごめーん……。なんか今、アンデッドが出て危ないから、仕事受けたくないって言われちゃった」
そばに寄ってきて、しゅんとした声で謝ってくるコリンを撫でると、すりすりと肩に頭をこすりつけてくる。
ユーリと合流したアルベルトは「そろそろ俺も乗れねぇ?」と言って、ユーリに腕でバツを出されていた。
「その話、こっちでも進展があったので、ちょっと相談させてください」
「え、なになに、なんか依頼?」
「ええ、そうです。詳細は、皆で食事しながらということで」
「わかったー! ……わっ」
近寄ってきているレジーナの姿を見つけて、コリンが悲鳴を上げる。小さな声で「あの人、なんでここにいるの?」と聞いてきた。
「なんか、今日一緒にご飯食べるみたいですよ」
「……えぇえ、よく仲良くなれたね」
「なんか、話の流れでそういうことに」
「へぇえ、意外といい人なの?」
「…………イメージ通りの人ですよ」
「あ、そうなんだ……」
少しの沈黙ののちに、全員が合流して、一行は街の外へ向けて歩き出す。全員の距離感が微妙なせいで、全体的に会話がぎくしゃくしている。少しずつレジーナのストレスが溜まってきていることが分かり、ハルカは内心ひやひやしていた。