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おくる

 四人は揃って訓練場の隅へ向かって、手入れされた芝生の上に腰を下ろした。反対側からは、ゴードンがユーリと歩幅を合わせながらゆっくり近づいてきている。

 ハルカがすっかり意気消沈しているのをみて、ノクトは苦笑した。今回の反省点と宿題について話そうと口を開いた瞬間、アルベルトがずいっと体を乗り出して、それを止める。


「ちょっと俺たちで考える。おい、ハルカ。さっきのどうしたら勝てたか考えるぞ」


 文句を言うのではなくて、一緒に成長することを選んだらしいことに、ノクトは感心した。甘やかすばかりではないと、安心したと言い換えることもできる。

 モンタナからは相変わらずジトッとした視線を向けられていたが、彼もまた口からふーっと息を漏らすと、アルベルトの方に向き直った。


「じゃあ話が始まる前に、いくつか言っておきます。ハルカさん、大切なのは、これからどうするかです。結果は気にしないでください。今回の訓練を経て、あなたがどう成長するかが大切です。僕は、ここから先、ついていきませんからね。次会う時までに、もっともっと、強かになっていてください。ただまあ、その心根は大事にしましょう。僕はあなたを弟子にとったことを後悔していません、もっと自信を持ちなさい」


 ハルカが顔を上げて、驚く。話すノクトは、いつものような笑顔ではなく、真面目な顔をして目を細めていた。無条件で全部信じていいような、そんな穏やかな話し方だ。


「それからアル君。君は他の仲間たちの成長を見て、焦っている節が見られます。僕に言わせれば、君は決して他の仲間に後れをとってなんかいません。成長の方向も間違っていないでしょう。強いて何か言うのであれば、素直すぎるというくらいでしょうか。剣技についてアドバイスすることは難しいですが、いつかそのうち、クダンさんが戦うところを見せてあげますので、楽しみにしていてください」


 アルベルトもまた、複雑な表情で話を聞いていた。口を挟んでいい場面でないと、なんとなく察して、黙ってノクトを見つめる。

 訓練場の方で大きな音がして、一瞬全員がそちらに目を奪われる。コリンが右手を振って、少し痛そうにしていた。

 ヒビが入ったとか、すごい、とか聞こえてくる。しかしノクトがちょいちょい、と指を振ると、すぐに落胆の声が上がった。どうやらヒビを塞いでしまったらしい。

 コリンが肩をすくめて、手をぷらぷらさせながら、ハルカたちの方へ歩いてくるのが見えた。

 ノクトは気を取り直して、今度はモンタナに向けて話しかける。


「モン君、君は賢く聡いです。ただ、もう少し勇気を出してみると、もっと人との関係が広がるでしょう。性格的にそれを望んでいないかもしれませんが、たまには冒険してみるのも悪くないですよ。あと、お願いする必要もないと思いますが、僕の弟子は心が繊細なので、これからも気にしてあげてください。もう一つ、一応伝えておきます。あなたはおそらく私と血のつながりがあるでしょう。どこの誰の子かまでは分かりませんけれどね。いつか出会うことがあって、困っているようだったら、私を紹介してください。できる限り力になりましょう。冒険者なのですから、探す手伝いは必要ないでしょう?」

「……です」

「そうでしょうね」


 モンタナは一言だけで返事をする。ノクトが本音で話していることは、ここにいる誰よりも理解していたし、いつもと違うその優しさが照れ臭かった。

 ユーリのパタパタと歩く音が聞こえてくる。

 ハルカの横に、滑り込むようにして座ったユーリは、キョロキョロとして場の雰囲気を察したのか、ノクトの方をじっとみた。


「ユーリにもお話をしておきましょうか。ユーリ、困ったことがあったら、僕のとこに来るといいですよ。それから、もっともっとハルカさんたちに甘えなさい。君は、愛されています。僕もユーリのことが大好きですからね」


 ユーリはゆっくりと立ち上がって、ノクトの方へ歩いていき、その膝の上に座った。ノクトはユーリのお腹を片手で支えて、ゆっくりと頭を撫でてやる。

 そこへコリンが歩いてきて、静かな場の雰囲気に戸惑いながらも声をかけてくる。


「あの、ヒビ入ったけど、賞金もらえるのかな?」

「割れてないのでダメです」

「だめかぁ。あ、ハルカは元気に……、なってるみたいだね」


 そのまま地面に座ったコリンは、ハルカの顔を見て、笑った。お金は欲しかったけれど、ハルカのことももちろん心配していたのだ。


「さて、コリンさんにも話しておきましょう」

「え、なになに」

「いえ、そろそろお別れですから、年寄りから色々と言葉を送ってたんですよ。でもあなたには、そんなに言うことはないんですよねぇ。女の子の方が成長が早いって言うのは本当ですね。ああ、でも、ハルカさんは悩みが多いみたいですが。あなたは自由に生きなさい。どこにいても重宝される才能があるように思えますが、きっとこの仲間たちのそばが、あなたの才能が一番求められる場ですよ」

「え、あ、はい! 好きに生きます! え、何、お別れなの? てっきりノクトさん、これからもついてくるのかなぁ、って気がしてたんだけど……」


 ノクトはちらりと、ゴードンの方を窺ってから、口元に指を立てて「秘密ですよ」と言う。ゴードンはため息をついて一言「ダグラスはかわいそうだなぁ」とぼやいた。


「しばらくの間、そうですねぇ、身の程知らずな間者を片付けて、お馬鹿な子たちを叱って、落ち着いた頃には追いかけますよ。君たちの成長を見るのは面白いですからねぇ」

「やっぱりね、そうだと思った」


 腰に手を当てて、笑ったコリンにつられて、全員が笑う。ユーリは寂しそうに口を尖らせてはいたが、ノクトに脇腹をくすぐられて、その顔を綻ばせた。


「よし、じゃあ、じじいの悪巧みを聞いたところで、対じじい戦の反省会するぞ。ハルカ一人で、どうやったら勝てたか。あと、俺たちチームで動いてたら、どうすればいいかだ!」

「うんうん、存分に話し合ってくださいね」

「余裕出しやがって。そのうち驚かせてやるからな」

「はぁい、楽しみにしてますよ。ささぁ、どうぞ話し合ってください」


 ユーリのことを撫でながら、ノクトはいつもの通り、悪戯っぽく笑う。


 ああ、この人に師事してよかった。

 ハルカは、ノクトからもらった言葉を噛み締める。じっくりとその余韻を味わっていたかったが、アルベルトに、先ほどの訓練について話すようせっつかれる。


 ハルカは苦笑しながらも、訓練中に見たこと感じたことを、仲間に共有し始めるのであった。

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