日常会話
国に戻ってくるまでに、仲間たちと相談して決めたことがある。それは、街にいる間、チームとしての拠点をどこに構えるかだ。
資金は十分にあるから、空き家を借りたり家を建てたりする分には問題ないのだが、そうなると、ナギが窮屈な思いをすることになる。周りに住む人たちだって、隣の家からドラゴンの顔がのぞいたり、ご機嫌な鳴き声が聞こえてきたら恐ろしいに違いない。
また、ユーリが捜索されているという問題もある。街中に拠点を構えておけば、知人たちによって守ってもらえることも増えるかもしれない。しかし逆にいえば、強硬手段に出られた時に、関係のない人々を巻き込む結果にもなる。
結果出した答えは、オランズの街の外、斜陽の森付近に、拠点を構えるというものだ。斜陽の森であれば、ナギの食事を確保するのも簡単だし、街までは一時間程度だ。通勤時間と考えれば、ハルカにとって日本にいた頃と大して変わらない。
長いこと旅をして野宿を繰り返してきたおかげで、街に住んでいなくても不便には思わなくなってしまった。魔物が出たところで、一人で対処できないものもいない。せっかくだから伝手を辿って直接大工にお願いして、大きな家を作ってもらおうということになったのだ。
拠点を持ってしまうと、長く旅に出るのが難しくなるという考え方もある。しかしハルカたちはそれについては深く考えないことにしていた。どこか遠出をするときには、仲良くなった木こりたちや、森に用事のある冒険者の宿泊所にでも使ってもらえばいい。いちいち街に戻らなくて済む分、きっと仕事もはかどることだろう。
そんなわけで、拠点を作る大体の位置は決まったのだが、だからと現時点ではそこには何もない。街の冒険者ギルドに顔を出さなければいけないし、挨拶をしたい人たちもいる。結局一度は街に戻ることには違いなかった。
関所を越えてさらに五日。
オランズの街が見えてきて、気持ち足早になる仲間たち。実は初めて街を訪れるユーリとナギは興味津々で、一緒に首を伸ばしている。その動きがなんとなくシンクロしているように見えて、ハルカは笑う。まるで兄弟のように見えた。
大きな門の前まで来ると、馴染みのある顔立ちの冒険者が、恐る恐る遠くから声をかけてくる。
「お、おーい。久しぶりだな! その、横にいるでかい竜は飛竜だろ? お前らが飼ってるのか? 安全なんだろうな!」
オランズの街の門番は、信頼のある冒険者が請け負うことが多い。実力はともかく、その人柄と真面目さは保証されている。
「なんだ、ノルドのおっさん、びびってんのか?」
アルベルトがケラケラと笑いながら言い返すと、四十路前のその男は胸を張って、真面目腐った顔をして返事する。
「馬鹿いえ。俺はお前が喧嘩してビービー泣いてた頃から冒険者だったんだぞ。お前みたいなガキが連れてきた竜なんかにビビるもんか。……そんで、実際のとこどうなんだ、ハルカさん。そいつは、暴れないのかね?」
「ええ、大丈夫ですよノルドさん。ナギって言います。よくいうことを聞くいい子です。撫でてみますか?」
ハルカが答えると、ノルドは恐る恐る距離を詰めてくる。ナギも雰囲気を察したのか、ぺたっと地面に伏せて、視線だけで男の動きを追いかける。
ノルドは手の届くギリギリのところでしゃがみ込むと、ナギと目を合わせて小さな声で話しかける。
「俺は、なんだ、こいつらとは仲がいいんだ。頼むから噛みついてくれるなよ」
恐る恐る伸ばされた手が、ナギの頭にちょんと触れて、すぐに引っ込んだ。それでもナギは動かない。ここに来るまでに、街の門番と触れ合う時にどうしたらいいか教え込んだ甲斐があった。ハルカは心の中でガッツポーズだ。
「な、なんだ。本当に大人しいな。……よくみりゃ、賢そうな目をしてる。うん、そうか、大丈夫なんだな。な、ナギくん、いい子だから街では大人しくしているんだぞ」
話しかけられたと判断したのか、ナギは小さくギャウっと鳴いた。ノルドは驚いて、数歩後退さる。しかしそれ以上何もしてこないことが分かると、のどを整えるように鳴らして、場を誤魔化した。
「……よしっ! 返事ができるなんて、いい子だな!」
「だから最初っからそう言ってんだろ、入っていいのかよ」
「よし、入れ。ただし何かあったらお前らのせいになるから、ちゃんとナギのことを見ていてやるんだぞ」
道を空けてもらい、街の大通りをまっすぐ歩いて入っていく。ユーリについてはまたもや詳しく問われなかった。もしかしたらナギがいることは、本当にいい隠れ蓑になっているのかもしれない。
街の中を歩くと、知り合いが声をかけようとして、ナギの姿を見て固まることが何度もあった。いちいち止まっていると、今日中に冒険者ギルドにたどり着きそうにないので、手だけ振って通り過ぎる。
しばらく歩いて、冒険者ギルドが見えてきたころ、正面から見覚えのある金髪を大胆にカールさせたお嬢様が歩いてくる。ナギの存在に殆どの人が道を空けているのに、どこ吹く風でまっすぐハルカに向けて突っ込んでくるのは彼女くらいだろう。
わざとらしくよそ見をして、そのまま胸に顔をうずめてこようとしたので、肩を掴んで動きを止める。
「……お久しぶりです、ヴィーチェ」
「あら、あらあら、帰ってきてましたのね。気づきませんでしたわ! 早々に出会えるなんて、きっとこれは運命ですのね」
「いいえ、ヴィーチェが会いに来てくれたからだと思います。わざわざありがとうございます」
ヴィーチェはじたじたと足を動かして、抱き着こうとしていたのをやめて、首をかしげる。ハルカの顔をじっと見つめ、にこーっと笑った。
「随分と成長したみたいですわね。私、前のハルカさんも好きでしたけど、今のハルカさんも好きですわ」
「……ありがとうございます」
「では、一度手を離してみませんこと? 感動のハグがまだでしてよ」
「いいえ、このまま冒険者ギルドへ向かいますので。はい、ヴィーチェも前を向いて歩いてください」
「仕方ありませんわね」
しぶしぶ了承したヴィーチェを離すと、ハルカの方を向いたまま、後ろ向きに歩き始める。ヴィーチェほどの冒険者がそれで転ぶとも思えないが、落ち着かないのでやめてほしかった。
「かわいいお仲間も増えましたのね。ヴィーチェ=ヴァレーリですのよ、お名前を教えてくださる?」
目元だけ出していたユーリは、にゅっと顔全体を出して頭を下げた。
「ユーリです。こっちはナギ」
「ありがとうぞんじます。……ところでこの子たち、女の子ですの?」
「……ユーリは男の子で、ナギは女の子です」
「そうですの! ナギちゃん、将来有望ですわね!」
「一応、うちの子なので目をつけるのやめていただけますか?」
節操ない発言をするヴィーチェに対して、ハルカは呆れて半目になりながら忠告をする。
しかしこんなやり取りも、なんだか懐かしくはある。ハルカにとってヴィーチェとの会話は、すっかり街での日常の一部になっていたようだ。