そんなことよりも。
「儂を見たらわかるだろうが、獣人っていうのはなぁ、身体が丈夫なんだ。なよっこい奴でもな、人間やエルフなんかよりは、よっぽどがっちりとした体格をしてる」
ゴードンは、どんと自分の胸を叩く。分厚い胸は、音を鈍く響かせて、その肉体の確かな頑強さを周囲に知らせた。その手をすーっとずらし、指先で示した先にいたのはノクトだ。
「だというのに、ほれ、大将はあんなに小さい。この場にいる成人した獣人の中で、あんたより小さいのが幾人いるね?」
ぐるっと見てみると、確かにほとんど全員がハルカより背が高い。そんな中で、ノクト、ダグラス、モンタナだけは随分とミニマムなサイズをしていた。
「……小さい獣人はなぁ、体格に恵まれない分、世界に愛されてるって言われてんだぁ。その身に、大きな体以上の何かを宿して生まれてくる」
それは例えば、モンタナの目や、ノクトの魔素の操作能力のことを指していることは、ハルカにも容易に理解できた。だとすればきっとダグラスも何か特殊な能力を有しているに違いない。
「その顔だと、やっぱりあの子にも何かあんだな。あ、いやいや、聞きてぇわけじゃあないんだぁ」
表情に出ていたかと、ハルカが反省の気持ちと共にゴードンを見ると、慌てて謝罪されてしまう。先ほどきつい言い方をしてしまったせいで、何か勘違いされているようだった。やはり感情に任せて、言葉を発するとあまりいいことはない。いい人そうなゴードンに、いちいち謝罪させるのは気が引ける。
「あー、うん、んでだ。獣人ってのはなぁ、昔っからよく腕っぷしを競い合う種族でなぁ。いつからか知らんが、強い奴をよく輩出する一族が、王になるようになったんだなぁ。……その一族には、大将のように世界に愛された子供がよく生まれる。とまぁ、そういうわけでなぁ、皆遠慮がちになっちまってんだぁ」
「……なるほど、理由は分かりました。ではこちらからも一つ。十五年ほど前に、王族の子がさらわれるような事件はありましたか?」
「いんや……、儂の知る限りはないはずだぁ」
「でしたらきっと、モンタナはその関係者ではありませんよ。しかし、もしそうであろうとなかろうと、モンタナはとてもいい子なんです。できれば、ゴードンさんから声をかけてあげてください」
ゴードンは瞠目し、ハルカの方をじーっと見た。何か変なことでも言っただろうかと、ハルカは首を傾げる。
そうしていると、後ろからぱたぱたと音がして、背中にべたっと何かが張り付いた。振り返ると、ナギが四本足でしがみついて、頭の上のトーチに向けてギャオギャオと何か言っている。
遊びたいのかと思い、トーチを手のひらに乗せてやると、ナギは背中から降りて、正面に回ってきた。二匹はほんの一瞬鼻を突き合わせ、それからトーチがぴょんとはねてナギの頭の上に乗る。
そうして二匹はゆっくりと、地面に石を積み重ねているユーリの方へと戻っていった。
ハルカが目を細めてそれを見守っていると、ゴードンが声をかけてくる。
「あんた、優しいんだなぁ」
「そう思われるようなことは、していない気がしますけれど」
「いやぁ……。仲間のことを話すときや、あの子たちのことを見るとき、目が優しくなんだよな。普段は怖い顔してるのになぁ」
「……怖い顔してますかね?」
「ん、いや、違う。今のはなしだぁ、してないぞぉ」
これは誤魔化している反応だ。絶対に怖い顔をしてると思っている。確かに最近一人で歩くときは、考え事をしていることが多かった。ただ真面目な顔をしているだけのつもりだったが、ハルカは自分の顔が、あまり愛想のいいものでないのは理解している。
書類仕事をしていて、気分が少し昔に戻っていたのもあるし、面接をすると言われて緊張していたせいもあるのだろう。いつもより少し顔が強張っていたのだろうと反省した。
頭をぺこりと下げて、ゴードンに謝る。
「すみません、他人様の拠点でとる態度ではありませんでした。どうも仕事に熱を入れすぎていたようです。そう思えば、今回、話しかけづらかったでしょうに、失礼な態度をとってしまいました……」
仲間だけと長く旅をしていたせいで、どうも人との距離感をうまくつかめなくなっている気がする。元々上手ではなかったが、相手に恐れを与えるようなタイプではなかったはずなのだ。
ハルカは、耳につけたカフスを指先でいじりながら、目を伏せた。
「いや、そーいうんじゃねんだ。あんた美人だから迫力があるだけだぁ。大将を連れ戻してくれたし、駄々こねさせずに仕事もさせてくれるし、機嫌だって悪くなってねぇ。みーんな、あんたのおかげだって思ってる。美人な弟子が一緒にいるからご機嫌なんだってなぁ」
「いえいえ、そんなお気遣いなく。師匠はやるときはやる人ですから、私なんかいなくてもちゃんと仕事はすると思いますよ」
「しねぇだよ」
のんびりした口調だったゴードンが、いやに早くはっきりとしたレスポンスをした。
「毎日なんだかんだそれらしいこと言ってやらねぇんだぁ。ためにためこんで、ようやく最低限やったかと思ったら、五年も旅に出て帰ってこなかったんだなぁ。だから、いなかったら多分やってねえなぁ」
「…………なんかすみません」
「いやぁ、うちの大将はそっちで迷惑かけてねぇかなぁって、その方が心配だぁ」
「迷惑は……、そうですね、別に……」
「かけてんだなぁ?」
「あ、いえ、そんなことはないです。本当にお世話になりましたし」
「悪い爺様だなぁ、大将は。いくつになっても子供みたいで。……まぁ、そこがいいとこでもあんだけどなぁ」
「ああ、そうですね。それは分かります」
ハルカが大きく頷くと、ゴードンはお腹を抱えて、身体を震わし笑う。驚くような大きな声だった。訓練している者たちも一瞬気を取られて動きを止める。そのせいで、一人は投げ飛ばされて宙を舞っていたのだが。
「いやぁ、いい弟子もったなぁ、大将は。流石見る目が違う!」
ゴードンは心の底から楽しそうに、ハルカの背中をバンバンと叩いた。体がグラングランと揺れるが、悪い気はしない。褒められているのがハッキリと伝わってきて、ハルカは照れ隠しに小さく笑った。