空も飛べるはず
「街の外に家を作る分には、別にどこの許可もいらないの。村にするってなると話は違うんだけどねー」
森の中に通る一本道を歩きながら、コリンが辺りを窺う。斜陽の森は奥に進めば進むほど、魔物やアンデッドとの遭遇率が上がる。できるだけ浅い場所に居を構えるのが無難だ。
今いる場所が、大体街から歩いて一時間程度。森の中に少し入ったあたりで、道から外れればすぐに動物を見つけることができる。川が流れる音も聞こえてくるし、落ち葉が積み重なった森の土は肥沃だ。
「だから、適当にこの辺に作ればいいと思うの。手狭になったら、森を切り拓けばいいだけだし。ハルカがいれば、魔法でばーっと木を切って、皆で掘り返しちゃえば簡単でしょ?」
「……もうちょっと、見つかりにくい場所にしねぇ?」
「なんでよ?」
「だって、なぁ。ここに作ったらホントにただの家じゃねぇか。もっと見つけにくい場所に作ろうぜ」
「それ、何の意味があるの?」
「……かっこいいだろ、な?」
アルベルトがハルカとモンタナを振り返って同意を求めてきたので、二人はうんうんと頷く。
「でも人が訪ねてくるとき困るし、結局何度か人が行き来したら道ができて、隠れなくなるじゃない。職人さんにも場所ばれてるしさー、ねー?」
今度はコリンが同意を求めてきた。確かにそうだと思い、ハルカがうんうんと頷くと、隣でモンタナもそれに倣う。ユーリはナギの上に乗って、どたどたと道を行ったり来たりしているので、投票なしだ。
「おい、お前らどっちの味方なんだよ」
呆れたように言うアルベルトに、モンタナは顔をそらし、ハルカは少し考える。秘密基地を作るのは面白いけれど、現実的にはまともな家も欲しい。
「あの、時間があるのですから、両方作ればいいのでは? ここに普通の家を作ってから、自分たちで秘密基地を作りましょう」
「ですですです」
隣でモンタナが何度も頷いてくれた結果、全会一致での方針が決まった。まずは拠点を作る、それから秘密基地を作る。そうと決まれば、街に戻って、協力してくれる職人を探す必要がある。オランズは林業の街なので、きっとすぐに見つけることができるはずだ。
「おおおお、ナギ、飛んだ飛んだ!」
街へ戻ろうとしたところで、頭の上からユーリの声が聞こえてくる。慌ててそちらをむくと、ナギがバタバタと地面を蹴るような足の動きをさせながら、空に浮いてゆっくりと前に進んでいた。
ナギを褒めてやりたい気持ちもあったが、それより先にユーリが心配で、ハルカは慌ててその下まで駆け寄った。
「ナギ、ゆっくり降りましょう、街に戻りますよ」
ナギはハルカのことを見下ろすが、足をバタバタさせるばかりで、全く高度を落とさない。しかしどうやら言うことを無視しているわけではなく、降り方が分からなくなっているようだった。まるで木に登って降りられなくなった猫のようだ。
ハルカは自分の足元に障壁をはって、ゆっくりとそれを上昇させる。ノクトほど自由に動き回れないが、安全性は確保できている。
ゆっくりとナギに近寄って、まずユーリを抱き上げて地面まで下ろしてやる。それからまたナギのもとへ戻って、ぐるっとその辺りを一周しながら、ゆっくりと高度を下げて着地させてやった。
いつ飛べるようになるのか心配していたが、こんなに急に飛べるようになるとは思わなかった。ナギ本人も困っていたようだが、地面に降りる頃にはすっかり飛べたことに興奮して、ギャウギャウ騒いでいた。
「驚きました」
「いや、ホントだな。体結構でかいのに、良く空なんか飛べるよな」
「そうよね、空飛んでる生き物って、結構軽いもんね」
「確かにそれは、大竜峰に行った時に思いました、不思議ですよね」
ユーリと手をつないで歩いているモンタナが、ハルカたちの会話を聞いて、珍しく自分から口を挟む。
「竜は、魔法で飛んでるですから」
「……え、そうなのか?」
「です。竜は魔法を使うのが上手です。それが他の魔物と違うところだと思ったですよ。トーチの炎も、実は火炎袋由来ではなくて、それをきっかけにした魔法です。だからトーチも結構賢いです」
モンタナの頭の上で日光浴していたトーチだったが、突然全員に注目されたことに気がつき、慌ててモンタナの袖の中に逃げ込んだ。どこから捕まえてきたのかわからないが、トーチは意外と珍しい個体なのかもしれない。
「たくさん魔法見せてあげたら、そのうちナギも魔法使えるようになるかもしれないです」
ぎゃうっと大きな鳴き声を上げたナギが、話を理解しているかはわからない。しかし、とても面白い試みであるように思えた。それからもう一つ、竜が魔法で空を飛んでいるのだとしたら、自分にも飛ぶことができるのではないか、とハルカは思う。
障壁に乗らなくても自由に空を飛べる。それは戦闘において、とてつもないアドバンテージであるように思えた。
こっそりと、足が地面から浮かぶ光景をイメージする。飛べる、飛べる、今まで空を浮遊するヒーローはたくさん見てきた。滅茶苦茶なスピードさえ出さなければ、それほど危険はないはずだ。
「でもよー、魔法使いで空飛ぶやつってあんまり話に聞いたことなくねぇ?」
「空飛ぶためには、一度に沢山魔素を変換しなきゃいけないみたいですから、人の身体だと難しいのかもしれないです……、けど」
ゆっくりとハルカの足が地面から離れたとき、異様な魔素の流動を目にしたモンタナが振り返る。
「ハルカには、できるみたいです」
「……お、ちょっと今度作戦立てなおすぞ。ハルカが飛べる前提のやつな」
「ねぇねぇ、ハルカ、今度わたし抱っこして空飛んでよ」
「別にいいですけど、しばらくは練習させてくださいね?」
仲間の反応を見て、ハルカはあまり人前で安易に飛ばなければ大丈夫かな、と判断する。つい先日常識がないことを怒られたばかりなのに、ハルカは常人の枠からまた一歩踏み出そうとしていた。