名ばかりではない
「ナギ、いいですか? この人が起きるまでここで見守ってあげてください。モンタナの言うことをちゃんと聞くんですよ?」
またギルド内にナギを入れて怒られたくなかったので、外で待っていてもらうことにした。モンタナが地面にすわり宝石にやすりをかけ始めると、ユーリはその横で手元をじっと見つめる。
ナギはハルカの言うことをよく理解しているのか、地面に伏せると、気絶しているトットに顔を近づけて様子を見ている。
モンタナはきっと驚くからやめさせたほうがいいと思っていたが、口に出すのが面倒だったので、そのまま放っておくことにした。
ハルカがギルドに入っていくと、その後にレジーナが続く。一人で入らず待っていたらしい。
「んで、なんでお前がここにいるんだよ」
「私がこの町出身の冒険者だからです。あなたこそなぜ〈オランズ〉に?」
「あ? なんか依頼が来てな。金払いがいいから来た」
わざわざ街にいない冒険者を呼んでまで何の依頼なのだろう。素行がいいとは言えない【鉄砕聖女】を呼ぶなんて、何かよっぽど理由があるに違いない。
「なんかよー、この街にも強い奴が何人かいるらしいな。剣技ばっか鍛えてるやつとか、拳だけで戦う女とか、あとなんだ? 【耽溺の魔女】とかいう有望な新人がいるってきいた。知ってる奴いるか?」
「教えたら喧嘩しに行くんですか?」
「別にぃ? 挨拶しに行くだけだぜ」
こういう人種の挨拶というのは喧嘩のことだ。こちらの生活に馴染んできたハルカは、その誤魔化す気もない適当な言葉にため息をついた。自分の二つ名が独り歩きしてるのにもがっくりである。
「一番後のは、私のことですね」
「お前、魔法使いじゃねーだろ」
「……魔法使いですけど」
「ひゃはは、知ってるか? 殴って人の骨折ったりするのは、魔法って言わねぇんだぜ?」
「ホントに魔法使いなんですって、ほら」
ハルカが頭の上に水の球を浮かべると、レジーナは地面を蹴って一瞬で距離を取って、金棒を構えた。額をツーっと汗が伝う。ハルカが水の球を何の予備動作もなくそこから消すと、レジーナは息を吐いて金棒をしまった。
「……なんだお前、まじで」
「なんだって言われましても。あと、私、名前をハルカ=ヤマギシといいます、レジーナさん」
「うるせぇな、なんか魔法の使い方もキモいんだよ、お前」
一定の距離から近づいてこなくなったレジーナは、まるで野生の動物のようだ。きもきも言われると、ハルカも少し悲しくなってくる。魔素が見える人からしたら、自分の魔法はきもいのだろうかと考えてしまう。モンタナにこっそりきもいと思われていたら、向こう数年は立ち直れない自信があった。
少し落ち込んだ意識のまま受付に向かうと、ドロテがいたので声をかける。
「すみません、ドロテさん」
「はい、なんでしょう?」
「今日ここに来る途中にアンデッドを見かけて討伐してきました。斜陽の森のかなり街の方にまで来ていたので、ご報告するべきかと思いまして」
「そうですか、そんな所まで。ありがとうございます。アンデッドの討伐は、緊急の常設依頼となってますので、達成料をお支払いいたします」
受付の下から取り出された小さな袋を受け取って、ハルカは尋ねる。
「緊急依頼ですか? 何かありました?」
「そういえばあなた方は戻ってきたばかりでしたね。最近斜陽の森の奥でアンデッドが見られるようになってきたんです。実績のある冒険者を呼んで、近日討伐をする予定となってます。ハルカさんも参加しますか?」
「恐らく参加します。仲間たちにも相談してみますが、アンデッドと戦うことに関して、あまり積極的ではなかったので、そちらはどうなるかわかりません」
街に危険が迫っているのなら参加したほうがいいかもしれない。仲間に相談しなくては、と考えて、ふと大人しく並んでいるレジーナの方を振り返る。
「……実績のある冒険者ですか?」
「あたしだな。なんか文句あるのか?」
「いえ、特には」
そういえば彼女の二つ名は【鉄砕聖女】だ。いかにもアンデッド特効っぽい名前をしているではないか。
しかしそれっぽいというだけで、わざわざ遠くから呼び寄せたりするものだろうか。流石に冒険者ギルドがそんなざるな情報収集をしてるとは思えない。
「話が終わったんならどけよ」
「あ、はいはい」
ハルカが横に避けると、レジーナが煙草をふかしたまま、椅子に座っているドロテのことを見下ろす。
「実績のある冒険者様が来てやったぜぇ」
「二級冒険者、レジーナ=キケローさんですね。宿には後ほどご案内します。まずは、協力することになっている冒険者の紹介をします。お知り合いでしたら、ハルカさんも同席しますか?」
「あ、いえ、私は外に仲間を待たせていますし、対アンデッドの戦い方を学ぶつもりで……、レジーナさんってそういうのに詳しいですか?」
「詳しくなかったら呼ばれねぇだろ」
「……具体的な対策など練るようでしたら、参加させてください。その前に、仲間に断りは入れてきますが」
ドロテは少し考えてから、レジーナの様子を窺い、提案する。
「レジーナさん。もしあなたがよろしければ、ハルカさんたちのチームも、この作戦に加わっていただきたいのですが、いかがでしょうか?」
「別に、好きにしろよ。このキモ魔女の仲間なら、それなりに強いんだろ」
「レジーナさん、きもいって言われると傷つくんですけど」
「だってきめーんだもん」
「普通に名前で呼んでみませんか?」
「話があんなら早くしろよな、魔女」
きもいが取れただけでも収穫と思うことにして、ハルカは一度その場を後にする。外に出てモンタナに今の話を伝え、アルベルト達が合流したら、中に入って知らせるようお願いした。
それまではハルカ一人で話を聞いていればいいだろう。仲間の実力はある程度把握できているつもりだ。
「では、よろしくお願いします」
そう言ってハルカがギルドに戻ろうとしたとき、ナギが「ぎゃう」と小さく鳴いた。
「お、うおおおおおお」
仰向けで気絶していたトットが、目を覚ました瞬間に叫び声をあげて、四つん這いのまま転げるように逃げていく。
十分な距離を取った後剣を抜いたトットは、その場にハルカたちがいるのを確認し、力が抜けたようにその場に座り込んだ。
「ひ、久しぶりっすね、姐さん。そ、その竜は、捕まえたんです?」
「お久しぶりです。この子は卵から孵化したんですよ。ナギっていうんです、かわいいでしょう?」
「へ、ええ、かわいいっすね、はい、かわいいです」
仲間以外にかわいいと言ってもらえてハルカはご機嫌だ。良かったですねと言ってナギの頭をなでてやる。
「今はこの子がいるんで街の外に泊まってるんです。トットも気が向いたら遊びに来てください」
「ええ、はい、今晩にでも行きやす」
「では、私は中に用事があるので」
ハルカがギルドの中に消えていった後、トットは恐る恐るモンタナに近づいて尋ねる。
「おい、モンタナ。ホントにこいつ噛みつかないか?」
「かわいいんじゃなかったです?」
「姐さんが黒っつったら白いものでも黒なんだよ! で、噛みつかねぇのかよ」
「今のところ人に噛みついてるのは見たことないです」
「曖昧なこと言うんじゃねぇよ、怖えだろうが。あと、なんだ、子供がいるな。おい、俺はトットってんだ。ハルカの姐さんの舎弟だ。坊主、名前は?」
怖がらせるつもりはなくても顔が怖いトットは、少し距離を取ったまましゃがみ込んで、ユーリに挨拶をする。
「ユーリ。ママの、しゃてい? モン君、しゃていってなに?」
「部下のことです」
「まま? おい、モンタナ、まさかこの子……」
「違うですけどそうです」
「どういうことだよ、詳しく聞かせろ」
モンタナは口を開けてトットのことを見上げたが、めんどくさくなったのか、そのままぺたんと耳を伏せて、もともとやっていた作業に戻ってしまう。こうなると梃子でも動かないのはトットも知っていたので、諦めてその場に座り込む。
「アルのやつが来るまで待つか」
このチームの中ではアルベルトに聞くのが一番話が早い。トットは黙ってくるかもわからないアルベルトの到着を待つことにした。