墓穴を掘るのが上手
「えー、いえ、そうですね……」
右手を顔の前でうろうろと所在なく動かす。気持ちの定まらなさに、言葉を続けられずにいたが、誰も口を挟んでこない。かなり長い間そうしてから、ハルカは諦めたように両手を自分の腿の上に置いた。
「……そうですね、私はあなたたちと出会う前日にこの世界にきました。家で眠っていたはずが、目が覚めたら森の中にいました」
「何もわからないのに、良く冒険者になろうとしたな」
「……本当は冒険者になって、街で下働きをして暮らしていこうと思っていたんですよ」
当時のことを思い出しながら話すと、コリンが何かを言いたそうに自分のことを見ているのに気がつき、慌てて話を続けた。
「でも、誘ってもらえたことが嬉しかったんですよね。冒険に行こうって言われて、ワクワクしたんです。私の世界でも、たくさんの冒険物語が描かれていて、それに憧れて育ったものですから」
隣に寝転がったコリンの頭を撫でながらハルカは笑う。自分に言い訳をして、ずっと気持ちを押し殺して生きてきたけれど、本当はこんな風に自由に生きてみたかった。目的に向けて努力できて、信頼できる仲間がいる。胸を張って、自分はこんな人間だと言えるようになりたかった。
「だから、皆さんには感謝しているんです。誘ってもらえなかったらきっと今も、街の中でただぼんやりと働いていたと思います」
自分の向かう先が分からない。
ただこのままでいいのかという、焦燥感に追われ続けた毎日。じりじりと心を焼かれ、やがてその微量の熱すら感じなくなっていく。それが当たり前だと慣れてしまい、徐々に疑問を抱かなくなる。
ふとした夜に突然襲ってくる漠然とした不安から目をそらし、物語の世界に自分を重ねて気を紛らわす。何もなさない、何にもならない、そのことにすら心が馴染んでいく。真綿で首を絞めつけられるような毎日。
「私の人生は、霧の中を、行く当てもなく、ただとぼとぼ歩いているようなものでした。そして、私はこちらに来てもそれを続けようとしていました」
変わることは怖い。二十余年、そうしてただ漫然と生きてきたのだ。世界が、体が変わったから、ではころっと生き方を変えようとはなれなかった。なりたかったのに、自分の可能性を信じられなかった。
それを無理やりに引っ張り上げてくれたのが、今の仲間たちだ。本人たちにそんな意図がなかったにせよ、彼ら以上に大切なものを見つけるのは、ハルカには難しい。言葉にしてみると、自分がどれだけ彼らを大切に思っているかを、余計に自覚してしまう。
胸に手を当てて、仲間たちへ、心の赴くままに本音を伝える。
「だから、私はあなたたちのことが大好きなんですよ。私の初めての友人で、仲間です。変な生い立ちのおじさんですが、これからも仲良くしてくれると、とても嬉しいです」
「……ん? ハルカ今なんて?」
「ええ、ですから、変な……、変なぁ…………」
ハルカは目を泳がすことすらやめて、全ての挙動を停止した。月がまんまるで、空に穴が空いたように見える。蝙蝠が数匹群れて視界を横切った。
馬鹿だ馬鹿だと自分のことを思っていたが、感極まってそれ以上馬鹿なことをしてしまった。穴を掘るので、誰か頭の上から土をかけてほしいくらいだった。
「騙す気は、無かったのですが、その。言っても信じていただけるとも思わず過ごしているうちに、これ程時間が経ってしまいました。決してやましい気持ちはなく、ただ皆さんに嫌な思いをさせたくなかっただけでして……」
「ああ! だからたまにハルカってそっち側行くんだ! やっとわかった、そういうことかー」
コリンが顔を伏せて、足をバタバタさせて笑う。
「そっちってなんだよ」
「そっちって男の子側ってこと。今回もさー、いいお部屋でベッドとお風呂楽しみだねー! って言ってたのに、アルもモン君もハルカも、拠点のことばっかり楽しみにしてさ! 私だって秘密基地みたいで好きだけど、そこまでいかないじゃん。あー、わかった、納得ー」
「なんでわかんねぇのかな、ロマンだろ、秘密基地は」
黙ってうんうんと頷くモンタナを見ながら、ハルカは拍子抜けして体の力を抜いた。モンタナが身を寄せてきて、ハルカを横目で見あげた。
「わかってるですよ。ハルカが優しくて、下心なんてないこと。コリンと一緒の部屋になるとき、いつも困ってたこと。だから心配いらないです。ハルカはハルカで、僕たちの仲間です」
そう言ってハルカの手を取って、右手をコリンの頭の上に、左手を自分の頭の上に置いて、ほんの少し微笑んだ。
「だから、今まで通りでいいです。ハルカに撫でてもらうのは、気持ちがいいですから。……すっきりしたです?」
ぎこちなく両手を動かして二人を撫で始めると、モンタナがハルカにしか聞こえないような小さな声で問いかけてくる。いつかの話から気にしてくれていたのかもしれない。頷くと、尻尾がふぁさっと動いてハルカの背中に当たった。
「ま、よくわかんねーけど、色々あるんだな、ハルカにも」
服を着たアルベルトが雑なまとめ方をして寝転がる。動いていたせいで体が火照っているのか、ナギにはくっついていない。
「ええ、まあ……。それと私は実年齢は四十四歳になるんですよ。若者みたいな顔してたのに、恥ずかしいですね」
「それは嘘でしょ」
「さばよむな」
コリンとアルベルトに間髪容れずに否定される。
「流石にねー、私たちと同じくらいか少し年上くらいでしょー」
「だよな。そんな嘘つかなくても、ハルカが一番年上なのはわかったっての」
「も、モンタナ。私嘘ついてないですよ? ね? モンタナならわかりますもんね?」
すがるようにモンタナに話を振ってみた。
「……です」
「モンタナ……?」
しかし、当の本人は、ハルカの腿を枕にすると、一言発して目を閉じてしまう。
「えぇ……。本当に、私、いい年をしたおじさんなんですよ……?」
仲間たちに適当に流されたハルカのぼやきは、冬の夜空へ吸い込まれるように消えていくのだった。