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アンデッド

 森の浅い部分というのは、林業を営むものたちによって、ある程度管理されている。より良い成長を促すために、余計な木々を間引くため、中に入り込んでも日光が遮られるほどではない。

 もっと深い所に行くと、背の高い木が、他の小さな木々の成長を妨げるように広く枝を伸ばしている。植物たちの間でも弱肉強食に近いものは起こっているのだ。

 古の戦場の地を越え、破壊者ルインズたちとの境の森では、不穏な影がいつでもうろついていた。この森を越えようとする生きとし生けるものに、無差別に襲い掛かるそれを、人はアンデッドと呼んでいる。

 長く森を彷徨っていたそれらは、あることをきっかけに、森から溢れ出した。ゆっくりと森を、古戦場を横断し、アンデッドはあちこちへ散らばっていく。

 その最も先にいたものは、夜のうちにゆっくりと森の中を蠢き、今、日の光を避けるように、大木の下でゆらゆらと体を規則的に揺らしていた。




 モンタナがすんすんと鼻を動かしたかと思うと、きゅっと目を閉じた。袖でゴシゴシと鼻をこすって、そのまま手を止める。


「モン君、どうしたの」


 モンタナのおかしな動きに最初に気づいたのは、ユーリだった。眉間に皺を寄せたモンタナは、空いた左手で、森の中を指差した。


「なにか、腐ってる臭いするです。あと、変な魔素です」

「腐ってる? アンデッドか? こんな浅い所に出てくるなんて聞いたことねぇぞ」

「んー、斜陽の森の奥の方に行って、ごく稀に出てくるくらいだって聞くもんね」

「アンデッドなんて、滅多に出ないですけど、このへんにはいるんです?」

「いるいる。昔大きな戦場だったらしいから、何百年も前のアンデッドが、すごくたまーに出るらしいよ。もっと奥に行くとうじゃうじゃいるらしいけど」

「確か、生きているものはなんでも襲うんですよね?」


 話がどんどん進む中、やや置いていかれているハルカが尋ねる。


「襲う。生きてるやつならなんでも襲う。疲れ知らずだから、普通の人間が逃げるのは難しいってよ」

「足の速い動物とかは、結構逃げられるらしいけどね」

「じゃあ、倒した方がいいですね」


 ハルカが一歩前に出ると、後ろから残り全員がついてくる。鼻をずっと押さえているモンタナはともかく、いつもだったらいの一番に駆け出しそうなアルベルトまでもが後ろにいるのが不思議だった。


「あの……、私が前でいいんですか?」

「です」

「腐ってる相手に触りたくないなー」

「俺も」

「あー、魔法でなんとかしろってことですね」


 理由がわかれば納得だ。確かにわざわざアンデッドを斬りたくはないだろう。ぞろぞろと木々を通り抜けて進んでいくと、木の幹に向き合うように、ゆらゆらと揺れている人影が見えた。

 後頭部がべこりとへこみ、ボロボロの布切れが、かろうじて体に巻き付いている。

 モンタナでなくても、ツンとした鼻につく臭いを感じるようになる。アンデッドが体を揺らすたびに、臭いが漂ってくるような気がして、ハルカも思わず口元を覆った。

 ハルカたちが近づいてきたことに気がついたのか、アンデッドがゆっくりと振り返る。腐っているはずなのに、外傷があるだけで、見た目には人とそれほど変わらないのが不思議だ。

 

 アンデッドは、目が機能しているようにも思えないのに、しっかりとハルカたちの方を向いて動きを止める。そして、問答もなく、ためらいもなく、地面を蹴って走り出した。


 ハルカはどの魔法を使うか考える。しかし、すぐさまアンデッドを包み込むような炎を生み出した。なんとなく前世の知識で、アンデッドには火をというイメージがあったからだ。

 すぐに崩れ落ちるに違いないと思っていたが、驚いたことにアンデッドは炎の塊となったまま、ハルカたちの方へ迫ってくる。


「え、燃やしてもダメなんですか!?」

「しらねぇけど、動き止めろ動き!」


 アルベルトの言葉に合わせて、足元にウィンドカッターを放ち、アンデッドの両足を切り落とす。走ってくる勢いのまま、地面に倒れ込んだアンデッドは、それでもなお止まらず、手で地面をかいて、ハルカたちへと迫ってきた。

 かなり距離を詰められたことに焦ったハルカは、慌ててアンデッドを障壁で囲み、その中で火の玉を爆発させた。

 小さな音とともに地面が抉れ、障壁の中に、アンデッドを構成していたものが飛び散った。

 粉々になってもなお、何かしてくるのではないかと、ハルカたちはしばらくじーっとそれを観察する。

 数分すぎて、障壁にくっついた肉片が地面に全て落ち切って、ようやくハルカが一言、仲間たちに告げた。


「……流石に、もう動かなそうですね」

「ホント? 本当に動かない?」

「た、多分ですけど」


 ハルカの袖を握ったコリンが、恐る恐る尋ねるが、本当に動かないかなんて、誰にもわからない。障壁を解くまえに、中にあるものを全て凍らせてから、ハルカは恐る恐る、アンデッドであったものへと近づいていく。

 肉片は沈黙したまま、ピクリとも動き出す様子はなかった。

 仲間たちが遠くで様子を見ている中、ハルカについてきたのはナギだけだった。もしかしたらナギは嗅覚があまり鋭くないのかもしれない、とハルカは思う。


「……大丈夫そうです」

「いや、思った以上にしぶといな、アンデッド」

「まず、足落とすのが良さそうです」


 後方でワイワイ作戦を立て始めた仲間達の方へ戻るため、ナギの姿を探す。


「な、ナギ。やめなさい!」


 ナギがあんぐりと口を開けて、肉片になったアンデッドを食べようとしているのを見つけて、ハルカは慌ててナギの顎と鼻先を押さえて口を閉じさせた。

 キョトンとした表情で見上げてくるナギに、ハルカは大きく息を吐いた。


「お腹壊すからやめなさい。お肉ならモンタナがとってくれますから」


 アンデッドが出た時は、ナギを連れて歩かない方が良さそうだ。ユーリと一緒に、お家でお留守番させておいた方がいいかもしれない。だとすると、誰かは一緒に留守番をする必要があって。

 ハルカはこんな時師匠がいてくれたらな、と思う。それから少し間をあけて、師匠をベビーシッターみたいに扱っている自分の思考を反省した。


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― 新着の感想 ―
恐怖走るゾンビ 異世界やべぇ
[一言] 「まず、足落とすのが良さそうです」 いや障壁で囲んで動かないようにするのが一番でしょう。 大量に発生したら、全てを囲う物理的な効率を考え、囲った中を塵になるまで高温の火で焼き尽くすのみ。 そ…
[一言] >燃やしてもダメなんですか 肉の存在がゾンビにとってどれほどの重要度かわからんけど水分の残ってる体を焼くならそれなりの火力が無いと おじいちゃんはシッターを楽しんでたから気にしなくても良い…
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