朴念仁
アイーシャから、森に入っていった二人のことを待たなくていいのかと尋ねられた。モンタナがいれば大丈夫だろうと思いながらも、地面に書き置きを残していると、茂みが揺れて、二人が道に戻ってきた。
「お、本当に移動してるな。収穫はねぇけど、まあいいか」
どうやらモンタナがこちらの様子に気づき、戻ってきてくれたらしい。
「今日は先ほどの商人さんが、ご馳走してくれるそうですよ」
「それで向きを変えたですか」
「ええ、少し進んだ所に、野営できる場所があるそうです」
「ついたらナギのご飯探すですか」
「そろそろ自分でも狩りができるようになるといいんですが。好きに走り回らせて、人と出会っても困りますよね」
「体が大きいから、普通の狩りには向かないです」
「しばらくはモンタナに任せるしかないですか」
そんな雑談をしながら馬車を追っていたが、話が途切れたところで、アイーシャが口を開く。
「森の中にいたのに、どうして急に戻ってこれたんだ? 何か手段があるのか?」
ハルカとモンタナは顔を見合わせる。ハルカが首を振ると、モンタナがアイーシャの方を向いて一言答えた。
「秘密です」
「あ、ああ、そうか。そうだな、冒険者の秘密を聞き出すなんて失礼だな、悪かった」
「いいですよ」
モンタナはすました顔をしてそう言って、それきり何も喋らない。今度は、束の間の沈黙に気を使ったハルカが口を開いた。
「私たち、冒険者だとわかりますか?」
「逆にきくが、冒険者じゃなきゃなんだっていうんだい? 歳は若いようだけど、駆け出しって感じでもない。中途半端な腕しかないような奴らが、竜なんて連れて歩くもんか。プレイヌの冒険者じゃないのか? あそこは竜関係の話には強いってきくよ。うちのバカ旦那もよく立ち寄ってる」
「確かに国としてはプレイヌですが、プレイヌの都出身ではありません。そちらの商人さんこそ、年がお若いのに、大きな商売をされてそうですね」
「確かに腕は確かさ。でも、あの竜バカなとこだけは、なんとかならないもんかね」
アイーシャはふん、と鼻を鳴らし、バカにしたような口調ながらも、どこか誇らしげに話す。イラつくことはあれど、基本的にはいい雇用主なのだろう。
こういった正直そうな人の反応を見ると、なんとなく商人の人となりもわかってくる。ある程度の信用はおいてもよさそうな相手だとハルカは思った。
少し遅れて広場に着くと、アイーシャ以外の護衛者と、従者と思われる人たちが、すでに夜営の準備を始めていた。
当の本人は、ウキウキ顔で、塩漬けの肉を吟味している。もしかしたらあれはナギに食べさせるつもりなのかもしれない。しっかりと味付けされているように見えるそれは、なんとなくナギの体にはよくないような気もする。
どうしたものかなと思いながら見守っていると、そのうちの一つを選んだラウドは、ナギの方へは来ずに、焚き火を準備している従者の方へそれを持っていった。
どうやらみんなの食事のために出してくれていただけらしい。随分と浮かれた顔をしていたので、勘違いしてしまった。てっきりナギのことばかり気にして、ハルカたちのことはついでくらいの感覚だと思っていたのだが、ちゃんと歓迎してくれる気はあるらしい。
ハルカたちが追いついたことに気づいたラウドは、変わらず笑顔のまま近寄ってくるのだったが、やはり視線はナギの方にずっと固定されている。ナギはやはりそれが嫌なのか、今度はユーリのベッドの後ろにすっぽりと隠れてしまった。
「あれま、また隠れられちゃったかぁ。うーん、どうしてだろう、ね、坊や」
ベッドの縁につかまって立ち上がっていたユーリに話しかけるように、ラウドはつぶやいた。見た目の年齢を考えれば、まともな返答が戻ってくるはずもないから、これはおそらく独り言のつもりだったはずだ。しかし、しっかりと意味を理解していたユーリは、その質問にちゃんと答える。
「おじさんが、ナギのことを好きなんじゃなくて、竜のことを好きだから、ナギはやだって」
「ん、んん? このこ、すごいね。こんなにはっきりと返事ができるのか。……いやでも、好きには違いないじゃないか。何がいけないんだろうね」
少し驚いてから、すぐに立ち直ったラウドは、少し拗ねたように続けた。見た目からすると、ユーリとは対照的に、かなり子供っぽい反応だ。
「ラウド、あんたそういうとこは本当にダメだよな。子供に諭されて拗ねてんじゃないよ」
「アイーシャ、だって私はちゃんと竜が好きだよ?」
「バカだバカだと言っていたが、本当にあんたはバカだね。もうちょっと考えてものを言いな」
呆れたアイーシャはその場を離れて、夜営の準備を手伝いに行ってしまう。ラウドは心底不思議そうに首を傾げて、つぶやいた。
「私、なんか悪いこと言いましたかねぇ、坊ちゃん」
話を振られたユーリは、ベッドの縁に頭を引っ込めて、目だけ出した状態で、返事するのをやめた。ハルカはそれを見て、苦笑しながらベッドを動かし、自分の後ろに移動させる。ベッドが動くとそれに合わせて、バタバタとナギもハルカの後ろへ移動した。
どうやらユーリはこのラウドという人物に苦手意識を持ってしまったらしい。確かに人付き合いにおいては少し難がある人物ではあるようだった。
「うーん、何がいけなかったんですかね?」
助けを求めるような視線を送ってきたラウドに、ハルカが曖昧に笑う。するとその視線はそのままコリンの方へ移動する。
コリンは大袈裟に首を振ってため息をついた。
「ラウドさんって、人のこと好きになったことないでしょ」
「いやいやそんな、私は基本的に人のことは好きですよ」
「ほら、やっぱり。ラウドさんの好き、は特定の相手を認めてないからダメなのよね。ナギが好き、じゃなくて、竜が好き。人も一緒なんだろうなー、アイーシャさんが好き、じゃなくて人が好き。あーあ、周りの人は大変だなー。ね、ハルカ?」
「私に話を振らないでください」
さっとハルカが視線を逸らすも、ラウドはいまだに首を傾げている。「それ何が違うんですかね」と言っているから重症だ。
ハルカは思う。
このラウドという人物はきっと敏腕で、稼ぎの良い人物なのだろう。しかし人として付き合うのには、少し難がありそうな人物であると。