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仲間外れ

 コリンが身をかがめると、その背中の上を、綺麗に半円を描いて人が空を舞った。呼吸が詰まって参ったの言葉は出ないようだったが、確実に命を奪えるようになった時点で、訓練は終了だ。

 体術に自信のある者はコリン、剣術に自信のある者はアルベルトかモンタナが相手をしている。

 本気で挑んでいいのかわからないせいか、モンタナの前に並ぶものは少なかったが、それでも数人はいる。

 一撃で勝負を決めがちなアルベルトと違って、モンタナは相手を翻弄し「参った」と言わせているので、時間のバランスはちょうどよかった。もしかしたら、モンタナは、それを計算して相手をしている可能性もあるのだが。


 仲間たちが新人の訓練に付き合っている間、ハルカはというと、訓練場の端っこに座ってそれを眺めているだけだった。大けがをする新人もいなければ、仲間たちが危機に陥るようなこともない。

 周りをうろちょろしているユーリとナギをみて和むことくらいしかやることがなかった。

 モンタナから預けられたトーチが、ハルカの頭の上で、空に向かってポッと小さな炎を吐く。近頃仕事の付き合いで根を詰めていたから、のんびりリフレッシュできて、丁度いいのかもしれない。

 ノクトから手加減について信頼がなかったのは悲しいものがある。しかしよく考えてみれば、自分の戦闘技術は新人たちと比べても、特別優っているわけではない。力任せに勝利したところで、何か学びがあるとも思えない。そうであるなら、この仲間外れは、適材適所であると言えるだろう。


 ハルカは地面に落ちた小石を拾って、ぽいと訓練場の外へ投げる。 

 仲間外れと思っている時点で、少し拗ねているのだが、ハルカはそこに気づかない。

 手の届く所に小石が無くなって、さてどうしようかなと思ったところで、ぬっと体に影が差した。顔を上げると、ゴードンと呼ばれた大男が、穏やかな表情で近くに立っていた。


「あんたぁ、大将の仕事手伝ってた人だな。隣、座ってもいいかね?」

「もちろん、どうぞ」


 隣といってもただの地面だ。わざわざ断りを入れる必要なんかないのに、律儀な人物である。「よいこらしょ」と掛け声をかけて座ると、丸まった背中と、鍛え抜かれた体が相まって、本当に巨大な岩のように見える。この巨体であんなに俊敏に動けるのだから、大層な実力者に違いない。


「さて、ハルカさんといったね。確か大将の……、弟子なんだろう? いつもコリンの嬢ちゃんと、アルベルトの坊ちゃんが訓練中に抜け出して、あんたのとこに行ってたな。凄腕の治癒魔法使いなんだろう? おかげで毎日無尽蔵に訓練に付き合わされてなぁ。年よりにゃあ、少々きつい毎日だ」


 愚痴っぽく聞こえるのに、表情が穏やかで、のんびりとした口調をしているせいで、責められているような気にはならない。そもそもハルカには、このゴードンという男性が言うほど年寄りには見えなかった。まだ還暦にはなっていないんじゃないかと思えた。


「年寄りなんて、そんな」

「いやはや、儂ももう九十近いからなぁ」

「……とてもそうは見えませんね。あ、先ほどのコリンとの訓練、見事でした。コリンが体術で負けているのを初めて見ました」

「毎日身体強化を使って鍛えてると、見た目は若くなるもんでなぁ。あの訓練は、図体のでかさのおかげでいい勝負ができただけさ。それに技術的にいやぁ、儂の負けだ。猫みたいな動きをするから、中々とらえるのが大変でなぁ。しかし、やる気も出た。あんなに若い子に負けてばかりじゃいかんからな」


 握った拳をぶつけ合わせてゴツンゴツンと鈍い音を立てたゴードンは、鼻息を荒くする。見た目だけではなく気持ちも若い。九十近い老人の行動にしては、血の気が多かった。

 この世界に来る前のハルカだったら、こんなタイプの人は得意ではなかった。しかし今は微笑ましい気持ちになる。冒険者は皆負けず嫌いで、いつだって強くなりたいと思っているのだ。

 自分もぼんやりと地面ばかり見ていないで、訓練の一つや二つやればいいのだ。さて何をしようと、考え始めたところで、ゴードンにまた話しかけられる。


「ところでだなぁ、あのぉ、もう一人の少年がおるだろう? モンタナという、あの子だ。……あの、あの子だがぁ、その。大将に少し似ているよなぁ。血縁者かなんかかね?」


 先ほどまで饒舌に喋っていたのに、やけにしどろもどろになっている。こちらに探りを入れるような空気がある。自分のことでないのに勝手に答えるのはどうなのだろうと、ハルカは少し考える。きっとゴードンは、この宿クランの中でも身分のある人物だ。そんな人すらこんな態度だから、モンタナもここに馴染めていないのではないだろうか。

 そう考えていると、ハルカの表情は自然と少し固くなっていた。


「……モンタナとは、師匠に会う前からの付き合いです。同じ日に冒険者になって、パーティを組みました。私から話せるのはそれくらいですね。隠すべきことがあるとも思いませんが、何かを知りたいのであれば本人に直接聞いてください」


 思いのほか厳しい言葉で淡々とした物言いになってしまい、言葉を発したハルカも少し驚く。

 ゴードンもそれを感じ取ったのか、しまったというような顔をして、大きな拳を広げて横に振った。交渉事には向いていなさそうだった。


「儂が悪かった、怒らないでくれ。何も無神経な探りを入れるつもりはなかったんだぁ。儂はどうもこういう、繊細なやり取りが苦手でなぁ」

「あ、いえ、私も怒っているわけではないんです。誤解をさせてすみません」


 大きな体をさらに小さく丸めてぺこぺこと頭を下げる姿は、ゴードンの人の好さを表している。他意がなさそうだとわかっていたのに、勝手に構えて、きつい言葉を吐いてしまったことをハルカも謝る。

 互いに「いや儂こそ」「いいえ私の方こそ」と何度か繰り返してから、きりがないことに気付き、しばし沈黙する。

 困らせてしまったまま話を終わらせてはいけないと思い、今度はハルカから口を開いた。


「皆さんがモンタナに対して、おかしな態度をとっているのは分かっていました。差し支えなければ、その理由を聞かせていただきたいのですが……」

「ああ、いや、言い訳みたいになってしまうが、聞いてくれるかぁ?」


 随分と反省しているらしいゴードンは、両手で頭を抱えたまま、ハルカの質問に情けない顔で応じるのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] めちゃくちゃ面白かったです 面白すぎて一気に最新話まで読んでしまいました… 登場人物皆が魅力的でかわいいし皆の苦悩もすごくよく描かれていてめちゃくちゃ最高です!!!!!!!!! これか…
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