故郷の土
翌日の朝、ラウドたちと別れるまでの間、ハルカは殆ど話をすることがなかった。攻撃的な言動をしてしまった相手に対して、かける言葉が何も思いつかなかったのだ。
アルベルトのように殴り合いをした、事が済んだらお友達、みたいなことはできない。喧嘩をしたこともろくにないハルカは、うまくいかなくなった相手との関係修復の方法がよくわからなかった。
ラウドは勝手にべらべらと情報を吐き出し続けてくれたからまだよかったのだ。夜のうちに約束した、髪染めもくれたし、なんなら迷惑料も払ってくれた。ただ、アイーシャとはその後一度も会話ができないままでの別れとなってしまった。
互いに何か言おうとして、視線を向けることはあるのだが、結局会話までは至らない。本当は自分の方から歩み寄る必要があるのは分かっていたのに、結局声をかけることができなかった。
ラウドはいつかまたハルカたちに会うこと前提で、色々な話をしていたので、再会できた時にはきっと自分から声をかけよう。別れてから太陽が中天に昇るまで、悶々と考え続けて出した答えがそれだった。
ラウドから次々勝手に吐き出された情報によれば、公爵領では相変わらず竜を集めているらしい。立ち寄れば無理やりにでもナギを買取にくるであろうから、避けたほうがいいと助言をもらった。
そんなわけで、半月ほどは大きな道を避けて進んでいくことになる。魔物も賊も、それほど恐れる必要がなくなった以上、大通りを避けるデメリットはない。むしろナギのご飯を確保しなければいけないので、主要な道は避けたほうがいいくらいだ。
そんなわけで、ハルカたちは悠々と森の中の小道を歩く。
日中はとにかく距離を稼ぎ、日が沈み切る前に野営の準備。接近戦の訓練をした後に、それぞれ個人での訓練をして、夜はぐっすり眠る。
ハルカはノクトとの訓練を経て、今は魔法の発動範囲と威力を直感的に制御する訓練をしていた。とにかく夜になると一人で魔法を発動させ続ける。人を巻き込むのは困るので、モンタナに確認して、まずある程度の範囲を更地にする。そしてその中に収まるように、範囲に影響を及ぼす魔法を使うのだ。
しばらく視認しながら練習して、慣れてきたら背中を向けて発動する。
必ず同じ範囲、同じ威力で発動できる魔法というのは、それだけで使い勝手がいいのだ。仲間だって、それを想定した戦いができるようになる。
魔法がある程度定型化してるのは、もしかしたらそんな理由もあるのかもしれないと、最近では思っている。そういう視点で考えれば、確かに基本の魔法は極めて使い勝手がいいのだ。ハルカの目指すところは『すごい魔法が使える』だけではなく『魔法を使いこなすことができる』であった。
目標をもって訓練を積むのは楽しく、アルベルトが毎日のように素振りを繰り返すわけが、ようやく理解できた気がしている今日この頃だ。
森の切れ目に差し掛かるころに、ユーリに、ラウドから貰った髪染めを使ってみた。目の色まではどうにもできないが、髪色はよくいる明るい茶色になって、悪目立ちはしなくなる。
ハルカの容姿がよく目立つ。そしてその横で空を飛ばずに歩き続けるナギも、間違いなく目立つ。他に目を引くものがたくさんあれば、子供の瞳にまで注目して探りを入れてくるものは、きっと少ないはずだ。
ハルカは夜な夜なナギに「怪しい人がいたら、まず威嚇するんですよ」と言い聞かせて、声を上げさせる練習もした。ナギも理解しているのかしていないのか、真面目に練習に取り組んだ結果、普段よりも低く、よく震える鳴き声を出すことができるようになった。
仲間たちは妙な芸を覚えさせているなと思い、その光景を微笑ましく見守っていたが、本人たちはいたって真面目だ。
実際のところ、大人が乗れるほどの大きさの竜が、低い声で威嚇をしてきたら、恐ろしくて仕方がないだろう。ハルカたち一行は、卵の頃からナギを見守っているし、普段から間抜けに眠っている姿も目にしているから、その感覚が分からない。
関所で、恐る恐るナギの見た目を褒めてくれた兵士に対して、その威力は初めて発揮された。ハルカたちの行く先を遮り、何か緊張した面持ちで話しかけてきた兵士のことを、ナギは「怪しい人」と判断し、ここぞとばかりに恐ろしい鳴き声を上げたのだ。
当人は腰を抜かし、他の場所にいた兵士がぞろぞろと腰が引けたまま集まってきたところで、ハルカは顔を青ざめさせて、ナギの口を両手で押さえて言い訳をした。
「あ、暴れたりしないので大丈夫です。本当にいい子なので、ほら、何もしないでしょう。ナギ、口をあけて」
素直に言うことを聞いてあんぐりと口を開けると、肉食動物の鋭い歯が見えて、兵士たちはさらに腰が引ける。そんなことには気づかずに、ハルカは口の中に手を入れて「ほら、噛まないでしょう。あ、撫でてみますか?」と提案をする。
兵士たちが、もう大丈夫だから、信用するからというまで、その問答は続いた。ハルカの言うことを聞いただけなのに、しばらく口を開けっ放しにさせられたナギはとんだとばっちりだ。
後ろにいた仲間たちは、ユーリも含めて声を殺して笑っていたが、まぁトラブルには違いなかった。
そんなことがあって、またすこしぐったりとしながらも、ハルカたちは実に九ヶ月ぶりに、【独立商業都市国家プレイヌ】の土を踏むこととなったのである。