専門家の極意?
広いテーブルの置かれた部屋に入ると、そこでは一人の男性が地図を広げていた。その男性は、ドロテ、レジーナに続いてハルカが入ってきたのを見ると、途端笑顔になった。
「帰ってきてたんですね、ハルカさん。あ、二級冒険者のラルフ=ヴォーガンです。レジーナさんですね。今回、作戦の立案や、全体のサポートをさせていただきますので、よろしくお願いします」
久しぶりにみても、イケメンの優男であることには変わらないラルフは、レジーナに向けて握手を求めて手を差し出す。
レジーナは当然のようにそれを無視して椅子を引いて座った。
「なんだ、このなよっちいのは。本当に二級冒険者かよ?」
「……お互いに協力していただけると助かります」
ドロテの忠告も知らん顔で、レジーナは椅子の前足を上げて、ギコギコと音を立てる。ラルフはそんな扱いにも腹を立てることなく、肩をすくめて元いた位置に戻った。
普通の冒険者だったら、この時点で殴り合いの大げんかだ。舐められているという点では不向きだが、結局のところ人選としては大当たりな気がした。
「ハルカさんも作戦に参加するんですか?」
「ええ、面倒ごとなようですから。この街にはお世話になっていますし、恩返しになればと。……今日斜陽の森の浅い場所で、アンデッドに出遭ってしまいましたし」
「討伐していますか? あと、地図でいうとどの辺りになります?」
「ええ、倒しました。場所は……」
ハルカは身を乗り出して、今日アンデッドに出遭ったあたりを指し示した。ラルフは朱色のインクで、そこにバッテンをつけた。地図を見てみれば、丸だけが書かれている場所と、今のようにバッテンが書かれている場所がある。
印は全部で十数個あるようだ。
「丸がついている所が目撃。バツがついている所が討伐。俺の調べた限りですけどね」
「結構多い……」
ハルカが眉間に皺を寄せてつぶやくと、ドロテが大きくうなずいた。
「はい、だからこその今回の作戦です。ラルフさんが情報を集めて、いち早くギルドにしらせてくれたので、今回の作戦をお任せしています」
「昔の遺跡には、アンデッドがたくさん隠れてることがあってね。そこから溢れ出たアンデッドに突っ込んで殲滅した、有名な冒険者がいるんだ。ついた二つ名が【鉄砕聖女】。ってことで、大枚叩いて呼んでもらったんだけど、頼りにしていいんですよね?」
穏やかに笑ったまま、ハルカに説明していたラルフは、レジーナの方に視線を向けて目を細める。レジーナは舌打ちをして、タバコを取り出しながら答える。
「ねちっこい言い方しやがるな。来たんだから受けてやるよ。それとも帰ってほしいのか、あ?」
「いいえ。それじゃあこれからの予定を説明します」
ラルフの冒険者としての姿をきちんと見たことがなかったハルカは、いつもとの対応の違いに驚いていた。どちらかといえば、軟派な好青年というイメージを持っていたのだが、今は冒険者らしいキレもの感がある。
今になって実感することだが、やはり二級冒険者というのは伊達ではないのだと思っていた。
作戦はそれほど難しくない。
まずは斜陽の森の外に沿って、戦闘能力のある、志願した冒険者たちを配備する。
それから精鋭部隊を森の中に送り込み、等間隔で森の中を進行する。五体以下のアンデッドを見つけた場合は、その場で殲滅。六体以上見つけた場合は、速やかに撤収して、その位置を記載する。
全員が戻ってきた段階で、今回のアンデッド進行の規模を改めて把握し、いかに対処するか決めるというものだった。
「というわけで、土地鑑のないレジーナさんは、俺とコンビ。他のチームでハルカさんが知ってそうなのは、【金色の翼】から数チーム、それに【抜剣】かな。他にも立候補者を募るつもりだけど、ハルカさんたちも参加してくれるんですよね?」
「ええ、仲間から許可が取れればですが」
「それじゃあ数に入れておきます」
ラルフは手元の紙にメモをして、ドロテに渡す。
「声をかけてほしいチームです。それから三日後には作戦を実行したいので、直ちに立候補者の募集をかけてください。……レジーナさん、立候補者の選別、手伝ってくれます?」
「あ? なんであたしがそんなクソめんどくさいこと」
「足引っ張らなそうな人、今ならあなたが選べますよ」
「……見るだけ見てやる。どーせ使えないやつばっかりだろうけどな」
猛獣の操作がうまい。二人の掛け合いを見ながらハルカは感心していた。
この街にいる間は、レジーナの手綱は、ぜひ彼に握っていてもらいたいものだ。でないと、あちこちでお空を飛ぶ人が出そうな気がした。
「ところでレジーナさん、アンデッドを倒すためには、どんな工夫がいるんです? 他の参加者たちにも教えたいのですが」
「そんなの簡単だぜ。頭を粉砕する、だ。どういうわけかあいつら、頭を壊すとこっちの場所がわからなくなるからな」
「……なにか、特別な魔法とかを使うわけではなく?」
「あたし魔法は使えねーぜ?」
「あー、はい。ハルカさん、この人って強いんですよね?」
「あ? てめぇ、あたしのこと馬鹿にしてんのか?」
椅子を後ろに倒して、テーブルをたたいて立ち上がったレジーナに、ラルフは「してないです」とだけ答えて、ハルカの返事を待つ。
「ええ、強いです、どれくらいと言われると困りますが、強いことには違いないです」
「ならいいか……」
がりがりと頭をかきながら呟いたラルフに対して、レジーナはハルカの方にグリンと顔をむけて目を丸くした。
「……あたし、お前から見ても強いのか?」
「え、ええ、そうですね。強いと思ってますけど」「ふーん、そうかそうか、お前、結構わかってんな。ま、キモいけど」
レジーナの機嫌が上向きになった理由はわからないが、暴れ出さなかっただけいいかと思う。
ついでのように人を罵倒するのもやめてくれたらなおいいのに、とハルカはため息をつくのだった。