なぜか野宿
久しぶりに訪れたオランズの冒険者ギルドは、前来た時とそう変わっていなかった。受付には今日も人が並んでいて、依頼の報告をしている。多くは六級以下の、街の仕事をしている冒険者だ。年の若いものは、話が終わると、そのまま横を通り抜け、ギルドの宿舎へと向かっていく。
ハルカたちは大人しく列の最後尾に並んで、順番を待った。せっかくだからと、最初の遠征依頼をくれた、ドロテの列に並んでいる。
ドロテは途中でハルカたちの姿に気がついたようだったが、一瞥しただけで、淡々と仕事をこなしていく。
間もなく順番が回ってきて、ハルカたちの番になると、先に受付から声がかけられた。
「随分長い旅でしたね。道中で完遂した依頼票を提出してください。連絡が来ている物と照合しますので」
「はい、じゃあこれお願いします!」
コリンが束にした依頼票を差し出すと、さっと目を通して、すぐに束を整えた。
「依頼者が、随分と豪華ですね。疑っているわけではありませんが、本当にこれは全て本物なのですよね?」
「疑ってんじゃねぇか、それ」
突っ込みの言葉にドロテは首をゆっくりと振った。
「確認したくもなります。……いえ、失礼な話ですね。確かに受け付けました。結果は明日……、いえ、明後日までには出します。しばらく街にいるんでしょう?」
「はい、そのつもりです。仕事は……、すぐにはしないかもしれませんが、二日後には顔を出しに来ると思います」
「はい、そうしてください。……それはそうと、竜をギルド内にいれるのはやめてくださいね」
普通に注意をされてしまった。ギルドに入る前に、コリンには一応止められていたのだ。皆が怖がるからやめたほうがいいんじゃないかと。
しかしそうすると、誰かが外で待っていなければいけなくなる。きちんと言うことを聞くし、鳴き声さえあげさせなければ大丈夫だろうと判断したのはハルカである。ちなみにアルベルトは好きにしろ、モンタナは無言だった。
ユーリはほぼすべての場合において、ハルカの意見を尊重するので、得票数には入れられない。
「でも、外に待たせておくのは……」
「竜を、ギルドに、入れないでください」
「……すみませんでした、以後気を付けます」
言い訳をしようとしたハルカに、ドロテはさらに念を入れて注意する。当たり前のことだった。すでに小型飛竜の大きさを超え、そろそろ中型飛竜に差し迫ろうというサイズだ。中型飛竜の一般的な戦闘能力想定は、三から二級冒険者相当になる。
賢く、人と共に生活することも多いため、街中にいれることもあるが、竜は魔物なのだ。放し飼いにしているのはあまりに非常識だった。
竜便だって、特定の着陸区域が定められており、勝手に街中をうろうろしたりはしない。誰かが注意しなければいけないことだった。
ドロテが注意したことに、下位の冒険者一同は、心の中で喝采を送っていた。もちろんそれは外には出さない。竜を飼いならしている冒険者に、文句を言う度胸なんてないからだ。
まして相手は【耽溺の魔女】だ。誰も好きこのんで陸で溺れたくはなかった。
「まぁ、それは今後気を付けてくれればいいです。……明後日の結果、楽しみにしていていいと思いますよ」
ちゃんと反省している姿が見えたからか、ドロテは話を切り上げて、立ち上がる。依頼票の束を手に取って、そのまま奥に引っ込むのかと思いきや、最後にそれだけ言って姿を消した。
「……何級になるですかね」
空気を換えようとしたのか、モンタナが呟く。アルベルトがそれに便乗して、浮かれた声で答えた。
「もしかして、一級になるかもしれねーぞ」
ちなみにこれは本当にただ浮かれてるだけで、雰囲気を変えようとか、ハルカに元気を出させようとか、そういった意図はなさそうだ。
「いやー、流石にそれはないんじゃないかなぁ、ね、ハルカ?」
「え……。……そうですねぇ、でも、まるで動かないってこともないでしょう? 三級ですかね」
「いや、それはねーだろ」
手を頭の後ろで組みながら歩くアルベルトは、上機嫌でハルカの予想を否定した。あーだこーだと言いながらギルドの外まで出ていって、ふと一行は足を止める。
「今日、どこに泊まるんだっけ?」
「前のとこでいいんじゃね?」
「あそこ、ナギを泊める場所ないです」
「……どっか、竜が泊まれそうな宿って、ありますか?」
三人が沈黙して頭を悩ませる中、モンタナだけはもう諦めたように、ナギの背中をすりすりと撫でてやっている。適材適所というやつで、モンタナは街のことをあまり気にしたことがなかったので、考えたところでどうせ思いつかないのは分かっていた。
「思いつきません」
「馬小屋ならあるけどな」
「……強いてあげるなら、私の実家とか?」
深刻そうな表情をする三人を置いて、モンタナは大通りを先に歩き出した。
「食べ物買って、街の外に泊まればいいだけです。ついでに、斜陽の森に向かって、拠点建てる候補地探すですよ」
「お、いいな。よし、そうするか」
「確かに……、候補地探しは楽しそうですね」
三人が宿と交渉することを放棄して、早々に野宿に意見が傾く中、コリンだけは口を尖らせた。
「えええー、ふかふかのベッドに寝れると思ってたのにー!」
「ま、いいじゃんか。行こうぜ」
「です、拠点候補地探すです」
あまり表情に出すことはないが、どうやらモンタナは拠点づくりを結構楽しみにしているようだ。足取りが軽く、尻尾もご機嫌に揺れている。
少年二人が、さっさと歩きだしてしまった中、少しふくれっ面なコリンの顔を見ながら、ハルカは機嫌を取る方法を考えていた。