口が滑って
「私って、もしかして常識ないんですかねぇ」
ナギに寄りかかったハルカがぽつりとつぶやく。ユーリは既に眠った後で、聞いているのは仲間三人だ。
ハルカも、ナギのおかげで背中が温かく、少しうとうとし始めていた。半分夢の中で、今日のことを考えていて、思わず漏れた心の声だった。
モンタナが尻尾でハルカの手を撫でて、コリンがさっと目をそらす。
「ないだろ、普通に」
いつも仲間より長く訓練しているアルベルトは、素振りをしながら、ハルカの言葉を切り捨てた。
「最初からなかったし、常識覚えてきたと思ったら、今度はじじいに雰囲気似てきたからな。あいつほど異常じゃねぇけど」
「そうですか。……そうですよねぇ、なんかそんな気がしていたんです」
ハルカは自分に言い聞かせるように、同じ言葉を繰り返し、そのたび少しずつ落ち込んだ。しかし当然だという思いもある。
何せこの世界に来てからというもの、毎日新しいことの連続で、それに慣れることで精一杯だったのだ。しかもどうやら冒険者というのはこの世界に住む人の中でも、それほど数が多くはないらしい。親から子へ引き継ぐような仕事がある場合、わざわざ命を張る仕事に就こうとは思わないからだ。
大家族の下の方だったり、身寄りがなかったり、自立心が異常に強かったり、名誉欲があったり、目的があったり、とにかく普通ではないものが冒険者になる。
冒険者の普通は世間の普通ではない。上級冒険者の常識は、当然ながら一般の人たちの非常識だ。なんとなく気がついてはいたのに、ネジが緩み切っていたらしく、ついに怒られてしまった。
反省である。
「でもよー、別にいいんじゃねぇの」
剣を納めたアルベルトは、ハルカたちのすぐそばに腰を下ろす。
「だって、俺たち冒険者だろ。今更別の仕事するのかよ?」
「いえ、おそらく冒険者は続けると思います」
「だろ、じゃあいいじゃんか。ハルカ、水出してくれ、水」
言われるがままに大きな水球を出してやると、アルベルトは服を脱いで、体を手ぬぐいで拭き始めた。
男らしいしっかりとした体つきをしている。
ハルカはこの体になる前も、アルベルトのように引き締まった体を持っていたことがないので、素直に羨ましかった。
アルベルトの体つきをぼーっと見ながら、ハルカはそういえば自分が記憶喪失だと主張したまま、本当のことを話していなかったのを思い出した。
しかし今更改まって話すことでもないようにも思える。さらっと話してしまおうと思い、ハルカは口を開いた。
「今更なんですけどね、私実は記憶喪失ではないんですよ」
「おう」
「うん」
「知ってるです」
「……あれ?」
もう少し驚くとか何かあると思ったのだが、全くそんなことがない。自分が忘れているだけで、どこかで話しただろうかと、ハルカは首を傾げた。話していたような気もする。朦朧とした意識だと、いまひとつ思い出せない。
「だってハルカさー、たまに昔はとか、はじめてとか、言うじゃん。ってことは、昔のこと覚えてるってことでしょ」
「あ、ああ、そうなりますか。気をつけていたつもりなんですけど」
「でもなんも言わないから、言いたくないのかなーって思ってたんだよねー」
「あ、はい。なんであそこにいたかはわからないので。自分でもよくわかっていないことをお伝えしても混乱させるかなと。……それから、まぁ、嘘をついていたことで、嫌われたくないという気持ちも」
最後にポロリと本音が漏れる。完全に油断しきっているが、本人はまだそれに気がつかない。
「じゃあなんで、今言ったのー?」
地面に寝転がったコリンに尋ねられて、ハルカはまた答える。
「そんなことでは、嫌われないのではないかと、思ったんです。あ、いえ、随分前から思ってはいたんですが、機会がなく、今日になってしまっただけなんですが」
「ふーん、へー、信用してポロッと話しちゃったってことね」
「……まぁ、そうなるんでしょうか」
コリンのにやにやとした表情を見て、これは後からからかわれそうだと思う。変に秘密にしていた自分のせいなので、仕方ない。
モンタナが、手元の作業をやめて顔を上げた。
「じゃあ、そのうち故郷行くですか?」
「あぁ、故郷。いいえ、それはないですよ」
「行きたくないんです?」
「特別帰りたいわけではないというのもあるんですが、そもそもこの世界の人じゃないですからねぇ。だから、帰れないというか、帰り方がわからないというか……。ですのでその辺りはお気遣いなく……」
話を続けているうちに、三人がじっと自分の方を見ているのに気づき、ハルカは口を閉じた。「あ」と間抜けな声をあげて、言うつもりがなかったことまで話していたのに気づく。
どっどっど、と心臓が早鐘をうちはじめ、ハルカの頭が覚醒し始める。
「あ、あー、あ。今のなしにしましょう」
「いや、流石に無理だろ」
ハルカの意見は今回もやっぱり、アルベルトにバッサリと切り捨てられる。ハルカは額に手をあてて、せめて性別が違うことだけは話さないでおこうと、考える。
今までも気を使ってきたつもりではあるが、知ってしまえば、コリンや許嫁のアルベルトは嫌な思いをするかもしれない。
卑怯者である気はするけれど、彼らが自分のせいで傷つく姿は絶対に見たくなかった。