戦い方
ナギが積み上げた石を倒して、慌ててハルカの下へ逃げてきた頃に、訓練は終わりを迎えた。全員が大きな怪我を負うことなく終えることができたのは、仲間たちの実力が向上したという証左だろう。
この旅に出る前であったら、いい勝負をするような相手もいたはずだ。ノクトと旅したこの半年間は、仲間たちの実力を飛躍的に向上させていた。
しかしそれは、ハルカだって同様だ。魔法のコントロールが上手くなり、相手の実力がある程度わかる目が養われた。接近戦の基礎も学んだし、何より、戦うための覚悟ができた。
少し遠くでノクトが新人たちに何かを話している。ノクトのことだからこういう場面で、外すようなことはないはずだ。
新人たちが目を輝かせて話を聞いているのが、遠目からでもわかった。
ノクトの指示に従って、全員が端に寄り、訓練場がからになった。
「ハルカさん、ちょっとこちらへ」
手招きに従って、ノクトの近くに歩み寄った。近づいてみるとわかるが、いつもよりも楽しそうな顔をしている。言葉を選ばずに言うのであれば、悪い顔をしていた。
「さて、ハルカさん。僕は師匠として、あなたに訓練をつけたことがありませんでした。一度くらい、戦闘訓練をしてみましょう」
「……えっと、師匠と、私がですか?」
「それ以外に何か?」
「……それは、その、なんでもありで?」
「ええ、魔法も体術も使って結構ですよ。ただし、お互いどうにもならないような怪我はさせないようにしましょうね。時間制限を設けましょう。始まってから、三十秒で終わりです。どんな状況でも、その時点で終わり。いいですね」
ハルカの返答を聞かずに、ノクトは自分の足で歩いて、訓練場の真ん中に向かう。一歩踏み出すのを躊躇っている間に、ノクトはその中心までついて振り返る。
「さぁ、早く。こないと、その場ではじめますよ? 今あなたのいる位置、他の方をたくさん巻き込み兼ねませんが、大丈夫ですか?」
普段と違う、やや平坦な静かな言い方だった。背筋にゾワッと、妙な緊張が走り、ハルカは慌てて訓練場へ向かった。
ノクトとの距離は十メートル程度。表情はいつもと変わらないのに、まるで別人と対峙しているような気分だった。
「さて、始めましょう。本気でこいとは言いませんが、何か一つくらい、学びを得るように。ゴードン、手を叩いて。それを合図に始めます」
こんな大勢の前でとか、ちょっと待ってくださいとか、そんなことを言おうとした時、パァンと大きな手のひらの打ち合う音がした。
ノクトの指が複雑に動いたのが見えて、それから何かが風を切る音が聞こえた。薄桃色の尖った何かが自分に向けて飛んできている。攻撃されているらしいことだけははっきりとわかった。
腕を上げてそれを防ごうと思ったところで、手足が何かにぶつかった。腕や足の周りに、障壁が展開されて、動きが抑制されている。
まずは万が一のために、飛んでくる物体に対して、障壁を数枚展開した。それから、無理矢理に手足に力を込めて障壁を破壊する。
自分の張った障壁が次々と破られているのが見えて、ハルカは慌てて、自由になった身をかがめてそれを避けた。
頭上をそれが通過して、すぐに消える。
どうやら本気で訓練する気でいることがわかり、反撃をするために、ハルカは顔を上げた。するとノクトの姿が消えていた。そんなに素早く移動するはずがないと思っていたハルカは、完全に意表をつかれてノクトを探す。
「戦いの途中で、相手から目を逸らしちゃダメですよ」
声は頭上から聞こえた。見上げると、ノクトが空に浮いている。いつもの障壁に乗っての移動だった。先ほど自分の足で歩いていたせいで、てっきり地に足つけて戦うとばかり思っていたのが、失敗だったのだ。
普段のノクトの動きを思えば、この移動は当然だった。
見上げるハルカと、空の上にいるノクトの間に、突如黒い塊が生まれた。分厚いその壁のようなものは、自由落下するよりも早く、ハルカを押し潰そうと迫ってきた。
ノクトの姿が見えないから、攻撃先は定められない。今できるのは、この落下物を避けるか、あるいは破壊するかの二択だ。
ハルカは落下する壁にぶつけるように、いくつかの炎の球を下から上へ飛ばす。その球は怪しげに膨らみ、壁にぶつかった瞬間に激しい熱気を散らして爆発した。
風が吹き、砂が舞う。黒く分厚い壁にヒビが入り、砕けた。
その隙間からノクトの姿を探すが、見つからない。砕ける壁の間に隠れているのかと思って目を凝らすも、見つからない。
背中から衝撃が走り、体が飛んだ。予想外の場所からの攻撃に、踏ん張りも利かず、地面を二転三転する。転がりながらも、攻撃のきた方へ目を向けると、ノクトが少し地面から浮かんで立っているのが見えた。見えたが、常に移動をしているせいで、目標が定まらない。
態勢を立て直すよりも先に、反撃がしたかった。
ノクトの進むと思われる方向いくつかに、先ほども使った炎の球を五つ浮かべる。一つでも擦れば、反撃の糸口になると思ったのだ。
無理矢理足を踏ん張って立ち上がる時に、小さな爆発音が聞こえた。それほど距離は離れていないはずなのに、やけに小さな音だった。
確認のために目を向けると、全ての炎の球が、障壁に囲まれてから爆発したことがわかった。五つの箱型の障壁が、宙に浮かんでいるのが見えた。
そしてやはりノクトの姿はそこにない。しかし今度はどこにいるのか予測できた。これだけ距離を離しても地表に姿がないのなら、いるのは空のはずだ。
姿を捉えるために顔を上げると、そこにはすでに黒い壁が聳えていた。徹底的に不自由な戦いを押し付けられている。
拳を思い切り振りかぶって、叩きつける。障壁が割れると、また障壁があった。戦っている感覚がしない。何もできていない無力感があった。それでも拳をまた振るう。魔法を使うよりその方が早かった。
きっとこの先にノクトがいるのだろうと思って、五枚の壁を割った時、後ろからまた声がした。
「ハルカさん、時間切れですよ」
振り返るとノクトが地面に立っていた。
何もできなかった。
強くなってきていると思っていたが、戦いにすらならない相手がいる。こんなではきっと師匠にもガッカリされてしまったに違いない。
ハルカはすっかり落ち込んで情けない気持ちになってしまい、歯を食いしばったまま俯いた。